敗退 04
◆カズマ
カズマが入室したのは、彼女に声を掛ける少し前の時だった。
それまで彼が何をしていたかというと、ミューズの仕事を手伝っていた。
具体的には所属員に対しての指示や伝達、統率や連絡など――ジャスティスを手に入れる以前にやっていたことを行っていた。カズマ自身はアドアニアの戦闘で負傷してはいなかったため、クロードやライトウとは違って自由に動くことが出来た。逆に、それ以外にはやることが無かったと言っても間違いではない。
彼のジャスティスは、相手に半壊させられてしまっていたのだから。
その修理もミューズに任せている為、現状のカズマは戦闘行為としては動くに動けなかった。
故にミューズの手助けをしていたのだ。
仲間を助ける。
――あの時、クロードに言われた通りのことを。
それこそが自分の存在意義であると、カズマは心の奥底からそう思っていた。
そう思って行動していた一週間だった。
だから他のことに思考を向けずに、作業のように行っていた。
作業して、寝る。
作業して、寝る。
夢など見る暇もなく、疲れ切った状態で倒れ込む様に寝るのが習慣付いていた。
だからだろう。
入室した際にミューズが頭を抱えている――いつも飄々としているように見えていた彼女の様子を見て、ふと気が付いてしまったのだ。
自分の愚かさに。
クロードからの指示に対して、自分は何も守れていなかったという愚行に。
ミューズはアドアニアでの戦闘の撤退からここまで、文字通り休まずに動いてきていたことをカズマは知っていた。
だけどミューズの本当の辛さは理解していなかった。
業務の負荷は減らしている。
では彼女は何に頭を悩ませているのか?
「あたしって……何だろう……?」
その言葉を聞いた途端に、全てを理解した。
彼女もきっと、アドアニアの戦いで何かあったのだろう。
自分自身のアイデンティティに関わるような何かが。
何故訊かなかったのだろうか?
自分もやられた。
ライトウもやられた。
あまつさえクロードですらやられた。
なのにミューズだけは無事だったって、どうして決めつけていたんだ?
後悔が押し寄せてくる。
彼女に対して本当に助けになっていなかった。
彼女が悩んでいたその答え。
正直、意味は深くは分からない。
だが彼女の問い――恐らく誰に対してではなく問うたその言葉に対して、カズマは瞬時に思ったことがある。
ずっと一緒に過ごしていたから。
見てきたから。
情報を操ることが得意で、頼りになる頭のよい女性。
でもそんな頭の良さそうな素振りは全く見せずに、愛嬌があって話しやすい。
そんな彼女は、彼女でしかない。
だから――
「――ミューズはミューズだよ」
自分が思っていることを、そのまま口にしてしまっていた。
「カズ……マ……?」
か細く、弱々しい声だった。
目の前の少女。
いつも元気な様子を見せていた少女。
なのに今は意気消沈している。
加えて、視認する。
彼女の頬を伝う透明な雫。
そう。
彼女は――涙を流していた。
ズキリ、と心が痛む音がした。
「あれ……あれ? ……な、なんすか……? えっと……そう、あれっす!」
ミューズは目元を何度も拭いながら、必死に平静を装おうと大きく深呼吸をして、人差し指をこちらに向けてくる。
「これは……ちょっと眠くて……」
「うん。ずっと頑張っていたから仕方ないよね」
カズマはそう首肯しながら、近くにあった椅子に座る。
そして文字通り、腰を据えてじっくりと彼女に向き合う。
「ミューズ。もしよかったらでいいんだけど、聞かせてくれるかな? 本当の理由」
「……っ、本当の理由、って?」
「君の涙の理由を」
ストレートに。
捻くれずに。
勘違いされないように。
自分が知りたいことを問うた。
「あ、あたしは泣いて……は、いるっすけど、でも、これは……」
「無理しなくていい。でも、聞きたい、っていうのが僕の気持ちだ。それは興味本位ではなくて、その……君のことを、きちんと知りたい、って思っているんだ」
「っ!?」
彼女が目を大きく見開く。
その様相でカズマは気が付く。
ミューズは、カズマがこう語ってくることを予想だにしていなかったのだろう。だからこそ、信じられないというように驚愕に表情を染めているのだろう。
と、同時に。
