別離 06
『え……?』
呆気に取られるルード軍。
それは、ルード軍だけではない。
カメラを廻し、実況していたテレビ局の人達も。
傍観していたクラスの人達も。
クロード以外の誰もが、驚愕していた。
「ほら、洗脳じゃこんなことできないだろ?」
無表情のままのクロードは歩きながら、どんどんと階段を昇るように上昇していく。勿論、足場など何もない。
そしてクロードは、ジャスティスの眼の高さまで身体を移動させる。
「いや、洗脳系でそういう映像を見せている、と考えればできるか。……なんか幻想系って卑怯だな。何でもかんでも『幻想だ』って言えばいいし、惑わされるし、実際、やろうと思えば俺にだって可能だしね」
『お前……それは幻想なのか?』
「信じてもらえないだろうけど、これは幻想じゃないぞ」
それに、とクロードは表情を変えずに挑発する。
「そもそも、お前らはゴーグルを付けているじゃないか」
『……ッ!』
スピーカー越しに歯軋りの音が聞こえた。相当頭に血が上っているらしい。
『もういい! 全員! あいつを撃ち落とせ!』
ついに堪忍袋の緒が切れた様だ。その合図とともに、一斉に空に浮かぶクロードに銃が向けられる。
『撃て!』
ドン。
同時に銃弾が放たれる。
多少ずれているものもいるが、約五〇の弾丸は全てクロードに向かう。
この間の様子は、眼には見えない。
まさに、一瞬。
その間に、行動などできない。
――はずであった。
『ば、馬鹿な……』
拡声器から喉を零れ落ちた様な声が垂れる。一般兵も眼を見開いて呆然とする。
クロードはその場にいた。
そこから動いてもいない。
微動だにしない。
――しかし、
『弾が、消えた……?』
放たれた弾丸は何一つクロードには届かず、彼から離れた位置で消失したように見えた。
「正確に言えば……まあ、いいや。教える義理はないし」
クロードは文字通り一般兵たちを見下す。
あくまでも見ているだけ。
だが、一般兵たちはそう捉えなかったらしい。
「ひ……こ、殺されるっ!」
「助けて!」
「うわああああああ」
混乱。
狂乱。
乱心。
眼をあらん限りに見開くか、または眼を固く閉じたまま、一般兵たちはクロードに向かって弾丸を放ち続ける。
それでも彼には当たらない。
と、
「――――」
唐突にクロードが身体を傾ける。
そのまま、落ちていく。
「あ、当たった……」
一般兵の一人がガッツポーズをする。釣られて他の人の顔も明るくなる。
しかし、そのように徐々に歓声が上がる中、先程から声を放っていたジャスティスからは、言葉を発せられていなかった。
恐らく、その人物は気が付いていたのだろう。
クロードに、弾丸など当たっていない。
そして――彼は身体を傾かせる前に、こう口にしていたということを。
「ああ――うざったいな」
『お前ら逃げろ!』
そう声を発した時には、もう遅かった。
一般兵たちは歓喜の声を止め、息を呑む。
「な、何だあれ……」
地面に激突する直前で、クロードの身体が宙に停止している。
浮いている。
一般兵の目の前で、クロードは仰向けに浮いていた。
「……っ」
静寂が走る中、その口が開かれ、次のような言葉が紡ぎ出される。
「邪魔だ、どけ」
――その瞬間。
クロードの近くにいた一般兵たちが、彼を爆心地としたように弾け飛ぶ。クロードから離れていた者も飛んできた他の兵の勢いに負け、吹き飛んで行く。
一瞬の出来事だった。
五〇人はいたであろう一般兵は全て排斥された。
残ったのは、ジャスティスが三機。
そして――クロード。
「ようやく静かになった」
透明なマットから降りるように、身体を起こして地に足を付けるクロード。
「さて、次はお前らか」
その言葉がはっきりと聞こえ、静寂があたりを支配する。
息を呑む音が聞こえそうな、静けさ。
その中でクロードは、巨大なロボットと向き合う。
相手は戦争で負けなし、どの国にも解析されていない、ルード国の兵器、ジャスティス。
しかも三機。
それでも。
誰も、クロードに勝てると思える人はいないであろう。
『ひ……ひいいいいいいいい!』
