開発 01
◆
アドアニアの戦闘から幾何か経過した頃。
ルード国首都 カーヴァンクル。
中央に位置する軍本部。
その中にある開発塔の地下にある、とある一室。
そこは、ジャスティスの開発者であり、ミューズの実の母でもある――ルード科学局局長のセイレンの研究室だった。
「……」
その扉の前に多少強張った表情で立つ、一人の青年――いや、少年と言っていいであろう容姿の男性がいた。
彼の名はコンテニュー。
彼には先のアドアニアでの戦から思う所があった。
魔王クロードに裏の掛け合いで一枚上手を取り、彼に唯一と言ってもよい傷を負わせた存在。
世間一般にはその事実は隠されているが、真実を知っているルード軍内での彼の評価は鰻上りにあがっていた。
無敵だと思われていたクロードに傷を負わせ、撤退させた。
その衝撃たるや凄まじいものだ。
まるでジャスティスを打ち破った、あの時の魔王のように。
――しかし。
そんな名誉も賞賛も、はたまた尊敬の意も。
コンテニューにはどうでもよかった。
彼の頭の中には別のことが支配していた。
一週間。
ずっと考えていた。
どのようにすればいいか。
その結論が――嫌な相手に聞きに行く、ということだった。
「……情けない上に動きが遅い」
自分に対しての苦言を、敢えて口に出す。
嫌な相手とはその研究室の前にいることから分かる通り、セイレンのことである。
ここに来ることをどうにか避けようとして画策したのだが上手くいかず、最後の最後までやりたくなかったこの方法を取らざるを得なかったのだ。
結果論ではあるが、この一週間を無駄に過ごしてしまったことをコンテニューは悔やんでいた。
「……時間が無いっていうのに」
密かに奥歯を噛みしめ、苛立ちを抑える。
数秒の後、彼は大きく深呼吸をして落ち着いてきたことを確認すると、意を決した様に「失礼します」とひと声かけて扉に手を伸ばした。
と、そこで何故か目の前の扉が勝手に開いた。
そしてコンテニューは部屋の中心辺りでパイロットスーツを脱ぎかけている銀髪の美女――アリエッタの半裸姿を目撃することとなった。
「……」
数瞬だけ目の前の光景について目を丸くした。
顎に手を当て。
もう一度目の前の光景をじっくり確認し。
二度頷き。
そして理解して、にっこりと笑顔を向ける。
「ああ、僕を嵌めようとしたのですか。その手には乗りませんよ」
「かなり失礼なことをされているのだけど、私、怒ってもいいわよね?」
そうアリエッタは眉を顰める。
「でも身体を隠そうとしたりヒステリックに叫ぼうとしたりはしていない当たり、先の僕の言葉は当たっていると思うのですけれど」
「別にあんたなんかに見られてもどうも思っていないからそのままでいるだけよ」
「僕も一応男なのですよ。そんな人の前で平然としているなんて、淑女としてどうかと思いますよ」
「あんたには言われたくないわ。私にあんなことをしておいて……」
あんなこと、とは、彼女がクロードと共謀した疑いで捕らわれた際に、コンテニューが彼女にした仕打ちのことであろう。
目隠しした状態で、三大欲求が制限されている男性囚人を送り込まれる時期も知らされずに放置されるという私刑だ。
(……そういえばあの後やられたのか、全く気にしていなかったな)
コンテニューにとってどうでもいいことだったのですっかりと忘れていた。実際に実行したのだろうか?
