戦場 03
◆
「何が起こった!?」
小太りの軍服を着た男性が憔悴の声を放つ。
彼は今回の行軍の総指揮官を任された人間だった。
キャンプに残っていた彼は突然の周囲のざわめきを感じ取ってゆったりと過ごしていたテントを飛び出し、すぐさま近くの者に説明を求めた。
だが誰も答えなかった。
理由は簡単。
答えずとも見れば判ったからだ。
「……何が起こった……;?」
先と同じ言葉を別のニュアンスで指揮官は口にした。
目と鼻の先。
黒色のロボット。
今回の作戦に当たって導入された新兵器。
むしろ今回の作戦がこのロボットの実戦導入の為に行われたことは、軍部内では周知の事実だった。
だからこそ理解出来なかった。
黒き二足型歩行ロボット。
味方であるはずのロボット。
それがどうして自軍の兵士を攻撃しているのかっていうのが。
止めようと手元にある銃で迎撃するが、鋼のボディを貫通することは出来ず、文字通りに一蹴される。
残っていた戦車も機動させているが、砲塔は真っ先に曲げられて機体は踏みつぶされ、遠くからの射撃にもロボットはびくともしない。それどころか射線を近付かれ、ロボットが持っていた刀で一掃された。
まさにどのように倒せばいいか見当もつかない状態であった。
「おーおー、派手にやっとるねー」
背部から緊張した状況とは真逆の声と共に、白衣を着た金髪の背の低い女性がひょっこりと姿を現す。
彼女の名はセイレン・ウィズ。
非常に幼い容姿に見えるが、このロボットの開発者であり、本作戦の総責任者でもある。
「何を呑気なことを言っているのですか!?」
指揮官は無責任な様子の彼女に激高する。
だが彼女は意にも介さない様子で「だってさー」と目を輝かせる。
「これって言ってしまえば既存の兵器には対抗手段がないっていう『ジャスティス』の成果ってことじゃないかー」
「……ジャスティス?」
「あのロボットの名称だよー」
いい名前でしょー、と無い胸を張るセイレンの姿に指揮官は頭を抱えたい気分になる。
しかし現状はそんな暇をくれはしない。
「そんなことはどうでもいいです! そのジャスティスは何故こうして味方に刃を向けているのですか!?」
「んー、機械の暴走って線がミクロン単位であるけどねー。多分、誰かに奪われたね、ありゃ」
「奪われた?」
「だってあれって誰でも動かせるようにしてあるしー、きっとルードに恨みを持っている誰かに奪われたってのがあたりだろうねー」
「そんな呑気なことを!?」
「んー、まあ大丈夫でしょー。あれを見なよー」
彼女が指を差す。
指揮官も「あ」と声を上げる。
その目に映ったのは、複数の黒色の機体がこちらに向かっている様子だった。
その数、五機。
「そろそろだと思っていたからねー。まー、流石にあれだけのジャスティスを全部奪われていたらあたしゃおしまいだよ」
「嫌なこと言わないでくださいよ。……じゃあ撤退させてよろしいでしょうか?」
「撤退? 何を?」
「何ってあのロボット……ジャスティス以外の部隊の撤退ですよ」
「駄目だよー。もしかしたら一般兵の攻撃で倒せるかもしれないじゃなーい」
「えっ?」
「あたしが見逃している可能性があるかもしれないんだからー途中で止めちゃったらデータ取れないじゃないー」
ぷんすか、という表現が正しい怒り方。
――ただ内容は、有り得ない程に恐ろしい。
データを取る。
「それは……犠牲を厭わないという意味ですか?」
「そうだよー。当たり前じゃんかー」
「無駄な犠牲を生じさせて何が得られるのですか! 一般兵たちの命をあなたは――」
「あー、うるさいねえー」
パン。
乾いた音が鳴り響いた。
同時に指揮官の額から血が飛び散り、その身体を地面に投げ出した。
「当たり前の質問を繰り返ししてくる人はあたしゃ嫌いだよー」
いつの間にか彼女の手の中にあった拳銃の銃口から煙が上がる。
他に誰もいないから間違いがない。
セイレンが指揮官の頭を撃ち抜いたのだった。
「ここにいる人達全員、命なんか最初からないに決まっているでしょうが」
そう言い放っている間も、先程の応答の間もずっと、彼女の目線は暴れているジャスティスの方に向けられていた。
まるで人間である指揮官には全く興味が無い、といった様子で。
「……おっ」
と。
唐突に彼女の目がきらめく。
それは彼女の想定を超える出来事が、目の前で起こっていたからだ。
「ありゃー、こりゃ予想外だわー」
五機のジャスティス。
それらは全て暴走している一機を止めるべく攻撃していた。
――だが。
最終的に立っていたのは、残る一機の方だった。
あっという間の出来事だった。
まず襲いかかってきたうち、先行した一機を頭から剣で一閃。
次に左右から二機が同時に剣で攻撃を仕掛けてくる。
しかしそれは正確には同時ではなく「ほぼ同時」であった為、若干後れを取っていた左側の方に向かって敢えて前進行為をする。その行動によって右方から仕掛けていたジャスティスの攻撃を空振りさせる。更には意表を付かれて急ブレーキを掛けた左方のジャスティスの首を、その勢いのままあっさりと左手でもぎ取る。
続けて右方のジャスティスに対して右手で持っていた剣を薙ぐように横払いをし、上下を真っ二つにさせる。
瞬く間に三機を倒され大いに狼狽と恐怖を感じたのであろう、残った二機は剣での近接戦ではなく、遠距離からの銃撃に攻撃方法を切り替えていた。
だが対象の一機は左手で先程もぎ取ったジャスティスの頭部を盾にして銃弾を弾いていた。連射もできないこと、剣よりも殺傷能力が明らかに低い様子が見え、まったくダメージを与えている様子はない。
