開発 08
◆
「――以上が、マリーちゃんがパイロットになった経緯よー」
ぱちぱち、と手を叩きながらセイレンは嬉しそうに言う。
そんな彼女に向かって、コンテニューは笑顔で一言。
「鬼畜ですね」
「いやーん。褒めないでよー照れるでしょー」
「本気でそう言っているのが恐ろしいですね」
はあ、と一つ息を吐き、彼は告げる。
「貴方の話を聞いて得心が行きましたよ」
「ん? 何かあったの?」
「とある日にアドアニアで『娘をどこにやったの!? 連れ去った娘を返して!』と喚き立てる女性が軍の受付に来ましたからね。全く身に覚えがなかったので受付の子も困っていましたよ。僕が通らなかったらどうしようもなかったと思いますよ」
「そうなのー? 迷惑をかけたわねー。で、その女性をどうしたの?」
「静かな場所に行ってもらいましたよ。――静かな場所に、ね」
「鬼畜ねー」
「貴方に言われたくないですよ」
「えーなんでよー」
唇を尖らせて文句を言うセイレン。が、彼女はすぐにパッと顔を輝かせて、
「まあいいやー。じゃあ次はアリエッタちゃんを開発した――」
「あ、それは興味ないのでいいです」
「えー?」
「だってどうせ犯罪者集団の中にいて、もう一機の緑色のジャスティスに乗って意識を保っていたから、っていうお話でしょう?」
「んー、まあ、端的に言うとそうなるわねー。あっちは最初の方よりも半分くらいの命しか使っていなかったとかあったけど……あ、この話はつまらないわねー」
話している途中で気が付いたのだろう、セイレンは少しトーンダウンする。
が、彼女はすぐに顔を上げ、
「でもでもー、じゃあアリエッタちゃんがパイロット適性があると分かってから――」
「残った人達をジャスティスの糧としたのですよね?」
「……むー」
頬を膨らませるセイレン。
「何で当てちゃうのよー。ミステリーの犯人を言い当てられた気分だわー」
「貴方の行動から容易に想像が付きますよ。パイロット適性がなかったら死ぬ、っていうこともご丁寧に言っていましたし」
「あちゃー。ばれちゃったかー。伏線だったんだけどねー」
あっはっはー、と笑い声を上げるセイレン。
しかしそれに対してコンテニューは、笑顔のままではあるが視線は鋭く射抜くように彼女に向ける。
「そういえば、一つ確認したいことがあるんですが、いいですか?」
「なになにー」
「先程まで語っていたのは、貴方の回想ですよね?」
「うん。そうだよー」
「だったら何故――『マリーの心情』という所まで貴方が語れるのですか?」
「ああ、あれ?」
にっしっしとセイレンは意地悪く笑う。
「あれはあたしの想像だからねー。彼女の気持ちは完全に想像よー」
「……想像?」
「そうよー。彼女に聞くこととか出来る訳ないじゃなーい。さっきも言ったけど彼女には全部の記憶をショックで無くしたんだしー。まー、あの出力上げたがゆえにパイロット席へと流れ込んできちゃっているあの声を聞いて正気を保ってられる方が珍しいでしょー?」
「……ちょっと待ってください。さっき感じた嫌な予感が当たりそうです」
コンテニューは額に手を当てながら訊ねる。
「あの怨嗟の声ですが、妙に表現が生々しかったですね。想像にしては」
「まあねー。だって――」
セイレンは唇をぺろりと舐め、告げる。
「あれは想像じゃないしねー」
「……やはりそうですか」
そうよーん、と無邪気に笑うセイレン。
そんな彼女の様子に内心で信じられないと呟いてから、コンテニューは口に出して彼女に問い掛ける。
あれほど客観的に聞いていても気分が悪くなる、気が狂いそうな声。
助けを求める無数の声。
「貴方――実際にパイロット席に乗ってその声を聞いたことがあるのですね?」
「そうよーん。だって新しい物事は最初に試したいでしょー? 自分が最初に乗らないとねー」
事もなげに彼女はそう言う。
「パイロットでもないのに、しかも危険だと分かっているのに乗ったのですか?」
「危険かどうか分からないじゃないのー。で、結局あたしはこうして無事なわけだしー」
「相も変わらず狂っていますね。よく耐えられましたね」
「だって心の攻撃じゃないー。肉体的な攻撃じゃないことは確定していたしー。というかそんなの作らないしー」