ならば本人に訊いてみよう。
「ああ、あれ、効きましたか?」
「……効いたわけないでしょう。私を誰だと思っているのよ」
アリエッタは、ふん、と鼻を鳴らす。
鼻を鳴らしながら着替えは続行している。
きっとひと肌を見られたりする、そういう行為自体に慣れているのだろう。
「そうですね。その若さで元帥まで上り詰めたからには、きっとそういう表に出せないこともあったのでしょうね。見くびっていました」
「……あんたが言うなとか色々言いたいけれど……まあ、いいわ。そういうことよ」
先程から何故か自信ありげに胸を張り続けているアリエッタ。半裸のままなので性的な要素がふんだんにアピールされている。意図的にやっているのなら彼女に対して性的な目で全く見ていないコンテニューに対しては何も意味のない行為であるが、しかしきっと彼女の様子から、無意識にやっているのであろうと推察する。そのようなことを無意識に男性に振り撒くことが最早習慣付いているのか――ということに気が付き、コンテニューは彼女に対して思うことがあった。
罰が足りなかったか、と。
反応から精神的ダメージを受けていると思い込んでいたが、実際はそうではなかったらしい。深く考えずに表面上で厳しい罰を与えたつもりだったのだが、実際にはへでもなかったということだ。
(次があったらもっと厳しくしよう)
その次があるかは全く不明だが、コンテニューはそう思って笑みを深くさせ、アリエッタに見せつけようとした所で、
「――あらあらまあまあ嘘付いちゃってー。コンテニューちゃんが指示したひどいことが行われる前に助け出してあげたじゃないー。忘れたなんてあたしゃ悲しいよ」
よよよ、と泣く演技をしながら話に入ってきた人物がいた。
セイレンだった。
「きょ、局長……あの、いや、そうではなくて……その……あれは相手に罪悪感を持たせようとして……」
セイレンの姿を見るなり、唐突にアリエッタはひどく恐縮した様子で彼女に弁解を述べていた。
その様子からきっとアリエッタはセイレンに本当に救われたと思っていることは間違いない。その真偽は別として、アリエッタが目上だと思われる人間に従っているということは十二分に理解出来る。
その忠誠心を真正面から受けているセイレンは、いつものような白衣姿でアリエッタの周囲をひょこひょこと動き回る。
「あー、うんうん。分かるよー。コンテニューちゃんに見栄を張りたかったんだねー。《《実は未経験》》だっていうのにお姉さんぶりたかったのねー。分かるわー」
「なっ……」
アリエッタの表情が青ざめる。
ここは赤らめる所では、と思いつつセイレンに「未経験とはどういうことですか?」と訊ねる。
するとセイレンは、にししと意地の悪い笑みを見せ。
「あっれー? コンテニューちゃん興味あるのー? 思春期の間ずっとそういう反応を見せなかったコンテニューちゃんがアリエッタちゃんに興味持っちゃったー? あらーお赤飯たかないとー」
「僕の思春期はあなたと出会う前にとっくに過ぎていますよ。それに知っていますか?」
「ん?」
「僕ってアリエッタ元陸軍元帥のこと大っ嫌いなんですよ」
「あっはー。知っているわー。だから隠していたんじゃないー」
お腹を抱えて笑うセイレンに、コンテニューは(……やはりか)と内心で舌打ちをする。
ここまで彼女達の存在を隠していた要因は、主にアリエッタにあるだろうと、正体が分かった今ではそう思っていた。一度、反逆者として処分された彼女が再びパイロットとしてでも軍に戻ったとなると、あまり良い顔をしない人もいるだろう。ならば秘密裏に進めておくのが無難ではある。
「ジェラスのことでしょー? あたしも旧知の仲だったから思う所はあったわねー。三秒くらい」
「僕にとっては父親代わりだったので結構思い入れはありましたよ」
ジェラス。
アドアニア国に赴任していた大佐。
ジャスティスの燃料が命ということを知り、その為にアリエッタに撃たれた大佐。
コンテニューにとっては幼い頃から武術を師事していた相手でもあった。
「ジェラスは最後の最後まで損ばっかりだったわねー。命が燃料なんてどうでもいいことを隠すために殺されてねー。……あ、考えてみればそういう意味であたし関係でずっとジェラスは苦労しているわねー」
「ではあなたがいない静かな場所で、今はゆっくりとしていると思いますよ」
「あははー。流石にあたしも天国にはいけないからねー」
「でしょうね。あなたは地獄行き確定ですからね」
「んー、そういう精神的なもんは科学の敵だよー。だからどうでもいいかなー」
「……その話自体、私にとってもどうでもいいのですけれど」
と、そこでアリエッタが口を挟んできた。敬語なのはセイレンの言葉を引用したからだろう。
