開発 05
◆マリー
――いったい、私が何をしたっていうのだ?
何度も思った疑問。
何度も口にした疑問。
しかし、誰一人として明確な答えをくれなかった。
病み上がりで思うように動かない身体のをいいことに無理矢理ここに連れて来られた。
母親とも強制的に引き離された。
母親はどうなのか?
訊いたが誰も答えてくれなかった。
あまりにも答えてくれなかったので、嫌な予感ばかりが頭を過った。
だからいつしかそのことについては質問を止めた。
怖かったから。
答えが返ってくるのが怖かったから。
そんな理不尽な状況の中で、繰り返し叫び、嘆き、訴え続けていた。
何回も。
何分も。
何時間も。
何日も。
どれくらい
だけど何も変わらなかった。
疲れてしまった。
だから考える時間が多くなった。
その中で思考の内容もいつしか変化していた。
――一体、私は何なんだろう?
理不尽な目に遭わされるには、自分は一般人の部類だ。金持ちの家でも、ましてや実はお姫様だった、なんてお伽噺のようなことも当然ない。
それでも、一般人と断言できないのは、あることからだった。
アドアニアにいる人なら誰でも知っている人物。
あの魔王クロード・ディエルと自分は親しい仲だった――らしい。
らしい、というのはその自覚が無いからである。
自分の記憶には穴がある。
気が付いた時には入院していた。左胸を拳銃で撃たれた、と母に聞かされたが、既に治療後で痛みもあまりなかったので実感が湧かなかったが、しかし左胸には確かに傷跡があったので、それは確かだという物証はあった。
でも、どうして自分が撃たれなくてはいけなかったのか。
撃った人物が誰なのか。
母は決して教えてくれなかったが、見舞いに来た友達が言っていた。
学校で、彼に撃たれたらしい、と。
しかし記憶に無い。
クロードとはかなり親しい仲であったことも聞いた。
しかし記憶に無い。
不思議な感覚だ。
撃たれる前の記憶がないわけではない。
撃たれたことは勿論、クロードと親しかったという間の記憶すら、妙な形で抜け落ちている。
言葉で正確に表せられない。
無理矢理言葉にするのならば――強く意識しないと覚えない程度に違和感がある、ということだ。
だから正直、ここに連れられた理由が先程、放送から聞こえた声の通りであれば、かなりお門違いの話である。
自分は奇跡的に生き残った。
過去のことなんか知らないし、尋問されても答えようがない。
そのことを相手――あの放送先の女性は薄々感づいていたのだろう。
だから処分しようと画策したのだろう。
記憶を失っている、ということが事実だと理解したが為に。
「……」
緑色のジャスティスに押し込められた直後。
先程まで悲痛を訴えていたマリーは、諦めの境地にも至ってしまっていた。
何をしたってもう駄目だ。
無駄だと思っていても最後の最後まで足掻いたが、やはり変わらなかった。
理不尽さに立ち向かっても、結局何も変わらなかった。
こんな所に押しこめられて、ただの女性である自分にこれ以上出来ることは無い。
(――いや、それは嘘。一個だけある)
他人に構っている余裕などない。――そのはずなのに。
マリーの頭の中にはとある考えが浮かんでいた。
ジャスティスの内部に押しこめられ、何やら実験される。パイロット適性とやらが調べられ、無かったら命を落とすと先の音声が言っていた。その適性は操縦桿を握るだけで分かると。
つまりは――操縦桿を握らないと始まらない、ということ。
(このまま私が籠っていれば、適性確認は始まらないはず……)
マリーは口元を緩める。
外の人達がどういう集まりなのかは分からない。
だけどあの怯え方から見て、自分と同じように望まれずに連れて来られたことだけは分かる。
ならばその人達に対し、少しでも長く生きるようにすることが出来る。
意志のない自分が引き摺りだされ、殺害されるという先まで見えている。
だけど――それでも、それだけだった。
それだけが、唯一残された、自分がやれること。
自分がやれる、最後の抵抗。
『――あ、そういえばー、さっき嘘ついたこと一個あってねー』
――だが。
その最後の抵抗すら、彼女には許されなかった。
『電源入れれば、別に操縦桿を握らなくてもコクピット内の人間の適性確認って出来るのよー』
その言葉と同時に。
彼女の意識は完全に分断された。