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Justice Breaker  作者: 狼狽 騒
第一章
12/292

別離 02

    ◆




 十分後。

 アリエッタは黒いヴェールを身に纏って、再び会議室に現れた。確かに顔は隠せている。


「お待たせいたしました。では、出発いたしましょう」


 それからは彼女に連れられるがまま、軍の公用車を運転するジェラス。なお、アリエッタは顔だけでなく自分という存在を隠すため、SPなど、ジェラス以外の人物を傍に付けなかった。


「……」


 彼女は車に入ると途端に押し黙る。声でもバレないようにしているらしい。凄い徹底ぶりだ。感心しながらも、車内には二人しかいないのだからここでしてもしょうがないのではないかという単純な考えと、重苦しい空気が駆け巡る。ジェラスは運転に集中して、それらのことを気にしないように努める。

 やがて車は、通行止めの場所まで辿り着く。ここから先は山道を自分の足で登らなくてはならない。


「これはひどいですね」


 車を降りるなり、アリエッタはそう言う。結局言葉を発するのか、車内で黙っていたのはどういうことだ、と色々と文句を言いたかったジェラスだが、それらの言葉を呑みこんで訊ねる。


「ひどいとは?」

「ここから真っ直ぐ向かえば、魔女の家なのですよね?」

「ええ」

「自然が破壊されているではありませんか」


 彼女が指差した先にある山は、木々が乱雑に折られてその肌を露出させていた。当然、それはジャスティスが狭い道を進んでいった跡である。そんな判り切っていることを、とジェラスは思ったが、それは彼がジャスティス襲来後に一度ここに訪れているからであって、最初は同じような反応をしたな、と昨日のことを回想する。

 ジェラスが一人で訪れた際、ちょうど魔女の息子は学校に行っていたようで、家の周りには誰もいない様子であった。彼はそこで徹底的に破壊されたジャスティスと、その破片の下で事切れていた元部下を発見し、その屍体に上着を被せ、本部まで背負って行った。

 彼の姿を見るなり、部下達は悲しむ様子を見せた。彼は新人の部類であったから可愛がられていたのだろう。魔女の息子に復讐するなんて口にしていた者もいた。何とか宥めたが、自分の部下はどうして血の気が多い者ばかりなのだろうとジェラスは普段から頭を悩ませていた。


「どうかしました?」

「いえ、何でもありません。早速ですが、魔女の家に向かいましょう。車ではここまでしか来られませんので、ここからは歩いて行きましょう」


 真上に昇った太陽が頭から照りつけるのを感じながら、手で影を作って山の先を見る。


「……あっ!」


 ジェラスの眼が見開かれる。


「どうしました?」


 アリエッタが首を傾げる。ジェラスは、じっと山の方を見たまま言葉を零す。


「煙が……出ています……」


 少し眼を凝らさなくてはいけない程度ではあったが、一筋の黒煙が立ち上っていた。

アリエッタは黒いヴェールを少し上げて視認する。


「煙ですか? 確かにありますね。煙突でもあるのでは?」

「あの家に煙突はありません」

「そうですか。ならば、一つしかありませんね」


 アリエッタが微笑を浮かべる。


「結構早かったですね」

「な、何がですか?」

「行けば分かると思いますよ。行きましょう」


 彼女はヴェールを下げ、山道を進んでいく。

 ジェラスは慌ててその後を追う。

 やがて、二人はクロードの家に辿り着く。

 途端にジェラスは、言葉を失った。

 切り開かれて野に近くなった場所。

 その中央に位置する、木造の家。



 その家が――燃えていた。



 轟々と赤い世界が目の前に現れる。

 ぱちぱち、と木々が弾ける音。

 家は崩れ落ち、黒煙があちらこちらで立ち込めている。


「どういうことですか、これは……」


 そう驚きの声を上げたのは、アリエッタだった。


「え? アリエッタ様は、このことを予想していたのではないのですか?」

「……予想していましたよ。黒煙から、魔女の家が燃やされているということは。魔女狩りなどのイメージから、炎で浄化しようとすることは心理的に有り得るだろう、と。だから住人達が行ったのだ、と」


