首都 02
◆
嵐のようなやり取りだった。
その間、口を出すのすら憚れた。
あまりにもやり取りが異常だったのだ。
故に少年が普通に出て行ったことにも、何も反応できなかった。
見張りや護衛――そんなものを付ける考えもなかった。
考えすらしなかった。
それ程の異様な空間が出来上がっていた。
老獪さを持つキングスレイ。
対して、少年であることを忘れるようなコンテニューの対応と言動。
自分を恨む人間に、殺してもいいと平気で言い放つキングスレイ。
恨んでいるルード国に仕え、結果的に利益を生み出しかねない判断を下したコンテニュー。
異常だ。
どちらの言動もおかしい。
何を考えているのか分からない。
何が正しいのか分からない。
セイレンですら、そう思ってしまった。
思考回路が読めない。
こんなに分からないのは初めてだ。
「やっぱりいいわあ、二人共」
恍惚とした表情を、セイレンは浮かべていた。
◆
そのセイレンの表情を見て、キングスレイは小さく息を吐く。
「そんなに嬉しい表情をしているお前を見るのは久しぶりだな」
「だって全く訳が判らないもの。こんだけ狂っているのはあんた達以外にいないわー」
「お前に言われたくないな」
ふ、とキングスレイは肩を竦める。
「あの少年、本当に見た目通りの年齢なのか? 口調といい態度といい、大人びているっていうレベルを超えていると思うぞ」
「あたしに訊かれてもねー。正直、あたしも驚いているよー」
「最初からああだったのか?」
「そうねー。だけどこれで実感したでしょ? 他のジャスティスを的確に撃破していった、っていうのが」
「ああ。異常だというのが分かった。どういう出自と育ちをすればああなるのか、興味あるな」
キングスレイは本心からそう思っていた。
戦場でいきなりロボットを操作し、捕らわれた際に取り乱しもせず、キングスレイの威圧にも真正面から反抗し、そして恨むべき敵国の利になるようなことをすると笑顔で宣言する。
これだけの狂った少年になったのは、どのような経緯を辿ってきたのか。
どうしてそんな少年がこのタイミングであの村にいたのか。
その答えをセイレンから聞き出そうとしたのだが、
「それがねー、分からんのよー」
「分からない?」
「あの子、記憶喪失らしいのよー」
「何だと?」
「そりゃもう、あの戦場以前のことを聞いても『覚えていません』としか答えなくてね。もう下の名前すら分からずじまいよー」
「裏で調査は掛けているのか?」
「こっそりねー。まあでも帰国直後にここに来たからまだまだだけどねー。でもねー、あたしの勘だと、本当に何も出てこないと思うよー」
「お前の勘は良く当たるからな……ということは、本当に戦災孤児ってことか?」
「戦災っていうのかねー? ただ単に実験で潰しただけなのにねー」
「張本人がそれを言うかね」
全く、と嘆息するキングスレイ。
「気が付いていないかもしれないが、少年の禍根の対象は君も入っているぞ」
「え? マジなの?」
「あの少年、表情を笑顔で隠していたが、その眼にはルード国への復讐心が満ちていた。あれは本気で憎んでいるな。あれは――村を滅ぼされた程度の恨みではない」
キングスレイは感じ取っていた。
コンテニューの秘めている思いは並大抵のものではない。
幾つもの戦場を経験していたキングスレイにはそれが分かっていた。
だからこそ、少年相手なのに腰の刀に手を掛けたのだ。
「まるで親しい人間や親兄弟でも殺されたかのような感じだったな」
「なあに言っているのさー。そりゃ殺されているに決まっているでしょー。あの村の殲滅をしたんだから」
「でもあの村の髪の色や肌の色ではないだろう? それに親っぽいのがいたのか?」
「んー、あー、そうかー。あの子、生粋のルード人っぽいよねー。そんなのは多分いなかったと思うなー。ってことはあの子、戦災孤児の前はあの村で奴隷とかだったのかなー?」
「分からぬ。故に過去に何があったのかがますます興味があるのだ」
「そうだねー」
適当とも思える返事をするセイレンに、キングスレイは再び短く息を吐く。
「……まあいい。話を戻すが、あの少年に後ろから刺されないように気を付けることだな」
「うーん。でもあたしの開発力が無いとあの子の力――ジャスティスが手に入らないし、そこは生かしておくんじゃないかねー」
「ああ、賢しいからな。異常に」
あの少年はきっと、それなりの地位とそれなりの戦力と、そして良いタイミングで反逆してくるだろう。
しかも何度もではなく、一回を狙って。
きっと数年越しで実現するだろう。
その方がこちらにプレッシャーを与えられることを知った上で。
(そうさせるためにわざと挑発した所もあるがな)
キングスレイは決意した。
あのような少年が出てきたのだ。
自分もこれまでのようなのんびりとした領土拡大を続けている場合ではない、と。
「セイレン。一年でどこまであのジャスティスは開発できる?」
「ベースは出来ているから三〇機はいけるんじゃないかなー?」
「分かった。では一年後を目処に領土拡大の動きを掛けるぞ」
「んー、急にどうしたのー? 最近は大人しかったみたいだけどー」
「なあに。若い者に触発されてな。少し自分の野望を思い出したのだ」
キングスレイは遠い目をする。
総帥になる前に抱いていた夢。
ぶち当たった現実。
非情な現状。
諦めていたた野心に再び火が付いた。
「ふーん、そうなんだー」
セイレンは袖に手をひっこめた後に余っている白衣の袖を揺らす。
「……興味ないか?」
「今はねー。まあ、大体想像つくしー」
ま、とセイレンは片袖をひらひらとさせながらキングスレイに背を向ける。
「あたしが裏切らないようにあたしを退屈させないように頑張ってねー」
「……ああ。そうしよう」
「んじゃね」
セイレンも退室して行った。
「……はあ」
部屋に残されたキングスレイは、大きく息を吐く。
捻くれた開発者。
謎に満ちた幼き少年。
その捻くれた開発者が作成したロボット。
そのロボットに適合したパイロットである少年。
まさに時代の歯車が噛みあったような。
――運命が導いてくれたかのような人選だ。
「本当に面白くなりそうだな」
キングスレイは心の底から楽しそうに笑った。