乱戦 07
◆ライトウ
『剣豪』キングスレイ。
銃が台頭して行く中で、剣一つで戦場を切り開いた人物。
刀剣を嗜む人は必ず彼の名を聞く。
だからこそ、ライトウは複雑な気持ちだった。
キングスレイはルード国の実質的なトップだ。
剣は政治や国籍など関係なく賞賛すべきだ。
だが――敵であることは間違いがないことだ。
目の前の彼が剣を抜いているのであれば、それは自分達にとっての敵なのだ。
「護衛君、ここは私と君とで相手を撃破すべきだと考えているのだが、それでいいかね?」
『……ハイ』
戦場のど真ん中なのに、悠々と歩を進めながら彼は緊張感のない声を放つ。
しかしその声とは別に、彼が放つオーラは凄まじかった。
流石に見た目では老いを感じさせる顔ではあるが、肉体は俄かに老齢とは信じられない程に鍛えられていることが服の上からでも分かった。
「と、その前に――」
突如、彼の姿が消えた。
いや、消えたというのは錯覚だ。
左方にあるビルの隙間に入って行ったのが目の端に見えた。
そして次の瞬間――爆発音が響いたと同時に、裏通りから戦車だった思われる鉄の塊が飛び出してきた。
その後ろから、ゆったりとした足取りでキングスレイは再び通りへと姿を見せた。
きっとあれは『正義の破壊者』戦車なのだろう。
それを裏付けるように彼は言葉を紡ぐ。
「まだいたようだね。君達以外は殲滅したかと思ったが、甘かったようだ。私も衰えたものだな」
「殲滅……だと……? そんな訳がない! 通信でそんな情報は入ってきては――」
『きっと妨害されていたんだよ。その情報についてはきっとミューズの耳まで届かなかったってのが正しいだろうね。あれを見るとそっちの方が正しいと思う』
カズマがまた冷静な声でライトウの疑問に答える。
『とすると……ミューズが何者かにハッキングを仕掛けられている可能性が高いね。元々アドアニアはルード国による偽りの国だったわけだから、あのメカニックルーム自体が相手の支配下にあるのかもしれない……現にミューズからの通信がさっきから来ない』
「そういえば……おい、ミューズ、聞こえていたら応答してくれ!」
ライトウも耳元に手を当てる。
しかし、ミューズからの返事は来ない。
『まずいね、一刻も早く様子を見に行きたいところだけど……』
「ああ。させてくれない様子だな……」
ライトウの頬に一筋の汗が流れる。
完全に憔悴している。
前方には『剣豪』キングスレイ。
後方には獣型のジャスティス。
どちらも戦闘力が未知数だ。
勝てるビジョンが浮かび上がってこない。
「……カズマ。俺にはキングスレイの方を担当させてくれ」
『最初からそのつもりだよ。というかそっちを任せたい。こっちは獣型のジャスティスに集中させてもらう』
「了解した」
ライトウは刀を構え、一歩前に踏み出す。
するとキングスレイは眉を上げ、
「ほう。私の相手はサムライ ライトウの方か」
「不服か?」
「私はジャスティスと戦闘したことがなかったからそちらとしてみたい、というのは本音であったが、まあ不足ではないだろう」
キングスレイは口の端を上げる。
「そっちこそ、人間相手で大丈夫か? ずっと最近はジャスティスを相手していたのだろう?」
「大丈夫だ。それに――」
グッとライトウは刀を握る力を強くする。
「あんたは俺の大切な人々を奪っていったルード国のトップだ。だから復讐の対象だ」
「ふむ、復讐か。――まあいいだろう」
キングスレイは剣先をこちらに向けて告げる。
「その復讐心だけで私を殺せるものなら殺してみろ。来い」
「言われなくても!」
ライトウが唸り声を放ちながらキングスレイに対して攻撃を仕掛けて行った。
同時に背後から大きな轟音が鳴る。きっとカズマが獣型のジャスティスとの戦闘を開始したのだろう。
しかし彼は振り向かない。
今の敵はただ一人。
キングスレイ。
彼を殺害すること。
ただそれだけに集中して刀を振るう。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
一気に距離を詰め、キングスレイの真正面を捕える。
完全に相手は油断していたのだろう。
これだけの距離を一瞬で詰められる足があるとは思っていなかったのだろう。
構えたまま微動だにしていなかった。
――右脇腹。
ライトウから見れば左側にある完全に空いているその隙間に、刀で一閃すべく横薙ぎを――
「――青いな」
鈍い音が響く。
ライトウは目を疑った。
完全に捉えたと思った脇腹。
キングスレイの身体とライトウの身体の間には、キングスレイが握っていた剣が防ぐように刀による攻撃を防いでいた。
「この程度か。何を驚いている?」
キングスレイは表情を変えずに、そして右足でライトウを吹き飛ばす。
吹き飛ぶ。
ライトウの体重は決して軽い方ではないのに、それでもかなりの距離を吹き飛んだ。途中での自動車などの高さを超すような吹き飛ばされ方をしたので、近くのビルまで勢いは止まらなかった。
「かはっ……」
肺の中の空気が全て出て、すぐに呼吸が出来ない。
苦しい。
そんな苦しみに悶えている最中、
キングスレイがいつの間にやらライトウの近くまで来ており、その剣を顔面目掛けて振り降ろしてきた。
「ッッ!!」
生存本能と言った方が正しいだろう。
完全に無意識に前方に身体を投げ出していた。
すぐ近くで剣が空振る音がした。
だが、危機一髪だった、で終わらせはしない。
ライトウは刀をキングスレイのいた位置に向かって全力で振るう。
しかしそこに敵の姿はない。
彼は少々離れた地点で顎に手を当てて頷いていた。
「ほう。避けたか」
「はあ……っ。はぁ……っ。はぁ……っ」
相手の言葉に反応できず、息切れをしたまま彼は立ちあがる。
――相手が攻撃してくる前に逆にこちらから攻撃を仕掛けなくてはいけない。
そう考えた彼は周囲のビルの壁を駆け上る様に蹴り上げ、高さを付ける。
「はああああああああああああああぁっ!」
気合を込めた、上空からの一撃。
青年とほぼ同等の体躯の少年の体重が乗った一撃だ。
真下にいるキングスレイに一直線に向かう。
食らうか。
避けるか。
――だが。
ガキイィン!!
