苦心 06
◆
自室から退室したクロードはどこに行ったか。
安易に外にも出られない。
かといってあれだけ雰囲気を悪くしておいて自室に舞い戻る訳にもいかない。
一時間はどこか別の場所に行かないといけない。
考えた末、彼が現在居る場所は――アレインの部屋だった。
女性の部屋にも関わらず質素な部屋で、ベッドやタンスなどの日常品の他には簡易的な丸テーブルが真ん中に置いてあるのみだ。
アレインらしい部屋だな、と思いながらもその持ち主がいないことに、少し寂寥感が湧く。
活発な少女は、もうこの部屋には戻ってこない。
そんな寂しさが溢れる部屋の中央部に立って、クロードはポツリと言葉を落とす。
「……失敗したな」
彼は後悔していた。
それはアレインの部屋を選んだからではない。
ましてや、アレインを死なせたことでもなかった。
その言葉は、先程のライトウへの言動に対してだ。
「もう少し、優しい言葉にすべきだったのか……いや、でもカズマがコズエを想起させて暴走しても困るから、あそこで突き放す選択肢をするしかなかった。とはいえ、もっと言葉を選ぶべきだったか……」
この言葉の通り。
クロードはカズマが正気に戻ったなどと思っていなかった。
ただ単にライトウは理性を持った行動をしてほしいと思った為に、厳しい言葉を掛けただけだった。
カズマは復讐を前への推進力にしていた。
だがライトウはこのままいけば、復讐がただの暴走になるのは間違いない。
だから止めるしかなかった。
「……考え直さなくてはいけないな」
クロードは目を瞑る。
次に鼻から大きく息を吸い込み、口から吐き出す。
この間も目は瞑ったままだ。
これらの動作を数分の間、繰り返す。
その逡巡の後に、彼は言葉を発する。
「俺は――考えが甘い」
ミューズの前でも呟いた言葉。
友人の死に泣き叫ぶ彼女の横で、クロードはずっと考えていた。
ジャスティス。
二足歩行型ロボット。
母を殺された恨みからそのロボットに集中させていたが、結局、アレインはジャスティス以外の存在に殺害された。
捕らわれたのはジャスティスによってかもしれないが、それでも、手を下したのが人間であるということを改めて思い知った。
ジャスティスに関係する全てを破壊する。
その目的はぶれない。
ぶれてはいけない。
だが、アレインの死は悲しみ以外にも、クロードに一つの疑問を浮かび上がらせることとなった。
それは――
「――それだけでいいのか?」
そう問いの言葉を口にした所で、
――コンコン。
扉をノックする音が聞こえた。
「……誰だ?」
クロードは声を低くして問う。
ここはアレインの部屋だ。本来ならば誰もいるはずがない。
にも関わらず、ノックという入室許可を促す動作を行った者がいる。
つまり、ここにクロードがいると予測した者がいるということだ。
ライトウ、カズマ、ミューズ。
コテージにいる三人の中でそんなことを出来る人物は――いないはずだ。
通常でなければ。
「僕です。カズマです」
「……そういうこと、か」
クロードは悟った。
通常の方に思考を回せるようになっている――ジャスティスへの復讐以外にも思考を回せるようになっている、ということだ。
この時、カズマが妹の復讐心のみで動いていた時とは異なっていることに、クロードは初めて気が付いたのだった。
◆
「ようやく頭が冷えたか、カズマ」
「ええ、やはり気が付かれていましたか」
アレインの部屋にカズマを招き入れて中央の椅子に座るなり、クロードはそう告げた。
「復讐心のみで周囲を省みずに突っ込んでいたこと、申し訳なく思います」
「残念だな。それの方が思考が一直線でジャスティスのエースパイロットとしての素晴らしさを発揮できていたのにな」
「そこは大丈夫です。決してコズエを殺された恨みを忘れたわけではないですから。ただ、少し日常的な方に思考を回すことが出来るようになっただけで、戦闘中は真っ直ぐな破壊心しかないです。勿論――全てが終わった後の覚悟も、です」
全てが終わった後の覚悟。
カズマはジャスティスのパイロットだ。
当然、カズマのジャスティスも対象に入っている。
カズマ自身もジャスティスの関係者となる。
つまり――自らの命ごと、ジャスティスを破壊するという覚悟。
「そうか。ならばいい」
クロードは頷く。
彼への短い応答でよく分かった。
カズマは完全に狂化から解放をされたわけではない。
もう少し冷静に頭を働かせればとある事実が露呈するはずだ。
――結果的にカズマがコズエを殺したということを。
しかし彼は「コズエを殺された」と口にした。
その点がまだ自覚していない部分である以上、彼は今までのような通常な状態であるとはいえない。
むしろ戦闘以外の時に冷静な思考を回すことが出来ることになったのは良い方向になったのではないか――そうクロードは考え、「ならばいい」と回答したのだ。
クロード自身は戦闘に対して熱量が足りない。
相手をあまりにも圧倒してしまうからだ。
それは自覚している。
冷静という意味でそれはいいかもしれないが、味方の士気に関わる。
だが、カズマがこうして熱量を持つ要素を継続させる、と言っているのだ。
このままであれば問題ない。
そう判断した。
(しかし……)
クロードは彼の様子を見て、感じるものがあった。
復讐に捕らわれ、真っ直ぐに進み、自分の行動を省みる。
