エピローグ 03
◆
「……犠牲は大きかったみたいだな」
地上に降り、周囲の『正義の破壊者』の面々に被害状況の報告を聞いた彼らはライトウは、悲痛に表情を歪めた。
ヨモツ達の空中部隊が落とした爆撃や銃弾の雨は、所属メンバーに対して少なくない被害を及ぼしていた。
死者、怪我人は多数。
無事な方が珍しい。
戦場にはあまり戦闘員を連れてきていなかったとはいえ、砲撃部隊は全滅、ジャスティスを操縦していたパイロットも絶命していた。
残るジャスティスもカズマのを含めると二機だけであった。
「……俺がもっと早く、相手を倒せていれば……っ」
『まあでも仕方ないじゃないんじゃない?』
インカム越しのカズマの声。
これは今はライトウにしかつながっていないはずだ。
ライトウは眉を潜めて問う。
「……どういうことだ?」
『戦闘に出て死なないなんて甘い考えで、みんなここに来たわけじゃないでしょ? ジャスティスに乗せた人達だってその覚悟は出来ていたはずさ』
「だからといって――」
『――四つ』
ぴしゃり、と。
鋭い声でカズマは告げる。
『四つ、時には非情になること。場合によってはここにいる仲間でさえ見捨てろ。――これ、覚えている?』
「それは、クロードと約束した時の……」
『いちいち顔を知っただけの奴らに一喜一憂している暇はないよ、ライトウ』
「……っ」
ぞっ、と背筋が凍る思いをした。
少しの会話をしただけでも明らかな違いが分かる。
施設にいた時とは違うカズマの性格が。
流石に皆の士気を下げるような真似はしないが、それでも、犠牲になった人々――この作戦の成功の犠牲になった人々に対して、何の感傷も浮かべていないのはぞっとする。
だが同時に、それを理解出来る自分もいた。
最愛の妹を失っているのだ。
もう、他の誰がどうなっても本当にどうでもいいのだろう。
(俺も……アレインを失ったら同じようになるのだろうか……?)
現在、ライトウが一番守りたいと思っているのは彼女だ。
だからこそ、今回の戦場も最初の役割や爆弾が落ちる方角がアレインの向かった先ではないことに、戦闘中だったのにホッとしていたものだ。
(……ああ、そうか。俺も同じだ)
アレインが無事なら、他の誰かが命を落としたという状況でも、心の中では胸を撫で下ろせる。
そんな人物なのだ、自分は。
根っこは同じだ。
赤の他人なんてどうでもいい。
自分が失いたくない、やりたいことをやっているだけなのだ。
カズマは責める資格なんて、自分にはない。
『――さあ、早くここから勝利宣言をしようよ、ライトウ。でないと暗いままで人々の効率も上がらないよ』
「……分かった」
カズマからの促しに、決着をつけた代表者としての責務を果たすべく大きく深呼吸をすると、ライトウはその場一体に聞こえるような大声を放つ。
「皆の衆! 我々はルード空軍に勝った! 大勝利だ! 同時にガエル国ハーレイ領をジャスティスの魔の手から守ったのだ!」
生き残った者達は顔を上げ、ライトウを見つめる。
その眼は潤んでいた。
多くの犠牲の上に立っている命。
だが、彼らは敗北者ではない。
勝利者なのだ。
それを自覚させる言葉を、ライトウは言い放った。
その言葉によって周囲の人々に希望の光を灯したのだった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
周囲の人々はようやく歓喜を表に出すことが出来た。
暗くて、落ち込んでいた雰囲気の中、出してもいいかどうか迷った感情を放った。
ライトウが率先して放った。
彼らは生き残ったことを喜び、抱き合い、お互いの拳を打ち合った。
勝った。
勝ったんだ。
あの空軍ジャスティスに勝ったんだ。
歓喜の渦は広がっていく。
その中心にいる彼は拳を突き上げ、宣言する。
「もう一度言おう! 俺達の勝利――」
『ソレハ違イマスネ』
――その声は唐突だった。
高い、加工された声。
スピーカーで拡張されたその声が、喜んでいる人々の間に水を差した。
一瞬で緊張感が周囲を駆け回る。
「何者だ!?」
ライトウはいち早く、声の方に視線を向け、迎撃態勢を取る。
と、同時に目を見開く。
数十メートル先。
そこにいたのは――二機のジャスティスだった。
ジャスティスが近づいていることにも驚いたが、それに加えて視線の先の二機のジャスティスが、今まで汎用的なジャスティスと容貌が大きく異なっていたことが更なる動揺を加えていた。
通常のジャスティスは黒色である。それ以外の色は見たことはない。
だが、目の前にいるジャスティスのボディは――緑色。
深い緑といった表現の方が正しく、金属特有の鈍い光沢について変わらない様子なので、ただのカラーリングチェンジしただけに見える。
そう。
見た限り、それ以外は何も特別なことはない通常の二足歩行型ロボット、ジャスティスだ。
(……いや、色のことよりも――どうやってここまで近づいていたことに気が付かなかったんだ!?)
ライトウの頬に一筋の汗が流れる。
緑色とはいえ、木々に隠れる程の隠密性が高い程ではない。
にもかかわらず、数十メートルの距離まで視認できなかった。
誰も、というのが異常だ。
何故なのか。
そのボディの色で気が付かない、何かステルス機能でもあるのか。
彼はその原理を見極めるべく、じっと二機のジャスティスを観察するために目を凝らす。
すると、一機のジャスティスのある所作に値を奪われた。
二機のジャスティスの一機。
胸の前で手を組んでいるようなポーズをしていた。
それは勿論懺悔のポーズではない。
両腕で何かモノを掴んでいる。
いや――モノではない。
「ッ!?」
彼は気が付いた。
それがモノではなく――者であったことに。
双眸は閉じられ、頭部から血を流している。
両手はジャスティスの手で広げるように掴まれており、足はプラプラと力なく揺れている。
泥か血か分からないが、腹部の服の一部は暗色で彩られている。
ライトウがいつも見ていた――何よりも守りたいと願った少女。
笑顔が魅力的で活発だった彼女の姿は、今やそこにはなかった。
「アレイン!!」