余りの緊張感に耐えられなくなったのか、突如、三体の内の、向かって右にいたジャスティスが全身で体当たりをするようにクロードに突撃してくる。
機敏な機動性ゆえに、その差は一瞬で縮んだ。
そんなジャスティスに対し、クロードは両手を広げ向かい打つ。
両者が激突する。
流石のクロードもその勢いには耐えられず、その場から吹き飛ぶ。
――とは、ならなかった。
『なっ……』
あまりのことに、ジャスティスの搭乗者は言葉を失う。
激突した瞬間に崩れ落ちたのは、ジャスティスの両脚だった。
「手に持っている銃は飾り?」
涼しい顔のクロードは微動だにしていない。まるで何事もなかったように堂々と立っている。
彼は後ろを向き、両脚を捥がれ、地面を這っているジャスティスの近くまで歩いて問う。
「なあ、知っていた?」
『な、何をだ?』
「俺はな、ジャスティスが大っ嫌いなんだ。この世にあるジャスティスを全てを破壊したい程に。それでさ、力があるから実行しようと思うんだ」
いわばさ、とクロードは告げる。
「俺は『ジャスティスブレイカー』なんだよ」
『……っ』
「もう判っているよな。というわけで――」
すっ、とジャスティスの一部に右手を触れ、彼はぞっとするほど冷たい声で告げる。
「砕け散れ」
悲鳴すら聞こえなかった。
彼がその言の葉を述べると、まるでヴァンパイアが火の光を浴びて消滅するように、さらさらと砂が散るような音を立て、ジャスティスは風に吹かれてその姿を消した。残滓のように残されていたわずかなモノも、クロードが蹴りを入れて散布させ、完全に消散させる。
残ったのは、搭乗者のみ。
しかも、その人物は大きく口を開けたまま、既に事切れていた。
「ふうん、やっぱりそうなんだ」
死体を見て、クロードは呟く。
「ジャスティスって、こういうものなんだな」
『貴様ぁっ!』
背後から怒声が響き、今度は左にいたジャスティスが攻撃を仕掛ける。クロードは振り向いたと同時に、何発もの大きな銃弾が目の前で消えて行くのを視認する。
「今度はきちんと銃を使ったな。まあ、当たらないから意味無いんだけど」
『うるさい! これなら……どうだ!』
そう言うと突然、クロードに向けていた銃を下にずらす。
ボッ。
銃弾が地面に当たり、粉塵を撒き起こす。風が吹いていたこともあり、視界が完全にえんじ色に染まる。クロードとジャスティスはお互いの姿を見失った。
『どうだ! これで変なバリアも張れまい!』
ジャスティスは一歩下がって、先程クロードがいた場所を中心としてぐるぐると回りながら銃弾を放ち、得意げな声を放つ。
――だが。
「おー、よく弾が持つな。流石ジャスティス」
『――ッ!』
その声は、上から。
クロードはいつの間にか、ジャスティスの頭部に乗っていた。
「ま、意味無いけれどね。何で砂塵巻き起こしたのさ? 単に校庭を破壊しただけじゃん」
『この……』
「そして、さようなら」
クロードはしゃがみ込み、右手をジャスティスの頭部に当てる。途端に先程の一体目と同様に、ジャスティスが崩壊を始める。ジャスティスの脚部が、自重に耐え切れずに崩壊すると、勢いで前のめりに地面に激突し、身体部、腕部、顔面部が、それぞれ粉々に砕け散る。あっという間に塵と化したジャスティスは、操縦者を残して、風と共に大空へと舞って行く。
その操縦者は当然の如く死んでいた。
悔しさで表情を歪めたまま動かない彼が露わになると、学校側から悲鳴が上がる。
「あれ? 悲鳴ってさっきも上がっていたっけ?」
先程の操縦者の時は、弾丸が放たれた時に生じる音が混じって、よく聞こえていなかった。さらに攻撃をすぐさま仕掛けられたため、気を廻していなかった。もっとも、気を廻さなくても襲撃には対応できたのだが。
それ程、クロードの能力は卑怯じみていた。
「さて」
しゃがみ込んだ姿勢のまま空中に静止していたクロードは、ゆっくりと立ち上がる。
先程はよく聞こえなかった悲鳴が聞こえたということは、残る一機が何もしていないということ。
「冷静だね。あんたは」
『……』
始まる前にはあれだけ空気を震わせていたスピーカーからは、今は何も発せられていない。それどころか、左手を後ろに回したままの姿勢で全く微動だにしていない。