(幸か不幸か、カズマの奴――俺みたいになってきているな)
まあ確実に不幸だよな――と思いながらそれを口には出さず、クロードはカズマに問いの言葉を投げる。
「それよりどうした? 何か俺だけに伝えたいことがあるのか?」
「ええ。先のライトウの話――アレインが殺害された時の話で、幾つか僕の行動の説明をしておくべきかと」
「何だ、そのことか」
正直、クロードはそんなことはどうでもいい、と考えていた。
カズマの行動と陸軍元帥のコンテニューの会話。
ライトウは「不明だ」と言っていたが、クロードは察していた。
だが、敢えてここで知っていることを告げてモチベーションを下げても仕様がない。
(それに……俺の考えが間違っている場合もあるしな。俺は決して頭がいいわけじゃないから、思い込みをしないようにしないと)
「話してくれ。お前の考えも含め」
クロードはカズマの言葉に耳を傾ける体勢を整える。
カズマは頷き、口を開く。
「あの時、二体のジャスティスがいたことは話しましたね」
「ああ。報告だと緑色のジャスティスだったな」
「その緑色のジャスティスですが、直感ですが普通のジャスティスと色以外にも異なっていると感じましたので、深追いを止めました」
「それは正しい判断だ。でなくては――アレインが捕まった理由が付かないからな」
「やはりそう思いますよね。普通のジャスティスなんかにどれだけ不覚を取ったとしてもアレインが捕まるはずがないと思っていました。だから嫌な予感がしたんですよ」
緑色のジャスティス。
きっと通常の二足歩行型ロボットではないことは予想が付いた。
「本当はある程度戦闘した上で見いだせればよかったのですが……」
「戦闘自体をさせることが相手の目的――そう悟ったんだな」
「っ、そうです。その通りです」
前のめり気味でカズマは頷く。
「後で説明しようと思いましたが、陸軍元帥のコンテニューがその場に現れた理由が、それだと思ったのです」
「戦闘させることが目的……故にアレインを人質に取り、目の前で殺害せしめた」
「はい。そうであれば、ガエル国ハーレイ領を奪い返しに来たわけではない、というあちらの言葉にも納得できます」
「では、どうして戦闘させたかったのか? それが主題だな」
「はい。既に分かっているでしょうが、目的は次の通りでしょう」
カズマはクロードに訂正する暇を与える間もなく、私見を述べる。
「『正義の破壊者』を真正面から敗北させることです」
「……普通に考えればそうだな」
クロードも薄々は感じ取っていた。
相手は挑発を繰り返していた。
闇討ちをしなかった。
この事実から導き出されるのは、先のカズマの結論だ。
「勢いに乗っている『正義の破壊者』を真正面から潰せば、それは逆にルード国の追い風となる。逆にそうでなければ、卑怯な手を使ったと捉えられ、完全なる追い風とならない」
「だからこそ、ジャスティスが勝手に捉えたアレインを、コンテニューは殺害したんですね。――人質にしないために」
「ああ。きっと意思疎通が図れていないのだろうな」
「成程……だからカタコトだったのか……」
「ん? カタコト?」
クロードの目が少し大きく開かれると、カズマは「そうです」と頷く。
「緑色のジャスティスのパイロットは男か女か分からないという説明はありましたが、それに加え、どこか言語に不慣れな様子――というか、たどたどしい様子、と言った方が正しいですね」
「たどたどしい……」
顎に手を当て、クロードは考える。
(ルード国以外の人間が乗っている? もしくは言語を発するのに難しい状況? ……いずれにしろ、まだ何も分からないな……)
「分かった。これであの時の状況は理解した。ありがとう」
「いえ……結局アレインの遺体は回収できず、相手のジャスティスに隠されたモノも不明で――」
「いいや。あそこではあれが最善だ。お前のジャスティスを真正面から倒せる何かがあったのだろう。ここは一度引いておくのが正解だ」
その何かが全く分からない。
未知の恐怖。
ならば一度引けばいい。
「きっと相手は録音や録画などをしていただろう。その中で逃亡でも撤退でもない、という言葉を引き出したことは確かな成果だ。――よくやった、カズマ」
「……っ」
感極まったように言葉が詰まるカズマ。
彼のそんな様子を横目に、クロードは立ち上がる。
「さて、そろそろ自室に戻ろうとするか。一時間には満ちていないが、そろそろライトウも頭が冷えたことだろう」
「……はい。そうだと思います。クロードがそう言うのならば」
「……」
(何か微妙にカズマの中での俺に対しての尊敬の意? みたいのが上がっていないか? 別に何もしていないのに……)
クロードは少し困惑した様子で部屋を出る。
その後ろをカズマは付いていく。
まるで――クロードから何かを学ぶかのように、同じ所作で。
◆
その後。
クロードの部屋に戻った二人は、うずくまって奇声を上げていたミューズの姿を目撃する。
そこからカズマがここぞとばかりに彼女をからかいに走った。
そして、その数刻後。
ライトウが申し訳なさそうに戻ってきた。
その彼の様相に先程までの剣呑さはなかった。
代わりに、目元が赤くなっていた。
きっとまだ振り切れてはいないだろう。
だが、それでいい。
振り切れていないからこそ、忘れないだろう。
人間は忘れられた時に真に死す。
故に――忘れられない限り、生きている。
生きている。