「それより私が……その……け、経験ないなんて何で決めつけるのですか?」
「そこまで話戻るー? っていうか何でそこを意地を張る必要があるのさー? 最近の若い子は分からんねー」
やれやれと首を横に振り、セイレンは事もなげに言う。
「パイロットであるあんたの身体の隅々まで知っているあたしにそんな嘘が通じると思っているのー?」
「……」
「因みにあんたも、もう一人も綺麗な身体だったわよー。《《色んな意味で》》」
にっしっしと笑うセイレンに対するアリエッタは口を閉ざしてしまう。きっと言い逃れが出来ない程にしっかりと身体検査をあらゆるところでされているのだろう。そこについて突っ込んでしまうとややこしいことになるのは間違いなかったので、コンテニューは笑顔を張り付けたまま成行きを見守る。
するとアリエッタが少し眉尻を下げて口を開く。
「……でも言わなくてもいいじゃないですか。先ほど言った通り、こいつに罪悪感を与えるために……」
「なあに言っているのよー」
セイレンはバッサリと否定の言葉を斬り放つ。
「コンテニューちゃんがそんなことで罪悪感を覚える訳がないじゃないー。むしろ今ぴんぴんしているアリエッタちゃんの様子を見て『もっと厳しくても良かったのか』って妙な反省をするような子よー」
「……」
見事にいい当てられているのでぐうの音も出ない。曲がりなりにも長い時間の付き合いがあるが故だろう。
忌々しい。
「まあ、そんな訳でここには処女しかいないのよー」
「え……?」
何を言っているのだこの人、という形でアリエッタがセイレンを見つめる。しかし先のやり取りの影響かツッコミが出来ていない様子だ。
仕方ない、とコンテニューは見え見えのボケに対し苦言を呈す。
「いやいや、それは有り得ないでしょう。何を言っているんですか?」
「え……まさかコンテニューちゃん……」
「尻を抑えてこちらを憐れみの目で見ないでください。貴方のことに決まっているでしょう。子供がいるって言っていたじゃないですか」
「ああ、うん。そうだねー。でもあたしは処女ながら子供を産んだのよー。清い身体よー」
「処女受胎とかどこの昔話ですか」
「そーじゃないんだけどねー。分からないかなー?」
「どうでもいいです。興味ないです」
これ以上この話を続けるのは時間の無駄だ。
無理矢理にでも話題を変えるべく、コンテニューは周囲を軽く見まわした後に訊ねる。
「そういえば、あの緑色のジャスティス――『ガーディアン』でしたっけ? 二機あるあれのもう一人のパイロットはどうしたのですか?」
「もう一人?」
セイレンがとぼけた様子で首を横に捻る。絶対に分かっているはずなのにそんな態度を取ってくるものだから、少し苛立ちを込めて回答する。
「研究室のど真ん中で半裸になっていない方です」
「……言っておくけど、私達の機密性を確保する為に局長からいつもこの場所で着替えるように言われているんだからね」
アリエッタが言い訳をしているが無視をしてセイレンに問う。
「そちらも女性ですよね?」
「ありゃ。会っていなかったのー? てっきりアドアニアであったとばかり思っていたわー」
「あそこで目撃したのは回収班だけですね。僕は聞いただけです」
「どんなことを聞いたのさー?」
「赤い髪の少女だとお聞きしましたよ」
「名前はマリー・ミュートっていうんだよー。初耳―?」
「……聞き覚えのある名前ですね」
「あらそうなの。どこで知ったの? 魔王関係―?」
「そうですね。魔王クロードの幼馴染でしたっけ?」
「あー、そうだったわねー。よく知っているわねー」
「まあ、短かったですけれど一応アドアニア国の支部長でしたし、そのあたりの事情は、あの魔王の反乱直後に耳に入ってきましたね」
誰かさんの裏切りと共に――という嫌味は言わないで視線をちらとアリエッタに向けると、彼女は不機嫌そうな表情で押し黙っていた。
「あー、そうそう。そういえばそうだったわねー」
と、唐突にセイレンが手を打つ。
「コンテニューちゃんってアドアニアの支部長だったもんね。じゃあマリーちゃんと会ったことはあるんじゃないの?」
「……さあ。少なくともアドアニア支部長、そして陸軍元帥コンテニューとしてはありませんね」
「ああ、そん時は魔王にもう撃たれて入院してたからねー。じゃあないかあー……あ、違ったねー」
うふふ、とセイレンは含み笑いをする。
「マリーちゃんが魔王の幼馴染ってことはもっと昔に会っていたかもねー。というか《《近くにいた》》かもしれないわねー」
嫌な予感がした。
しかしコンテニューが止める前に、セイレンは言った。
「七年前に『ユーナ』を――コンテニューちゃんがジャスティスで踏み潰した時にねー」