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Justice Breaker  作者: 狼狽 騒
第四章
136/292

乱戦 05

    ◆ライトウ



「――これで三機」


 ライトウは目の前のジャスティスの腹部を横薙ぎして分離させる。その前に既に両手両足を切り落として動けなくした状態にした上での一閃であったが。

 いつも通り。

 むしろいつもより弱いとさえ感じてしまう。

 耳元のインカムに手を添え、ライトウは問い掛ける。


「次は何処だ?」

『一〇〇メートル前方くらいっす。あとはその一機だけっす』

「……カズマはもう四機破壊したのか」


 可翔翼ユニットで移動する機体が上空にちらと時折見えたが、やはりあの圧倒的な機動力と自らの足とは格段にスピードの違いを実感する。

 ――そのことについて劣等感や嫉妬を覚えている暇はない。


『ライトウの方が近いっす。なのでお願いっす』

「了解した」


 ライトウはグッと足に力を入れ、前方へと駆けて――いや、途中に停車している車を踏み越え渡っているので、傍から見れば走るというより飛んでいるように見える進み方だった。実際に窓枠などを踏んでどんどん上方向へと身体は移動していた。

 やがてライトウは銃声が鳴り響く路地の上部に辿り着く。

 そこでは一機のジャスティスの姿があり、対面には戦車が鎮座していた。この戦車は『正義の破壊者』のものであるのは間違いない。彼らも路地を通して必死にジャスティスと戦闘していた。

 奮闘はしているもの、ジャスティスは戦車の砲撃を受けても全く効果がある様子を見せておらず、足止めすらできずにあっという間に戦車との距離を詰められ、持っていた剣で分厚い鉄の装甲を突き破られていた。

 全く歯が立っていない。


(――それもここまでだ)


 ライトウは上部から真っ直ぐにそのジャスティス目掛けて刀を向けながら降下する。


 ――だが。

 唐突にジャスティスは上部にその顔を向け、持っていた剣を上部に掲げた。


「読まれたっ!?」


 ライトウの顔が焦りで引きつる。

 彼の刀はジャスティスを一閃するモノだが、しかし、相手ジャスティスが持つ剣を真っ二つにすることが出来ない。

 故に彼の攻撃はこのままでは通らない。


(――どうする!?)


 狭い路地裏とはいえ、真上から重力を受けて落下している。壁を蹴って方向を変えるには壁までの距離が遠すぎるので足が届かない。加えて、刀を突き刺せるような距離でもないので、建物を利用したブレーキを掛けることは難しいだろう。

 ならば一度相手の攻撃を受けて地面に着地するか?

 ――それも出来ない。

 何故ならばこちらは支えるモノが無いのに、相手は何よりも丈夫な足場を持っている。

 地球。

 地面。

 故に空中のライトウが押し負けることが確定事項となる。


(どうする――)


 先と同じ言葉を改めて頭に浮かべた。

 ――その瞬間だった。


 耳を思わず覆いたくなるような爆発音に近い大きな音と共に横のビルから巨大な黒い右腕が伸びてきて、ライトウの真下にいたジャスティスの首をもぎ取って行った。


 あっという間の出来事だった。

 何が起きたのかを脳が理解出来なかった。


 ジャスティスの左右には壁しかなかったはずだった。

 それなのに――このジャスティスは何処から来た?


『危ない所だったね、ライトウ』

「カズマか!?」

『そうだよ』


 カズマの声。

 このジャスティスはカズマのだった。

 ライトウは彼のジャスティスが差し出した左手の上に着地する。


『さあ、離脱するよ』


 その声はとても落ち着いていた。

 落ち着いていることが異常だと感じた。

 異常であったが故に気が付けた。



 カズマは――ビルを突き破ってこの場所まで来たのだった。



 ズズン、と。

 突き破られたビルが支えを失い、音を立てて倒壊する。隣のビルもその倒壊に巻き込まれ、ガラスが一斉に割れる。

 この崩壊は誰がやったのか。

 言うまでもない。

 カズマだ。


「何をしているんだカズマ!?」

『何をってジャスティスを倒したんだけど』

「そっちじゃない! ビルの中を突き進んできたことだ!」


 結果的にビルは倒壊し、見るも無残な姿になっている。

 ここはアドアニアの中心部。

 周囲に人がいない森などではない。

 そんな所での唐突な相手の襲撃なのだ。

 避難警報も出していない。

 ならば中には民間人が残っているはずだ。

 ライトウだってそれを意識して戦ったが故に、先の時のような不意を食らったのだ。路地裏だったので足元のビルを斬り倒せばもっと簡単に相手に攻撃出来たにも関わらず。

 彼はは激高する。


「避難もさせていないのにビルを倒壊させたら中にいる民間人は――」


()()()()


「……え?」

()()()()()()()()()()()()()()


 ライトウは混乱した。

 カズマは何を言っているのか理解出来なかった。

 この国に民間人がいない? それは自分が殺したことを認めない為ではないのか?