「住人が誰もいないことに驚いているのですか? でしたら、避難したのだと思いますよ」


「……ジェラス大佐、良く見て下さい」


 彼女は紅に人差し指を向ける。


「相も変わらず、凄い勢いで燃えていますね」

「おかしいと思いませんか?」

「おかしいのですか?」


 魔女の家が燃やされているのがおかしいと言っているのか? だったらそれがおかしい。などと、おかしいがおかしいを呼んで混乱しつつあるジェラスに、彼女は告げる。


「どうして――()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「……え?」


 ジェラスは眼を凝らす。

 いや、眼を凝らさなくても判った。

 言われてみれば違和感。

 おかしい。

 明らかにおかしい。

 周りには木々がなぎ倒されており、風も少量ながら吹いている、この状況。

 だが、炎をあげているのは、あの家――魔女の家だけ。

 周囲に飛び火していない。

 あれだけの勢いがある炎が。


「何だ……あの火は……」


 気が付いた途端、ジェラスは背筋に冷たいものが走った。

 気味が悪い。

 まるで、炎が意志を持っているかのように――


「――あんた達、やってくれたね」


 唐突に、二人の背部から声が掛けられた。

 魔女の息子か、と思わず身構えて振り返ると、そこにいたのは、綺麗な女性だった。見た目は二十台後半だろうか。短く揃えた赤髪が印象的で強く目に焼き付く。

 しかし、明るい見た目と反し、その女性の表情は険しかった。


「あの……どなた様ですか?」

「あんた達、ルード軍の人間だろ」


 質問には答えず、女性は腰に手を当てて二人を睨みつけて来る。

 軍服を着たままのジェラスは軍人だと判るだろうが、彼女は「あんた達」と言った。顔を隠して軍服を着ていないアリエッタも軍の人間と見ている。一緒にいるからであろうとジェラスは思ったが、しかし彼女の動向を見て、それは間違いだと気が付いた。

 二人を睨み付ける、と述べたが、それは違う。

 彼女は最初から、アリエッタを中心に見ていた。


「特にあんた、相当なお偉いさんの――アリエッタ元帥だね?」

「……」


 彼女が突きつけた指は、当然、黒いヴェールに向けられていた。

 正直、ジェラスは驚きを隠せなかった。彼女がアリエッタだと判る要素は全くなかったはずである。それにも関わらず、彼女はアリエッタだと見破った。


「まさか……あなたも魔女……」

「何でもかんでも魔女に結び付けるのは良くありませんよ、ジェラス大佐」


 そうピシャリと言い放つと、アリエッタはヴェールを外し、赤髪の女性と向き合う。


「まあ、このような異様な状況の連続では、そう思いたくなるのも無理はありません。ですが恐らく、私がこの国にいることを、この女性は知っていたのでしょう。そして――私の命により、ジャスティスでここを襲撃させたことを」

「……何だって?」


 女性は眼を見開き、眉を潜める。


「……あんたがジャスティスで襲撃させたとは聞いていなかったね。最悪だね、あんた」


(聞いていなかった?)


 ジェラスはその言葉に引っ掛かりを覚える。すぐさま質問しようとしたのだが、その前にその女性は首を横に振り、


「――『必ず、このようなことをした軍、そして命令を下したアリエッタは始末しますから』」


「……はい?」

「クロード君が言っていたことさ」


 唖然とするアリエッタに対し、女性は視線を鋭く向ける。


「だからあんたがこの国にいることは分かってたし、で、顔を隠している女性がいたから、当てずっぽうで言ったんだけどね」

「……ちょっと待って下さい」


 アリエッタは顎に手を当てる。


「あなたは、私がジャスティスを仕掛けたことを知らなかったと言いましたね? ですが、魔女のむす……クロードさんが言っていたという言葉が一言一句間違っていなかった場合、それはジャスティスを仕掛けたことに対しての台詞に聞こえるのですけれど」

「……あくまで知らない、というんだね、あんたは」


 キッと、赤髪の女性はアリエッタを睨み付ける。

 アリエッタが指示したのは、ジャスティスで家とクロードを踏み潰すことだけである。つまりクロードという少年が口にしたらしい『このようなこと』とはそれを指すはず。

 しかし、目の前の女性はそれを知らなかった。

 ならば、彼女は何に対して『このようなこと』と言ったのか。


(……まさか、何か他にも――)


「もう遅いよ」


 赤髪の女性が首を横に振る。


「あんた達はクロード君の逆鱗に触れた。もう、後悔したって遅いよ」

「……あの少年は!」


 ジェラスは思わず、大声で割り込む。


「一体……何なのですか……?」

「クロード君は普通の少年だよ。ごく普通に暮らしていて、ごく普通に学校に通って、ごく普通に恋し恋されて――」


 女性の拳が握られる。


「母親を殺され、自分も殺されかけた、そんな少年だよ」


 いや違うね、と女性は首を横に振って、言い直す。



「そんな少年――『だった』」



 だった。

 過去形。

 そう言い直して彼女は悲しそうに眉を潜め、二人に向かって告げる。


「あんた達は、目覚めさせてはいけないものを、目覚めさせたんだよ」


 彼女のこの言葉が全ての始まりのような気がした。



 ――直後。


 まるで運動会の開催を告げる花火のように。



 市内の方向から爆ぜた音が聞こえた。

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