金属音が響く。
つまりはキングスレイがその身に食らいも、避けもしなかったということでもあった。
彼はその剣で真正面からライトウの一撃を受け、流したのだった。
ライトウの身体はバランスを崩し――と見せかけて。
右足での鋭い蹴りが、キングスレイの腹部に襲いかかる。
(――真正面からの真っ直ぐな攻撃など通ると最初から思っていない)
だからこそ一撃を囮に使った。
この攻撃後の大きな隙をわざと狙わせた。
それこそがライトウの狙い通りだった。
ガッ、と確かな感触が右足に伝わってくる。
(当たった!)
そう確信した――のだが、
「――舐めているのか?」
「っ!?」
ライトウの右足は、確かに当たっていた。
――キングスレイの剣の柄に。
「確かに脚力はあるようだな。蹴りの威力も油断すると押し出されてしまいそうだ」
言葉を紡ぎながら、キングスレイはライトウの足を掴もうとする。
そのことに気が付いたライトウはすぐに足を引き、距離を取る。
「ふむ。判断も間違っていない。あと一秒だけ逡巡していたらその足を切り落としていた所だったからな」
その言葉が決して冗談ではないことをライトウは悟った。
背中に冷たい汗が落ちるのを感じる。
一瞬の判断が命取りだ。
嫌というほど感じさせられた。
だけど――
「俺は――お前を倒さなくてはいけない! 絶対にだ!」
「ほう。それは『正義の破壊者』としての使命感からか? それとも刀剣を扱う者としての意地でか? それとも――仲間を討たれた恨みからか?」
「全てだ」
「そうか。その意気やよし。――だが」
ゾッ、とライトウは一瞬身震いした。
唐突にキングスレイの方から、物凄い威圧感が発生したからだ。
殺意。
怒り。
強い感情が相手から放たれていた。
真正面からそれを向けられ、思わず立ちすくむ程のものだ。
剣気とも言っても過言ではないだろう。
放った本人は気を放ったままこう問い掛けてきた。
「サムライ ライトウ。その名は偽りか?
――何故刀で攻撃してこなかった!!!」
裂帛。
周囲のビルが震えたかのような錯覚すらしてしまう程の怒声だった。
「お前は刀を囮に使った。戦術的には正しいだろう。だがお前は何だ? 格闘術が得意な偽りの刀剣使いなのか? そんなお前の刀など――乳飲み子程度の思いしか籠っていない一撃など――この私に通用すると思っているのか?」
一変し、淡々とした声。
しかしその声には明白な怒気が込められていた。
怒っているのだ。
キングスレイはライトウに怒りをぶつけているのだ。
確かに彼は刀での攻撃を囮に使った。
だがそれは、相手の意表を付いて攻撃する為の手段だった。
刀を疎かにしたわけではない。
「それが……どうしたっていうんだ!? やってみなくちゃ分からないだろう!?」
「いいや。やらなくても分かる」
キングスレイは断言し、剣を持ちながら軽く手を広げ、告げる。
「お前の軽い攻撃などいくら打ち込んでも私には届かない。やれるものならばやってみろ」
「ッ! 言われなくてもっ!」
ライトウは刀を構え、キングスレイに突撃する。
左。
右。
正面からの袈裟蹴り。
背面に回り込んでの奇襲。
身をかがめ、自動車をブラインドにした攻撃。
その全てが――剣によって弾かれていた。
受けるのではない。
剣に沿うように流され、攻撃を拒否されていた。
受けてすらくれていない。
「グ……ッ!!」
ライトウの顔が歪む。
剣士として剣を交えてもらえないのだ。
これ程の屈辱は無い。
しかもこちらは必死に刀を振るっているのに、相手は余裕でいなしてくる。
まるで稽古を付けるかのように――
「なあ、その刀に名はあるのか?」
唐突にキングスレイは問うてきた。
「……名、だと?」
「そうだ、名だ。その刀の名前は何という」
「名などない」
そう。
この刀は気が付いた時から傍にあった。
誰かから貰ったのだが、詳細は一切覚えていない。
「それがどうしたというんだ?」
「――この剣の名は『スティーブ』という」
「……は?」
「私の友人の名だ」
呆けた声を放つライトウに対し、キングスレイは話を続ける。
「私は友人と共に戦っている。だがお前はどうだ? 誰と共に戦っているんだ?」
「誰と……?」
何を言っているんだ――と返したかった。
刀に銘は必要かもしれないが、名は必要であるのか?
