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Justice Breaker  作者: 狼狽 騒
第五章
153/292

敗退 02

    ◆





 アドアニアでの戦闘が終わってから一週間が経過した。

 未だに世間はアドアニアでの『正義の破壊者』とルード国の戦いについていい意味でも悪い意味でも盛り上がっていた。連日のニュースでも取り上げられ、ネット上でも議論を醸し出していた。

 その話題の中心となっているのは勿論、『正義の破壊者』についてだ。


「……」


 その組織の幹部であるミューズは、険しい表情であった。

 彼女がいるのは、アドアニア国とはさほど離れていない国にある、とある一軒家の一室。

 いつものように白衣を着こんだ彼女は、膝に乗せたノートパソコンの画面を睨み付けていた。

 そこに映っていたのは、ライトウがアドアニアの建造物を破壊している画像と、その下にあるコメントの数々だ。クロードの能力で様々な言語を聞き、話し、そして読むことが出来るようになったので世界中から情報を得ることも可能となっていた。

 故に知ってしまった。

 全世界でとんでもないことが起きているということが。

『正義の破壊者』に対する誹謗中傷が連なられている一方で、アドアニアが提示してきた画像が偽物であると指摘する声もあった。だがその意見は「ならば嘘だという証拠を出せ」という一言で封殺されてしまっていた。

 封殺される原因はただ一つ。

 あまりにも大規模なのに、実際に戦闘を行った『正義の破壊者』側から反証となるモノが一切出てこないからだ。

 これだけ一方的に言われて反論しなければ、世間の風向きは『正義の破壊者』に非があったかのように変わってきてしまう。


 すると生まれてくるのが――裏切りだ。


 今までの快進撃故に『正義の破壊者』が敗北した事実からルード国に情報を売ったり軍門に下ったりという人物がいたことは容易に想像が付く。

 しかし、『正義の破壊者』は裏切りを許さない。

『正義の破壊者』に害ある行動を所属員が取れば、それは死に直結する。

 それは悪意ある風評被害の流布も含まれる。

 その為、ネット上の書き込みが急に途絶えることがあり、いつしかそれらは意図しない方向で『正義の破壊者』に不利な方向に世論が誘導される。


「……きついっすね」


 その世論を様々な方法で変えようと試みていたミューズだったが、彼女は目元を押さえて上を向き、大きく息を吐く。

 一週間経っても、彼女は戦いを未だに続けていた。

 情報戦で後れを取り、反証材料を手に入れられなかったのは彼女の責だ。

 故にその状況を逆転しようと頑張っていたのだが、やはりハンデは大きすぎた。

 と、天を仰いでいたその時に、隣室の扉が開いた。

 そこから顔を出したのは、白衣を着た短髪の女性だった。

 彼女は医者だった。


「先生、今日もありがとうございます」

「ん」


 立ち上がって頭を下げたミューズに対して、彼女は白衣のポケットに突っ込んでいた片手を挙げて応える。


「というか昨日と変わらんので礼を言われる筋合いはないわ」

「いえいえ。二人を診ていただいて本当に助かっているっす」

「あんただって白衣着ているんだから診れると思うよ」

「あたしは理系的な意味での白衣着ているだけで、医療関係はさっぱりなんすよ」


 苦笑した後、ミューズは表情を引き締める。


「昨日と変わらない、ってことはやっぱり……」

「ああ。そうだ。魔王――おっと、患者だからきちんと名前で言おうか」


 医者は短く息を吐いて告げる。



「クロード・ディエルの意識は未だに戻っていないよ」



 アドアニアでの戦い。

 多くの怪我人が出たその戦闘で深手を負った者の中でも、傷の深さが最上位に位置していたのがクロードであった。

 彼はあの電波を使った命令の直後に、何か張りつめたモノが切れたかのように唐突に気を失った。そこでミューズは必死に彼を担いで下まで降り、幾人かの所属員の手を借りてアドアニアを脱出したのだった。