 ――そう思ったのだが。


『勘違いされるかもしれないので先に言うけど、本当に民間人なんていなかったんだよ』


 先の倒壊したビルから少し離れた地点でライトウを地面に降ろすと、突然、近くにあったビルの表面を削る様に剣を振るった。

 何をやっているんだ! ――と声を張り上げる前に、ライトウの言葉が詰まった。

 そのビルの中身。


 そこには――何もなかった。


 人も。

 物も。

 そこで人々が仕事や生活をしていた形跡あるものが、何も無かった。

 あるのは空洞。

 侘しいただの鉄骨の塊。


「どういうことだ……?」

『見ての通りだよ。――見ての通りしかない』


 そこまで言われて――そこまで示されて、ようやくライトウは理解した。

 アドアニア。

 この国に付いてから出会った人々。

 暮らしていた人々。

 いや、それどころか――



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことか」



『ご名答』


 ご名答。


 その回答をしたのはカズマではなかった。

 だがカズマと同じようなスピーカーを通した声。

 発信源はライトウ達の背後からだった。

 慌てて振り向くと――


「っ! お前達は……っ!」


 ライトウは目を見開き、ギリ、と歯を食いしばる。

 見覚えがあった。

 忘れるはずが無かった


 おおよそ一〇〇メートルほど先。

 そこにいた。


 緑色のジャスティス。

 しかも二機。


 あの時と同じ。

 ――アレインが殺害された時と同じで。


『――落ち着いて、ライトウ』


 ライトウが足に力を入れたのと同時に、カズマのジャスティスの腕がそれを遮った。きっとすぐに斬りかかろうとしたのを察知したのだろう。

 出鼻をくじかれたライトウは睨むようにカズマに視線を向ける。


『何故止める? ――って顔しているんだろうね。ちょっと気になることがあったからだよ』

「……気になること?」

『ライトウ。今日は何体ジャスティス倒した?』

「三機だ。それがどうした?」

『僕は五機。つまり――ミューズが告げた八機は既に破壊している上に、この二機のジャスティスについて一切情報が入ってきていないってことだよ』

「……っ」


 ライトウの頬に一筋の汗が流れる。

 冷や汗だ。

 誰にも――機械にも察せられずに、あの二機のジャスティスはこの場にやってきたのだ。

 だが、そうなれば声を掛ける必要などないだろう。奇襲すればいいのだから。

 何故そうしない?

 そのことについて考えた時、相手の奥深さに恐怖した。

 何があるか分からない。

 であればむやみやたらと突っ込むわけにはいかない。


「……分かった。すまない」


 ライトウは足の力を抜き、しかし緊張感は残したまま刀の柄に手を掛ける。

 カズマはそんなライトウの様子を察知したのか軽くジャスティスの首を上下にさせた後、緑色のジャスティスに声を掛ける。


『どうやって貴方達は隠れていたのですか?』

『カクレテイタ? ソンナコトヲスル必要ハナイデショウ』


(……あれ?)


 ライトウは違和感を覚えた。

 カズマの問いにカタコトで返答がきた。

 だが先程の『ご名答』はカタコトではなかった。

 つまり片方がカタコト、もう片方は普通に話せるという違いがある。


『余計なことを話さないことね。これ以上は相手に何も教えなくていいわ』


 ライトウの疑問を後押しするように相手から流暢な言葉が聞こえてくる。また口調からも片方は女性である可能性が高いことが分かった。偽っている可能性もあるが。


『……分カリマシタ』

『そう。いい子ね。――さて』


 緑色のジャスティスの左にいる方が、こちらに向けて片手を突き出す。


『サムライ ライトウとジャスティス乗り……あなた達が『正義の破壊者』の最高戦力? そうは見えないけれど』

『違いますね』

『ん……?』

『最高戦力は僕たちではないですよ。もっと強い人がいます』


 カズマの言う通りだ――とライトウは同じ思いを抱いていた。

 確かに刀でジャスティスを切断できる自分や、訓練されているであろうパイロットを凌ぐ操作力でジャスティスを動かしていとも簡単に敵を薙ぎ払っていくカズマは、相手にとっては脅威となるだろう。

