戦場 01
「……さて」
コンテニュー少年はひどく冷静な様子で立ち上がると、自らの身体に積もっている汚れを右手で振り払う。全部は流石に落ちなかったので、ある程度の所までで叩くのを止めつつ、周囲をもう一度見回す。
恐らくは森林に囲まれた、長閑で平穏な村であっただろうに、背の低い建物や農作物が実っていたであろう木々が轟轟と燃え盛り、黒煙を上げ続けている。一番目立つ風車はその羽根を折られ、鈍色に変色させていった。
どうみても何かの首都であったり、武力を保持していたりしている様子は全く見られない。
――何故、この村は攻撃を受けなくてはいけなかったのだろうか。
そう考察に入ろうとしている間も、銃撃がパラパラと鳴り響いている。近くに着弾していないとはいえ、その音だけでも相当な恐怖を感じる。
と、そこで普通の銃撃とは違う音も若干混じっていることに気が付いた。
「……木々が薙ぎ倒される音?」
銃弾音と、パチパチ、という炎で木々が弾ける音とは別に、バキバキ、という明らかに折られる音が、段々と大きくなってきていた。
そういう音ならば戦車などでの蹂躙という可能性があるので、違和を覚えることは無かった。
だがそうであれば同時に聞こえるべき音が、一向に聞こえてこないのだ。
「エンジン音やキャタピラ音……駆動音が全く聞こえていないのはどういうことだろう……いや、ですかね?」
無理矢理敬語を使おうとしているような妙な言葉の言い回しの仕方をしながら、妙な現状に対して疑問を抱く。
これだけ近くで音がしているのだ。更に木が薙ぎ倒されている様子が遠目にも分かってきているが、未だにその音がしないのはおかしい。
動力音がしないが木々を薙ぎ倒せるほどのパワーがある存在。
それが何か。
コンテニューは文字通り目の当たりにする。
バキリ、という目の前にあった大きな木が薙ぎ倒され、その存在が姿を現す。
漆黒のボディの、二足歩行型のロボット。
この時、知らなかった。
二足歩行型ロボット。
名称――『ジャスティス』。
史実では初実戦はアドアニア侵攻の際であったのだが、実はテストとして導入されたこの村に対しての襲撃が、真の初実戦であったことを。
「……」
目の前に二足歩行型ロボットが突然現れたというのに、少年はひどく落ち着いた様子で見返していた。その碧色の瞳には驚きも動揺も何も浮かんでいない。
じっ、と。
微動だにせずそのジャスティスを観察するように眺めていた。
『何だ? まだ子供が残っていたのか?』
ジャスティスから意外だという声が聞こえてくる。
その言語で相手がどの国の人間か分かった。
あれはルード語だ。
故に目の前の相手はルード国の人間。
この村を襲撃したのはルード国ということだった。
それを理解した少年は、ゆっくりとジャスティスの顔面部へと視線を移す。
『って、金髪で碧い目って……おいおい。この村の人間じゃねえじゃねえか! まずいぞ、おい!』
焦った声が響く。
同時にコンテニューはその場にしゃがみ込む。
『お、おい! 大丈夫か!?』
ジャスティスのコクピットが開き、慌てた様子でパイロットが降りて近寄ってくる。白衣を着た肌の色が薄い中年であった。
きっとこの村の住人とコンテニューは見た目などが大きく異なっているのだろう。
だからこそ安易に降りてしまったのだろう。
そして彼に近づいてしまったのだろう。
それが致命的だ。
――文字通りの意味で。
「え……」
中年男性の首元から鮮血の花が咲く。
白衣が一気に赤に染まっていき、彼は地に膝を付け、そのまま倒れた。
一方でその返り血を浴びた少年は平然とした様子で首を勢いよく横に振り、髪に付着した血をある程度飛び散らすことが出来た。
それでも金の髪は鮮やかな紅に濡れ、滴り落ちる。
理由はただ一つ。
中年男性の首を掻っ切ったのは、少年が持つ鏡の欠片だったからだ。
先程しゃがみ込んだ時に密かに拾っていたのだが、それを少年は何の躊躇もなく切っ先を突き立てていた。
「……」
血が滴る鏡を中年の死体に投げ捨て、彼は小さく息を吐く。
鉄の匂いと火薬の匂い。
今はどちらかというと鉄の匂いが強い。
あまり好きではないな――と思いながら彼は死体を踏み越し、歩いていく。
目当ては黒色のロボット。
ジャスティス。
そのぽっかりと空いたコクピットに歩を進めていく。
まるで導かれたかのように、澱みない動作で彼はジャスティスに乗り込む。
「広い、ですね……」
そんな感想を抱きながら中央に鎮座している席に座って足元のペダルに足を掛け、そしてその左右に一つずつある操縦桿を握った。
途端に乗り込み口が閉じ、内部が明るくなる。座るという行為ではなく操縦桿を握るのがトリガーになっているようだ。
どういう理屈でそうなっているのかは皆目見当がつかない。
しかし、
「しっくり来ますね。初めてだというのに」
コンテニューは頬を緩める。
「……?」
直後、戸惑いの表情になって自分の頬に触れる。何故笑ってしまったのか分からない、というような戸惑いの様子だ。
だがすぐにその笑みを逆に深くし、操縦桿を握る力を強くする。
「……今気が付きましたが、一〇歳かそこらの少年の手足の長さにもフィットするように自動的に席が移動しているんですね。どれだけ汎用性があるのでしょうか?」
この機体の中は小柄な人間も操縦できるようになっている。きっと女性パイロットも想定しているのだろうと勝手な推定を立てつつも、両手両足を動かしてみる。
ジャスティスが動いた。
視界も良好。
操作の感触も問題ない。
――動かせたからどうだっていうんだ?
そんな疑問が頭を過るが、すぐにその答えは自分の中に生まれる。
「何でこの村が襲われているのか分からない。けれど、恐らく悪くないはずだ。多分、良い環境だったのでしょう。――覚えていませんけれど」
この村に対しての感慨はない。
現在、崩壊している景色に対して感想もない。
覚えていない。
だから思い入れもない。
――だけど。
「きっと相手は悪い。こんなロボットを使って一方的な襲撃を行ったなんて。――うん。多分悪いですね」
コンテニューの中に一つの憎悪が渦巻いているのは確かだ。
覚えていなくても。
この少年の中には、その感情が内包されている。
きっと記憶を無くしたのも、その国に関わることなのだろう。――そうとも捉えられるような、深い沼のようなドロドロした感情。
全ての憎しみは――ルード国にあり。
「憎きルード国。僕が破壊します」