開発 09
マリー・ミュート。
クロードの幼馴染。
そして緑色のジャスティス――『ガーディアン』のパイロットの一人。
「あらー、出て来ちゃったのねー。ついさっきまで寝ていたのにー」
セイレンが彼女を見ながらニヤニヤとした笑いを浮かべる。きっとこの部屋の近くの、会話の内容が聞こえるような所にずっといたのに、敢えて黙っていたのだろう。
――本当に性格が悪いな。
そう心中で悪態を吐くが、表面上はなんとか笑顔をキープする。
そんな彼の心中を知ってか知らずか、セイレンは能天気な声でコンテニュー越しにマリーに声を掛ける。
「具合は大丈夫―? もしかして正気に戻ったー?」
「――ねエ、クロード・ディエルにつイて知ッているノ?」
しかしマリーは光を失った瞳でただ一点、コンテニューのみを見つめていた。
「あちゃー。変わっていないわー」
「……どういうことですか?」
彼女の視線から逃れるようにセイレンの方を向くと、彼女は本当に困ったように眉尻を下げていた。
「アドアニア以降からずっとこうなのよー。魔王のことを聞きたがって来るのよー。といってもあたしゃ会ったことないし知らないしー、アリエッタちゃんは禁句みたいな感じだからねー、でもマリーちゃんに他の人を合わせる訳にいかないしー……ってなわけでどうしようもないのよー」
「ずっとこの調子なのですか?」
「そうよー。口を開けばずっとねー。これじゃあまともな数値も取れやしないわー。集中していないみたいだしー」
「……この前のアドアニアでは会っていないはずなのですがね」
「声でも聞いたんじゃないー」
「ああ、そういえば放送していましたね」
「声だけでこれだけ興味を持つということは実際会ったらどうなるのかねー?」
「……そうですね。でも変なことを考えないでくださいよ? 彼女がクロードと会ったらなんて――」
「――教エテ?」
「うわっ」
思わず驚いた声を出してしまう。
セイレンとの間に、にゅっと顔が飛び出してきたからだ。
「クロードのこトを教えテ?」
「……」
相も変わらない空虚な瞳。
だがコンテニューは見つけてしまった。
彼女が「クロード」という単語を口にする時。
その瞳の奥にわずかながら光が揺らめいていたことを。
きっと彼女の中で強く残っているのだ。
クロードのことが。
記憶を失っても。
失わされても。
それでも、確かに残っている。
「……凄いな」
思わず言葉を零してしまった。
彼女の強さ。
意図しないながらも確かにある強さ。
そこにコンテニューは感服した。
だから今までセイレンに見せていた張り付けた笑顔の仮面ではなく、微笑みという柔らかい形で彼女に応える。
「分かりました。僕が知っている範囲でお教えしましょう」
「本当ニ?」
「……何であなたが答えるんですか?」
目の前の少女の奥にいる白衣がふざけてきた。
「あははー。似てたー?」
「邪魔です。本当に邪魔です。――で、どうですか? マリーさん」
「本当ニ?」
「ええ、本当です」
そう言いつつ、コンテニューは腰を上げる。
「ここだと確実に邪魔されるので、別室にて二人きりで話をしましょう」
「二人きりだなんてやらしいことするつもりでしょ! 絶対にそうよ!」
「僕がそんなことをすると思っていますか?」
「いやー、全く思っていないからこそのツッコミよー。あ、子供だけは気を付けてねー。パイロット活動に支障出るからー」
「……もういいです。では行きましょう」
完全にふざけモードに入っているセイレンに対して構うのを止め、コンテニューはマリーの手を取る。
小さい。
か弱い手。
だがこの手は、人を葬ってきていた。
少女の意図とは別に。
セイレンの指示するままに。
虐殺するロボットを動かす手として。
普通の少女であったはずなのに。
そんな少女から変わってしまった。
変えてしまった。
「……では失礼します」
内心に渦巻く様々な感情を抑え込み、コンテニューは退室していく。
その傍らには少女を引き連れて。