厄介な来訪者?
「たたたたた! 大変ですぞおおおおお!」
聞き慣れた声がする。
もはや言わずもがなだった。
俺はソファーからゆっくりと身体を起こしている。
「いや、ちょっと困るよ!」
俺の部屋の前でこれまた軍の兵士が押し問答をしている。
今は自分の家、もとい父と母の家には帰らずに身を守るために役所である政庁の一室で寝泊まりしている。
記憶にある限りは、前の世界でも布団を敷いてただ惰眠を貪るだけだったのだからこれくらいで構わないし、変に気を遣われて豪華なベッドなんかも用意されたら困ってしまう。
俺はパジャマのまま、駆け寄ってドアを開ける。
「良いよ、通してあげて」
「は、はあ、良いのですか? まだ、朝は早いのですが」
「うん。偽物とかじゃないと思うから。この声は……ね」
「おおおおおおおん! おいおいおい……。領主殿おおお!」
いきなり俺の顔を見た途端、腰にタックルを喰らった。
「おぶうっふ!」
「お、おい! 丁重に扱いたまえよ!」
ええ……、何その荷物みたいな言い方ァ……。
「まあ、中に入りなよ」
そして俺は服を取り出して、着替えながらカズが落ち着くのを待つことにした。
「はあ、はあ……。領主殿ォ!」
「あ、そうだ。昇進おめでとう!」
「あ、はい! ありがとうございますですぞおおおお!」
カズは先日の銀行をつくろう企画のあとに、特別に近衛警備兵に昇格した。
要は俺の側について警備をしたりしてくれるし、軍としての役目も果たすというものだ。
マイちゃんはこの土地の兵ではあるけれど、弓部隊であるし別の部署に所属している。
「ほんと、カズがいてくれると助かるよ」
何かをするにしても、身の回りには気をつけなければならない。
いつもローベスさんは特に忙しくなって、彼が常にいてくれる訳ではない。
だからこそ一番信頼できるこのカズを昇格させた。
「えへええええへ……。領主殿ォ、照れてしまいますぞ。と、それより……」
「そう! すごい服も似合ってるよ! 赤を基調としたマントでさ。その鎧も薄くて動きやすそう。ちょっと薄いかもしれないから心配だけれど」
「あいや、身体は鋼みたいなものなので……。って、そうではありませんぞお!」
「ああ、はいはいっと」
と言って膝元をぱんぱんと叩く。
これで着替えは完了だ。
スーツではあるけれど、面倒なのでネクタイは締めていない。
そりゃあ、前にいた世界では無縁だったしね~。
「それでですね、一大事です」
そう言われてドキッとする。
昨日はローベスさんは銀行のことは順調だと言っていた。それに森の件でも悪い話はしていなかった。
ここまでが順調だったので、何かあるかとは思っていたが想像がつかない。
「聞こうかな」
「はい……。知事からの、使いがやってくるそうです」
「ヴええええええ」
変な声が出た。
「ええ、な、何だって?」
「いや、だからその……。使いがですね、来るという早馬がありましてえ」
カズのこの歯切れの悪さ。
相当面倒だとか厄介だとか、そういう感情よりも生々しいものを抱いていることが分かる。
「そ、そっかあ。でも何でまた?」
「どうやら。領主殿が目を覚まされたということを聞いたそうで」
「ああ、まあ。そうなのかもね」
「はい……。領主殿の善政が知れたそうでございまして。それで領主殿が目を覚まされたことを知事たちが知ったそうで……。おおおおおおおん! このままではあああああ!」
「お、落ち着いて落ち着いて!」
そう言って、椅子から立ち上がってカズの肩を支えてやる。
ガタイが良いせいで、つま先立ちだ。
「ううう……。かたじけないです。どうやら、どうやら。そのお祝いに来るそうです」
「祝い……かあ」
遠い目をする俺。
彼らの手先が俺を呪ったのかは定かではないが、そうであるとすればわざわざ恢復の祝いなんかには来ないだろう。それでもやって来るということは……。
「俺たちは無実だとでも言う気でしょうかァ!」
「そうだねえ。それかよっぽど面の皮が厚いのかもよ? 俺みたいに」
「それは……笑えませんぞ! 笑えませんぞォ! 我が主ィ!」
「とにかく、いつその使者は来る予定なの?」
「明日です」
「あしたああああああああああああ!」
俺はまだあまり人の起きていないであろうこの時間には似つかわしくない叫び声を上げた。
早すぎるでしょおおおよおおおおお!