カズマはとあることについて思い当たった。
先のアドアニアでの対戦で気が付いたこと。
気が付かされたこと。
海戦。
海軍元帥ブラッドを撃破した時。
カズマは、実の妹であるコズエの命も、その手で奪っていたという事実。
そこからは復讐にしか正直意識を向けていなかった。
だけど、色々、その為に周囲に守られていたのだった。
まずはクロード。
彼は配置替えをして、カズマをジャスティスのパイロットとして、復讐に特化させてくれた。戦力として置いただけかもしれないが、しかし、コズエのことを相手への復讐という形で悟らせなかったのは明白だった。故に彼に対する尊敬の意が更に高まった。
だがそれよりも、明確に苦労を掛けていた人物がいたことにも気が付いていた。
それは――ミューズだった。
彼女はまず、徹底的にカズマに対して、妹の真実を知られない様に情報をシャットアウトしていた。ジャスティスの燃料に命を使う、というのは理解していたが、しかしコクピットに複数人入った場合はどうなるか、ということについて彼女は情報を掴んでいたのだろうに、悟らせもさせなかった。
次に、ジャスティスを使用することそのものだ。
今回の敗北後に色々とまとめている時に、気が付いたことがある。
それは――『正義の破壊者』の所属員で、上層部がジャスティスを使用していることに対しての不満は、少なからず持たれている、ということだ。
カズマは命がけで乗っているのは事実としてあるのだが、しかし、一般の所属員はこう思っていることが、あまり気にはしていなかったのだが、そこはかとなく噂で伝わってきたことを思いだす。
銃や大砲などの攻撃が全く効かないジャスティスに搭乗していれば、生身で兵器を操っている自分達よりも安全だ。
少し考えればおかしいことは分かるのだが、そう思われても仕方ないとカズマは割り切っていた。
それは今だから言えることであり、実際にはものすごい数の不平不満があったのだろう。
しかしミューズは一切、その苦情についてもカズマに悟らせることはしなかった。
全部自分で処理していた。
故に、こう結論付けられる。
自分が今まで復讐心のみで行動できたのは、ミューズの働きが大きかった。
そんな彼女が苦しんでいるのだ。
自分自身の言葉で語らなくては。
そう思い、カズマは呆けている彼女に向かって語りを続ける。
「僕は正直、これまで色々なことに眼を逸らしていた。今、この場で気が付いたこともたくさんある。その一つに――僕が、君に守られていたことを知った」
「え? あたしがカズマを守っていた、って……?」
首を傾げるミューズ。
本当に思い当たっていないのか、それともまだ守ってくれているのか、もしくはまだカズマが気が付いていないと思っているのか。
いずれにしろ、ここできちんと話した方がいい。
そう判断したカズマは、なるべく感情を込めないように意識して、事実を述べる。
「隠してくれていたでしょ? 僕がコズエを殺してしまっていたことを」
「えっ!? カズマ、知って……」
「先の戦いでね。その反応から、やっぱり知っていて隠してくれていたんだね」
「それは……」
彼女は目を伏せる。
が、すぐに顔を上げ、席から立ちあがると――
「……って、大丈夫なんすか!?」
顔を覗き込んできた。
その表情は、今にも泣きそうな、心の底から心配してくれているものだった。
先程まで悩んでいた様子だったのに。
そんなことを全く感じさせない程に、自分へ感情を注ぎ込んでくれてきている。
――それを理解した途端。
胸にこみ上げてくるものがあった。
アドアニアとの対戦時に、カズマは一時期自分を見失った。
自分の存在意義すら疑った。
必要とされていないとも思った。
あの時はクロードの言葉に救われた。
でもそれは一時的なものだ。
理解せずに表面上だけで救われた気になっていた。
だが――今は違う。
心配してくれていた人がいた。
こうも分かりやすく。
こうも直接的に。
それがどれだけ嬉しいことか。
その人がどれだけ――尊いことか。
感極まってしまった。
だから思わず立ち上がり。
そして――してしまった。
「えっ……?」
彼女の困惑した声が胸元から聞こえる。
そのような状態になるのは、一つしか有り得ない。
そう。
カズマはミューズを、抱きしめていた。