――が。
受け側に回っていた一機のジャスティスは突然、左手に持って盾にしていた頭部を、銃撃している一機に投げつけた。
投げつけられた方もそうだが、投げつけられなかった方も怯んだ様子を見せる。
――そこを見逃さなかった。
頭部を投げつけていない方に一機のジャスティスは進路を向けると、銃を持っていた腕を下から吹き飛ばす様に斬り飛ばす。
直後、吹き飛ばした勢いでバランスを崩したジャスティスを、残る頭部を投げつけられたジャスティスの方に押し出す。
頭部を投げつけられて焦っていたジャスティスは更に動揺を見せ、思わず押し出されたジャスティスを受け抱えてしまう。
重なった二機のジャスティス。
次の瞬間、そのジャスティス二機は剣で串刺しになっていた。
こうして計五機のジャスティスは数的優位であったにも関わらず、瞬く間に一機のジャスティスの手で破壊されることとなった。
「……いや、ちょっと待って。何さ、あれ。ちょっと有り得ないんじゃないの?」
有り得ない。
セイレンが口に出した言葉は本音だった。
「だってあれ――完全に対ジャスティスを想定した動きじゃない」
今回初めて実戦投入したジャスティス。
当然、戦闘経験などない。
加えて奪い去った相手なんかには操縦経験すらないはずだ。
「いったい誰が入っているのよ……っ」
ぞくり、と背筋が震えた。
ジャスティスにはパイロットと呼べる者はおらず、開発部の人間が乗っていた。それでも、搭乗経験はそこら辺の人間とは段違いに持っている。
にもかかわらず、あのパイロットはその誰よりも明らかに経験している動きをしている。
未知の領域。
有り得ない状況。
そんな中、彼女は震えた唇でこう言葉を紡いだ。
「欲しい……欲しいわ、あのパイロット……ッ」
いつもの飄々とした幼い女性の様相は無く。
紅潮させたその表情は、色気すら感じられた。
彼女が感じていたのは恐怖でも、苛立ちでもなく――恍惚だった。
経験者を凌駕する「初心者」。
パイロット適性など関係ないように作成した機体で、あれだけの差を見せつける存在。
いったいどんな人物なのだろう。
何故だろう。
そんな好奇心が彼女の足を前に運ぼうとする。
だが、そんな必要はなかった。
駆けだす前に、残った一機のジャスティスは彼女の目の前までやってきたからだ。
その間にいた一般兵や一般兵器は既に一掃されている。
もはや誰もそのジャスティスに攻撃をしていない。
いや、攻撃を仕掛ける人がいないのかもしれない。
ジャスティスが目の前に来てその剣を振り上げた。
このままでは彼女も他の兵士同様一刀両断される。
その先の未来まで見えない。
――はずなのに。
剣が振り下ろされる瞬間まで彼女は不敵な笑みを崩さなかった。
じっ、観察するようにぶれない瞳とぶれない笑み。
しかしそれは好奇心が恐怖を上回ったからではない。
その理由はすぐに分かった。
「はい、どうもー」
ピタリ、と。
彼女の声と同時に、相手のジャスティスの動きが止まった。
「よーし。成功成功―」
彼女はそう言いながらこれ見よがしにポケットから、何やらスイッチのようなものを取り出す。
「これでジャマーの効果も検証できたねー、良かったわー」
ジャマー。
二足歩行型ロボットの動作を妨害、無力化する為の装置。
彼女は何かあった時のために中心地――テント周辺に影響を及ぼせるような装置をあらかじめセットしておいた。発動効果がきちんとあるか、などは完全に考えていなかった。
彼女は自分の開発者としての腕を信じていた。
「さあて……おーい。そこのロボットに乗っているパイロット君? さん? どっちでもいいから出てきなさーい。殺さないよー」
殺さない、というのは本音だった。
それでも、彼女は念のため拳銃を用意していた。
相手が強硬策に出た時の対策の為だ。
「さてさて、籠っていても仕方ないよー。出ても殺さないけど、出ないと殺すよー。当然だよねー? さあ、どっちが得かなー」
「――投降した方が得ですね」
そのルード語での回答と共に、ジャスティスのコクピットが開いた。
「え……っ?」
セイレンはあまりの予想外に銃を取り落としそうになった。
両手を上げながらコクピットから出てきたのは――少年。
金髪碧眼の、まだ第二次成長期を迎えていないような少年だった。
「……あは」
セイレンの笑みが深くなる。
少年。
つまり未知の要素がかなりある。
そんなサンプルが目の前にいる。
拳銃を向けながら彼女は問い掛ける。
「ねえ、君。死ぬかパイロットになるか、どっちか選びなさい」
「言われなくても後者を選びますよ。死にたくないですし」
少年はひどく冷静な様子で返す。
年齢離れをした落ち着きにこちらが逆に動揺しそうになる。
しかし、これくらいの特殊性はあるはずだ。
この少年は次々とルード軍の人間を殺しているのだ。
ジャスティスさえ壊している。
初めて乗った機体のはずなのに。
「……面白いわー」
他人に興味を持たないセイレンが、初めてそう思った。
夫でさえ自分が産んだ子供がどういう風になるか、という道具にしか見ていなかった彼女が――娘ですら結局興味が持てずに途中で放棄した彼女が――初めて、個人に興味を持った。
彼女は少年に問う。
「ねえ、少年。名前を教えて」
「コンテニュー、です」
コンテニュー。
ルード語で『続く』という意味を持つ単語。
「これからよろしくねー」
にっこりと、セイレンは笑い掛けた。