それが強さに関係あるのか?
ただの精神論ではないのか?
――その困惑が、一瞬の隙を生んだ。
「ぐう……っ!!」
突如、ライトウは右腕に痺れを感じた。
理由はすぐに分かった。
彼の目の前にはキングスレイ。
彼の足が下からライトウの肘を蹴り上げたのだ。
上へ腕が持って行かれると同時に、痺れにより握力が弱まってしまい――刀を宙に手放してしまった。
直後、キングスレイはそのままぐるりと一回転させ、振り上げた足をその勢いに乗せてライトウの腹部に叩きこんだ。
「ぐ、うううううううあああああっ!!」
咄嗟に腕でガードしたのだが、老齢とは到底思えない重い一撃により、後方に吹き飛ばされる。
広い大通り方向だったため背部の障害物まで至らずに、何とか手を付きながらバランスを取って立つことは出来た。
反撃に向けてまずは飛ばされた刀の行方を――と顔を上げた時、
「ふむ。これは良いものだな」
ライトウの顔が絶望に染まった。
彼の愛刀。
それがキングスレイの手元にあった。
(――破壊される!?)
ライトウの頭に血が上る。
「貴様あああああああああ!!」
咆哮を上げながら足に力を入れ、一直線にキングスレイに迫ろうとした――その時だった。
ヒュッ、と。
空を切る――いや空を斬る音が聞こえた。
キングスレイがライトウの刀を真横に振ったのだ。
「この刀ならこれくらいのことはやれるだろうな」
ズズン、と。
その声と共に――キングスレイの真横にあった高層ビルが倒壊した。
勿論、タイミングよく崩壊したわけではない。
むしろ何も傷ついていなかったビルだった。
それがキングスレイの行動直後に崩れ落ちたのには理由がある。
俄かには信じられない理由が。
ビルの一階部分。
そしてそこまでにある自動車や街頭などの建物も含めて、だ。
キングスレイが水平に振ったその高さと同じ個所が、綺麗に真っ二つになっていた。
軽く見えた一振り。
その振りだけで遠くにある物体を――高層ビルをも切り裂いたのだった。
「っ……!?」
あまりにも圧倒的なその振る舞い。
あまりにも圧倒的な実力。
同じ刀だ。
ライトウが先に持っていた刀だ。
だからといって、ライトウに同様のことが出来るか?
(…………無理だ)
道具ではない。
剣士としての差が露骨に出てしまった。
足が竦んでしまった。
実力差を知ってしまった。
故に思ってしまった。
(俺はこいつに――勝てるのか……?)
「うむ、良い刀だったな。――さて」
怯んでいるライトウに向かって、キングスレイは言葉を投げる。
「サムライの名は偽りだったな。この刀のおかげだってことがよく分かった」
「……ッ」
何も言えなかった。
しかし、自分が努力を怠ったわけではない。
鍛錬も続けていた。
復讐に身を燃やしてジャスティスを斬っていた。
無敗だった。
だから刀以外でも――と言い返そうと腹部に力を入れた、その瞬間。
その腹部に衝撃を受けた。
脳が最初は付いていかなかった。
だが、すぐさま痛みと共に理解が追いついた。
「返してやろうではないか、その刀」
キングスレイの立ち位置は変わっていない。
但しその手には、既にライトウの刀はなかった。
では刀はどこに行ったのか?
その答えは明白。
刀は――ライトウの左腹部に刺さっていた。
「ガハッ!」
ライトウが口から鮮血を吐き出す。
熱い。
痛い。
苦しい。
ぐるぐると思考が腹部の傷に集中する。
叫びたい。
痛みに狂って叫びたい。
泣きたい。
力の限り泣き喚きたい。
だが腹部の傷がそれをさせない。
声を発するのに力が入らない。
真っ白だ。
頭の中は真っ白だ。
故に。
キングスレイの言葉が嫌というほど聞こえた。
「全力での攻撃を防がれた際、お前はそのままこちらに攻め入ろうとせずに刀を引いたな。――折れるかもしれないと思って」
確かにそうだ。
あれだけ何でも斬ってきたライトウの刀が、初めて防がれたのだ。
剣と刀。
強度を比べれば刀の方が脆いに決まっている。
――そう決めつけていた。
そんな彼に、徹底的に敗北を感じさせる言葉をキングスレイは叩きつけてきた。
「お前は――この刀を信用していない」