苦心 04
◆
「――その後にこうしてクロード達と合流した。以上だ」
ライトウは目を伏せた。
語った内容は、所々詰まっており、非情に苦しそうに喋っていた。
故にクロードは理解した。
カズマ。
彼の下した判断に、ライトウは全く納得がいっていないと。
「状況はよく分かった。ありがとう、ライトウ」
「……」
返事はない。
無理はないだろう。
思い出すだけでも辛かったはずだ。
だからこそ敢えてライトウに言わせたのだが。
彼には狂ってしまっては困る。
現状を正しく認識して前に進んでもらう必要がある。
しかしそうするためには今回、とある弊害がある。
何故カズマはあっさりと引いたのか?
しかもライトウの話した内容通りであれば、唐突に冷静に事を運んだことになる。
「――カズマ。ライトウを疑っている訳ではないが、先の話に不足や訂正があれば言ってほしい」
「いえ、特にそのようなものはないです」
カズマはきっぱりとそう言い放つ。
ならばますます混迷を極める。
理由を考えなくては理解出来ない。
――そうクロードが思考を燻らせようとした時。
「……やっぱり駄目だ! なあ、クロード。お願いがある!」
ライトウが先程よりも少々張りのある声を出し、頭を下げながら懇願する。
「ハーレイ領に俺だけでいいからもう一度行かせてくれないか!?」
(――ああ、そういうことか)
クロードは悟った。
そして、スイッチを切り替えた。
「目的は?」
「アレインの……遺体だけでも、きちんと埋葬してあげたくて……」
「何の為に?」
「っ! ……何の、為に……?」
信じられないといった表情で、ライトウはクロードを見る。
彼の揺れているその瞳を見返して、クロードは質問を続ける。
「ルード国の面々が残っているであろう戦場に一人で行って、その成果がアレインの死体一つ、か。――何の為に行くんだ?」
「そんなの! 俺達の仲間だったからに決まっているだろう!」
激高したライトウは足を大きく踏み鳴らす。
まるでコテージ全体が揺れたかのような衝撃だ。いや、実際に揺れたのだろう。
それが彼の怒りの込めた抗議の大きさの証となっていた、
「一緒に立ち上げてここまで来た彼女……俺達にとっては施設からずっと生き残って生きていた子なんだ! その遺体をきちんと弔ってやるのは当然だろう!?」
「遺体をきちんと弔ってやるのは当然、か。ふむ」
一方、クロードは顎に手を当てて静かに問う。
「ではライトウ――アレイン以外の他の死んだメンバーの遺体はどうするんだ?」
「……えっ?」
「当然、仲間なんだから全員分拾ってくるんだろ? そして丁寧に一人一人弔うんだろ? 何が違うんだ? 幹部だから特別だとでも言いたいのか?」
「……それは……」
「どれだけ掛かるのだろうな、弔っているだけで先に進まないぞ。そしてそれを回収する為にどれだけの犠牲者が出るのだろうな。――と、嫌味のように言っても仕方がないな。俺の話すら今は受け入れられないだろう」
クロードは立ち上がり、俯いているライトウの横まで移動する。
「俺はこれから一時間程度席を外す。その間に冷静になれ。――だが、この言葉だけは残してやろう、ライトウ」
彼の肩を叩く。
「よくその言葉をカズマの前で口に出来たな、と」
「ッ!」
ライトウの肩が跳ね上がる。
同時に、カズマの眉が少し下がった様子がクロードの目の端に映った。
それには触れはせず、クロードは部屋から退室して行った。
◆
――よくその言葉をカズマの前で口に出来たな。
クロードの言葉はライトウに突き刺さる。
彼を冷静に戻すのには十分な一言だった。
「俺は……」
今まで何をしてきたのだろう。
今までというのは、アレインが殺されてからここに来るまでだ。
カズマに一般の所属員とは隔離された。
あれからここまで、カズマ以外とはほとんど会っていない。
故にカズマに感情をぶつけた。
泣いて。
喚いて。
叫んで。
問うて。
乞うて。
罵倒して。
それでもカズマは答えなかった。
ただひたすら、ライトウの傍にいた。
時折、他の所属員に指示を出していたが、それでも移動中も含めてほとんどがライトウの傍にいた。
その間、ずっとライトウはカズマにぶつけていた。
妹を失って同じ――いや、それ以上の苦しみを味わっていたカズマに。
それはそうだ。
コズエを失った時、ライトウは何をした?
何もしなかった。
何も出来なかった。
なのに、アレインの時には反応が違う。
そんな相手に対し、仲間だから弔おうと、特別に言い始めた。
傍から見れば正にクロードの言葉通りだ。
――よくその言葉をカズマの前で口に出来たな。
「カズマ……俺は……」
「あ、言っておくけど、謝る必要はないよ」
にっこりとカズマは微笑む。
横にいる少年のその笑顔に、ライトウは安心をするどころか、言い得ぬ不安感の方が強かった。
これだけ言われて、あれだけの仕打ちを受けて、どうして笑顔でいられるのか。
その不安感は、次の言葉で確定的となった。
「ライトウの言葉なんて、何にも感じていなかったから」
「……カズマ?」
ミューズが眉尻を下げてカズマの名を呼ぶ。
相も変わらず笑顔を崩さず、そこに居続けていた。
「ライトウが何を言おうが、結局は何も変わらないからね。そんな意味のないことをしていた労力にお疲れ様としか言いようがないね」
「……っ」
ライトウは自分の腹に鋭いものが刺さったかのような、じくりとした痛みが走る。
自分の中でほんの少しだけあった。
カズマは優しさで、自分の傍にいてくれたのだと。
そんな解釈が。
――甘え過ぎていた。
ただ単に迷惑だから隔離しただけだ。
他のメンバーの士気を下げるから、見張っていただけ。
そこに感情はない。
当たり前だ。
カズマはルード国への復讐のために全てを捨て去り、憎きジャスティスに乗っているのだから。
そんなことすら頭から抜けていた。
結局はそうだ。
ライトウもアレイン以外に見えていなかったのだ。
カズマのことも。
あまりにも自分勝手すぎた。
「……すまない。ちょっと一人で考えさせてくれ」
ライトウは腰を上げ、クロードの部屋から退室する。
その際、誰からも反応は無かったと思われるくらい静かだった。
――失望した。
しかし、それはカズマやミューズに対してではない。
退室するまでの間にカズマにもミューズにも視線を向けることが出来なかった自分に対して、だ。
自分の矮小さに嫌になる。
一度頭を冷やして考えるべきだ。
――自分のこと以外も。
(考えられるか分からないけど、な)
脳内のみで自嘲して惨めな気持ちのまま、ライトウは自室へと向かって行った。