「腹部に銃創、両足複雑骨折、内臓ぐちゃぐちゃ、ついでに鼓膜も破れている――こうもボロボロでよくも生きているものだよ、相変わらず」


 医者が告げた言葉が、クロードの受けたダメージの凄まじさを物語っていた。


 地雷を受けた時に潰れた鼓膜。

 コンテニューに撃たれた腹部。

 緑色のジャスティスに弾き飛ばされる際に犠牲にした足。

 飛び立つ際に空気圧を受けてダメージを密かに与えられていた内臓。


 あの戦闘で、クロードは予想以上にボロボロにされていた。

 これだけを負っているにも関わらず、彼は敵の前では意識を失わずに撤退命令を出してから気絶したというのは流石としか言いようがない。

 だからこそミューズは最小限の人数にしか手を借りずに、クロードの怪我については公表を隠した。手を借りた所属員についても信用が置ける人物――オペレータ業務をしていた人間達であり、更には逃げたことへの後ろめたさを持っている彼らを利用する形で、このような場所にて隠居することが出来たのだ。

 そうでなければ、更に大事になっているだろう。

 現在、クロードが負傷したという情報は外には広がっていない。

 勿論、この医者にも口止めはしてある。


「しっかし、魔王が負傷するなんて『正義の破壊者』に所属していた誰もが思っていなかったんじゃないかな」

「先生。このことは他言無用で……」

「ああ、分かっているよ。というか私も『正義の破壊者』の所属員だって。赤い液体もあんたから貰ったのを飲んで証明したでしょ?」

「まあ、そうっすけど……」

「喋っちゃったら私は死んじゃうじゃないの。……あ、こういうのもアウトだったかもね。危ない危ない」

「……」


 そう。

 この女医は分かっていて言っているだろうが、『正義の破壊者』に所属している者達の認識は同じだった。


『正義の破壊者』の悪口を言ったり書き込んだりすると、死んでしまう。


 これは悪意ある書き込みをした後、その人物がネット上に現れなかったことから広まったことだ。以前から同じことはあったが、今回、急激に広まったのには理由がある。

 それは、この一週間で唐突な死者が千人以上死亡したからだ。

 健康的だった人間が唐突に命を落とす。

 そしてその人物達はルード国に付いている人間ではなく、全てウルジス国、ひいては『正義の破壊者』に属している国であった。

 その原因はただ一つ。


 先の撤退を受け、『正義の破壊者』を裏切ったのだ。


 本心から裏切ったが故に、その命を落としたのだ。

 勿論、多少の悪口程度や、本心からではない裏切り行為には死は付かない。

 しかしそんなことはクロード以外誰も知らない。

 だからこそ、ネット上では一気に広まってしまったのだ。

 そして印象づかせてしまった。


『正義の破壊者』は()()()()()()()()()()、と。


 勿論そこにはルード国側の工作もあっただろう。

 対してミューズは戦った。

 だが、どうにもならなかった。

 ネガティブイメージの払拭は出来なかった。

 その事実を思い出し、ミューズは歯噛みする。

 実際に動いているかは知らないが、ルード国の意図に沿った世論になると、彼女に負けた気分になる。

 セイレン。

 ジャスティスの開発者。

 そしてミューズの――母親。


「――どうしたの? 怖い顔よ?」


 いつの間にか女医が顔を覗き込んできた。

 ミューズはハッとし、苦笑いを浮かべる。


「あ、何でもないっす。すみません。ぼーっとしてて」

「疲れているのね。あんたも診ようか?」

「いや、大丈夫っす。あたしはこう見えても丈夫っすよ」


 むん、と袖を捲って力こぶを作るミューズ。細くて白い腕には何の膨らみも出来ていない。


「……若いっていいわね」


 それを見て微笑しながら、女医は自分の背部――隣室の扉に視線を向けて溜め息を吐く。


「……というか一人は、若いから、っていう話じゃないくらい、回復が早いんだけどね……」

「ああ、またやっているっすか……」

「あっちが魔王だって言われても、今なら信じるわね」


 女医が肩を竦めたのと同時に、隣室の扉が開いた。

 そこから現れた人物に、ミューズは呆れ顔で訊ねる。


「……なにやろうとしているっすか?」

「何って、特訓だが」


 腹部に厚い包帯を巻いているにも関わらず、刀を手にライトウはそう答えた。

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