「掛かって来ないの? 俺は全てのジャスティスを破壊するつもりだから、逃げようと思っても無駄だよ」
『……そんなことは判っている!』
ダン、という何かを叩いた音が響く。
『よくも……アルケイドに続いて、ライルとカインまで殺したな!』
「へえ、こいつら名前はそう言うのか。で、アルケイドって誰だ? 知らんな」
『ふざけるな! お前が一昨日殺した、俺の部下だ!』
怒声。
対してクロードは、ああ、と思いだしたかのように手を打つ。
「あのジャスティスに乗っていた奴か。そういえば、そこで死んでいる二人も、この前に来ていた気がする。全員、ジャスティスの操縦者だったのか」
ジャスティスの操縦者は選ばれた者しか乗れないと聞いたことがある。一昨日、クロードの家に襲撃を掛けた者は、アリエッタに直接命を受けて急遽乗ったものだと思ったが、このメンツを見ると、その候補生であったようである。それにしては、アルケイドと呼ばれた者は操縦が下手だった気がするが。
『い、いや、我々も操縦者ではないが……』
しどろもどろに答える。
「へえ。じゃあ、何でもないあんた達がどうして操縦しているんだ?」
『仲間を殺した、お前への粛清のためだ!』
堂々と、目の前のジャスティスはそう告げる。
そのあまりの堂々っぷりに、クロードは思わず笑いそうになる。
笑わなかったし、笑えない話であったけれど。
「なあ、いいのか?」
『何がだ?』
「俺の背後を見てみろよ」
親指で示す。
そこには、ビデオカメラを構えた者達が、弾丸が当たらないように警戒しながら、校門の辺りで出たり隠れたりしながら撮影をしている。勿論、警戒しなくてもクロードを狙っている限り、弾丸がそちらに向かうことはないのだけれど。
「テレビ局がいる前に、そんなことを口にしても」
『別にいい。部下を思って魔王に挑むことに、何が悪いことがある?』
「いい解釈だな。確かに、そう思うかもしれないな」
『それに……』
その言葉と共にクロードは耳に違和感を覚えた。ジジ、という音が聞こえた気がしたが、何も攻撃は来ていない。
だが直後、背後でざわめきが聞こえてきた。どうやら、テレビ局の人々にトラブルがあったらしい。
クロードは後ろを振り向かず、その情報から結論を出す。
「電波障害か」
『正解だ。良く判ったな』
ジャスティスは本来、個人を相手にするものではない。そして、集団を相手するためには、相手の情報系統を混乱させる必要がある。ならば、電波妨害装置があっても何ら不思議ではない。むしろ、ない方がおかしいとも言えるであろう。加えて、相手によって情報伝達のためお無線の周波数帯は違うはずだから、幅広い妨害領域を持っているのは当然であろう。よって、テレビ局の電波を妨害する機能を、ジャスティスは有しているのである。
「ここで電波妨害して中継を止めると、あんた達が圧倒的不利なとこしか映っていないから逆効果だと思うよ。これ以上、負ける所を見せられないってな」
『確かにそうかもな』
あっさりと認める。ということは、当然、裏があるということ。
そしてその裏が何であるか、クロードには察しが付いていた。それを踏まえて、彼は敢えてこういう質問を投げかける。
「まさかあんた、俺に勝てると思っているんじゃないか?」
『えらい自信だな』
「だってお前ら、俺に手も足も銃弾も出せていないじゃないか」
『そうだったな』
ふ、と笑いが漏れる声が聞こえる。
「何がおかしい?」
『お前、すっかり忘れているな』
「何をだ?」
『お前がここに来た理由を』
(――来た)
心の中で、クロードはそう呟く。
必死に必死を重ねて言わないで、ずっと我慢していたこと。それがようやく、相手の口から語られる。
「何のことだ?」
まだ我慢。ここで言ったら、全てが終わる。
いや、終わるのではなく――始まらない。
だから嘯く。
対し、ジャスティスは余裕たっぷりで言い放つ。
『とぼけるな。お前の目的はそう――これだろ?』
そう言って。
ようやく。
ジャスティスは ずっと後ろ手に隠していた左手を、クロードの前に出す。
その掌に乗っていたのは――
『マリー・ミュート』