「そうでしたね。貴方は開発者でしたね」
「そうよー。それに大したことは無かったじゃないー」
「……大したことない?」
「あんな恨み言なんてしょっちゅう聞いていたしねー。普通のジャスティス作る時も毎回あんな感じよー」
あははー、と笑う彼女。
その様子に変わった所はない。
――七年前から。
「変わらないですね、貴方は」
「むー、それは容姿が変わらないってことー? 普通の女性には良いことだけどあたしゃ怒るわよー」
「全然気にしていないじゃないですか」
「まあねー。どうでもいいしねー、容姿なんてー……と、容姿といえばコンテニューちゃんはいい感じに成長したわよねー」
「どうも」
「最初に出会った時は、ばぶばぶー、って言っていたのにねえー」
「……………………それ、本気で言っていますか?」
「にゃはははは! 冗談だよーん。だからそんなに怒らないでよー」
「怒っていませんよ。ほら、笑っているじゃないですか」
「コンテニューちゃんの笑顔は怖いのよー。あーこわー」
きゃー、と諸手を上げてふざけるセイレン。
――その顔をどれだけ殴りつけたくなったか。
内心だけで留め、コンテニューは笑顔のまま問う。
「貴方に目を付けられた少女は非道な目に遭って、パイロットとなってその訓練の厳しさから記憶と感情を無くしたのですか?」
「語弊があるわねー。別にパイロット訓練でそうなったわけじゃないわよー」
ぷくっと頬を膨らませ、セイレンは言う。
「あの子は最初にジャスティスに乗った直後から記憶を無くして、死んだ魚のような目になっていたのよー。むしろパイロット訓練の方は丈夫なくらいだったわよー」
「丈夫だった?」
「あの緑色のジャスティスは見たと思うけど獣型に変形するからねー。で、パイロット席はそりゃぐりゅんぐりゅんするのよー」
「体に負荷がかなり掛かりそうですね」
「そうなのよー。アリエッタちゃんは慣れるのに苦労していたわー。でも、あの子――マリーちゃんはすいすいとカリキュラムをこなしていたわよー。おおよそ《《普通の女の子よりも丈夫な身体》》を持っているのねー」
「……丈夫、とは?」
「文字通りよー。あたしの予想は当たっていたってことねー」
彼女は自分の左胸を親指で指差す。
「魔王にとって彼女は大切な存在だったのねー。だから銃で撃っていかにも関係無いようにさせたー。でもその時に生命力の底上げでもしたのでしょうねー。生き残らせるためにー」
「……それが後の彼女の丈夫さに繋がった、と?」
「だって普通の女の子があんな怨嗟の声に耐えられたりパイロット訓練に耐えられたりするわけないじゃないー。ってことは彼女の心を壊してでも身体は耐えてしまう構造だってことなのよー」
「……魔王の所為で意図せずそうなった、と」
「不幸ねー。本当不幸ねー」
あははと笑い飛ばすセイレン。その態度にも非常に腹が立ったが、それにいちいち角を立てては収まらない。この人物はずっとこうなのだから。
「……魔王も予想外でしょうね。守るためにしたことが、貴方のようなのに見つかってしまって死よりも辛いことを受けさせてしまうことになるとは。何にも後先考えていないで能力を使えばこういう代償が訪れてしまう」
「むむむー? まるで魔王がそう思っているかのような真剣な言葉ねー? まさか魔王の方に感情移入しちゃったー?」
「……」
一拍置き、コンテニューは微笑みを深くし、敢えて嫌味も込めてこう言い放つ。
「僕は誰よりも魔王を知っていますからね」
「あははー。そうだったわねー。唯一、魔王に土を付けたコンテニューちゃんにしか言えないセリフよねー」
彼のことを知りつくし、彼の弱点をついて、彼に攻撃を通した。
その実績があること知っているセイレンは当然、額面通りに言葉を捕えない。
――しかし。
それをその通りに受け取ってしまった人物がいた。
「魔王ヲ……知ッテイル……?」
心臓が止まりそうになった。
あまりにも気配を感じず。
あまりにも無警戒な所に。
唐突に背部から声が聞こえたからだ。
コンテニューは思わず振り返る。
「魔王ヲ……クロード・ディエルのコとヲ知ってイルノ……?」
パイロットスーツに身を包んだ紅い髪の少女。
マリー・ミュートがそこにいた。