 しかし、それでも勝てる気がしない。

 そもそも勝てる方法が分からない。


 それが彼――クロードだ。


 と、そこでライトウはふと思い出す。


「カズマ。そういえばクロードがどこにいるか知っているか?」

『クロードさんは自分の家があった荒れ地にいるよ。そこで陸軍元帥のコンテニューと対峙している』

「何っ!? アレインを殺したあいつと……っ?」


 ライトウの声が怒りに染まり、殺気が見るからに放たれる。

 それを察知したのであろう、カズマが制止の声を掛ける。


『馬鹿なことを考えないでね、ライトウ。クロードさんがいればそんな奴なんて――』


『……ク……』


 その時だった。


『クロード……クロード……クロード……』


 緑色のジャスティスの方から呪詛のような言葉が聞こえた。

 恨み。

 憎しみ。

 屈辱。

 全てが入り混じった声と共に、左の方の流暢に話していた方が乗っていると思われるジャスティスが、頭部を抱え込んでゆらゆらと揺れ始めた。


『クロード……クロード……クロード……クロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロードクロード――クロオオオオオオオオオオオドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』


 ガシャン!! と。

 唐突に左の方のジャスティスから悲鳴に近い慟哭が響いたのと同時に、二足歩行型であったジャスティスが――変形を始めた。


 前かがみになって両手を地面につける。

 そのついた両手がしっかりとジャスティスの巨躯を支えられるように広く平たい形に変化し、その指は爪のように鋭く尖る。


 その姿はまるで――野生の獣のよう。

 四足歩行の機械の獣が、目の前にいた。


『殺してやる殺してやる殺してやるううううううううううううううううううううっ!!!』


 獣型になった緑色のジャスティスは野生のように雄叫びを上げるとその身体を翻し、あっという間にその場から離れて行った。


(――速い!)


 ライトウは驚愕に身体が動かなかった。あの獣型のジャスティスは今まで見たどんなジャスティスよりも速かった。きっと四足歩行になりその分、前への推進力が付いたのだろう。その代わり、蹴った地面は有り得ない程に陥没している。


『っ! マズい! クロードさんの所には行かせない!』


 カズマが焦燥の声を放つ。いつのまにやら可翔翼ユニットも起動させて高度を上げ、既に先のジャスティスの背を追っていた。

 だが――


『――サセマセン』


 バキリ、と鈍い音が上から聞こえて来た。

 同時に、バラバラと欠片が落ちてくる。

 何の欠片か?


 ――カズマのジャスティスの背にあった可翔翼ユニットだった。

 浮上して結構な高さにいたカズマのジャスティスの背から、残った緑色のジャスティスがもぎ取ったのだ。

 その緑色のジャスティスもいつの間にか獣型になっていた。

 しかしその背などに空へ飛び立つためのオプションは付いていない。

 つまりあのジャスティスは――単純な跳躍力でカズマの元まで辿り着いたのだ。


『グ……ッ!』


 カズマがバランスを崩しながらも、片手を付いて地面に着地する。可翔翼ユニット以外にはダメージはないようだ。

 一方で緑色のジャスティスは四足で地面に華麗に着地する。


「どんな跳躍力だ……っ」

『やはりただの跳躍であそこまで来たんだね……』


 ライトウは刀を構え、カズマはライトウの近くまで機体を移動させる。

 獣型のジャスティスまでの距離は一〇〇メートル以上あるだろう。

 だが、その距離など無駄だ。

 何故ならば相手はそれだけの距離を一瞬で詰め寄れるだけの脚力がある。


『これが、陸軍が隠していたジャスティスの最終兵器か……』

「油断するな、カズマ」

『ええ。流石に簡単な相手ではないことは分かっているから、二対一が卑怯だとかは言わないよ』


 ずっとカズマもライトウも、多対一での戦闘はやってきたことがあるモノの、こちら側の人数が多い状態での戦闘はしたことが無かった。

 しかしこの相手。

 今までのジャスティス相手とは訳が違う。


「行くぞ、カズマ。連携は初めてだが一緒に――」



「――うむ。では敢えてその言葉は俺が口にしようではないか。

 二対一は卑怯だ。『正義の(Justice)破壊者(Breaker)』の諸君」



 老いを感じさせる渋い声ながらも張りのある声。

 それは後ろから聞こえた。

 その声に反応して思わず振り向いたライトウは、


「……っ!?」


 言葉を失った。

 背後にいたその人物について、ライトウは見覚えがあった。


 ルードの軍服を着た、一人の老人。

 だが老人といっても厚い胸板にがっしりとした足が、未だに現役でも行ける旨を知らせてくる。刻まれた皺は彼の経験の高さを如実に物語っていた。


 剣を握る人間ならば誰でも必ずその名を聞いていた。

 剣一つで戦車を切り、弾丸を切り、そしてあまつさえ一人で戦争を終わらせたと噂される人物。

 剣に愛されたとしか思えない人物。

 別名――


「『()()』――()()()()()()……だと……ッ!」



 総帥 キングスレイ・ロード。

 ルード軍最高司令官であり、実質のルード国の長たる彼が、戦場となったアドアニアの中心都市で剣を携えてゆっくりと歩みをこちらへと進めていた。

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