領主としての決意!
「そうでございましたか! それはさぞ大変でございました!」
メガネを掛けた男が俺の話を聞いてうんうんと頷く。
「そうなの! それでね? 野球ってのが流行ってて。もうね、スポーツがすごい盛んだった」
「ほほう。いやあ、それはさぞや。拙者はてっきり、悪い夢にうなされ続けているとばかり考えていました。しかし、トーヤ様は変わらぬ方でようございました!」
このメガネの男は俺の副宰相でもあった、ローベスだという。
俺はそのことを全く知らず、最初はこいつが真の領主ではないかとさえ思った。
そして俺が復活したことの祝賀会をわざわざ開いてくれたのだった。
しかし、トーヤという名前だから頭山っていう名前は安直すぎやしないか、その呪いをかけた奴よ。
祝賀会は俺の意向で少数でやらせてもらった。
まずもって、俺がこの世界で右も左もよく分かっていないからだ。いずれは記憶が戻るのだろうが、今は全然といった状態だ。
「いやあもう! 領主殿はまっこと変わっておりません! その優しさ! 瞳!」
カズという男はそういって、またも酒をあおった。
彼は俺と同じ年齢だというが、そうは見えない。ガタイも良いし、頼りがいもある。それに、周りも見えている冷静さを兼ね備えている。
「そうね。何より」
この小学生? とも思しきマイは、実際は俺より三つしか下ではないという。
これが合法ロリってやつか! いや、この世界の法律とか知らんけど。
「でも、あたしたちもお呼ばれして良かったんですか? こんな祝賀会に」
こちらのピンクのいかにも、お弁当を作ってくれそうなフェリは、文字通り家庭的であたたかい雰囲気がある。目もぱっちりとしていて可愛い!
「そうだね~。だって君たちが俺を助けてくれたんだからさ」
祝賀会は他に、数人の人がいてみんなローベスと同じ、自分の配下の人間だという。
しかし、全く記憶にない。
時間も時間になったのでもう帰ってはもらったが、みんな一様に俺の復活に涙を流してくれた。
それにともなって俺は彼らに聞かなければならない。
「あの、それで何ですけれどね?」
「ん? いかがされましたかな?」
「ローベスさん、俺はその。領主、っていうものなんですか?」
「あ~……。そうですね、それはトーヤ様が領主としての役割を果たさなかった、ということでしょうか?」
「領主としての役割を? ええ! 俺ってばそんなに無能だったの?」
「いやあ、そうではありません。この土地一帯は、バックスエッジと呼ばれるそれはそれは豊かな場所です。森林はあり、川もある。でも、氾濫とはほぼ無縁で、自然堤防もあります。また、都へ行くためのオーム街道も通っていて、こっから少し行った先には市場もあります」
「そして! そこを治める領主こそがトーヤ殿なのです!」
カズは、持っていたグラスをこちらに差し出しさながら、そう付け加えた。
俺はそれを受け取りながらも動揺した。
「ええ、そんな重要なところの領主なの?!」
「はい、そうです。この土地は、トーヤ様のご先祖が開拓されました。そして、この土地は国の任命した県知事が治めていますが、当然一人ではすべての土地の面倒を見ることはできません。そこで、この土地を開発した、トーヤ様のご先祖が領主としてここを代わりに治めているということです」
「ああ、なるほどお。すっかり自分の親のことも覚えていないんだけれども」
「そうでしょうなあ。いかんせん、まだ完全に記憶は戻っておりませんゆえ。実はご両親はもう亡くなっているのです」
そうローベスが沈鬱そうに話す。
言いにくいというような表情で、さっきまで明るかったカズも窓を向いて聞かないフリをしている。
「そうかあ! 悲しいけど、俺はよく分らないからね。それで、何で俺が呪われてるの?」
努めて明るく言う。彼らに迷惑はかけられないし、これ以上変な気を遣わせてはならない。
「それはですね。トーヤ様のお仕事に関係があります。実は流行り病で、ご両親が亡くなられたのが半年前。その後トーヤ様は後を継いだのですが、県知事はトーヤ様がお若いのをいいことに、この土地の年貢の割合を上げてしまったのです!」
「全くもって許しがたい!」
カズはもう怒っている。喜怒哀楽の激しい奴だ。
「ひどかった。県知事の使者、態度も良くない」
「そうです! でも、そこをトーヤ様が断ってくださったのです!」
「へ? 俺が? 断った? 年貢を増やすことを?」
いかにも、その夢の中では『長いものには巻かれなきゃ!』と考えていたのに、どうやらここぞ! という場面ではそうでもないらしい。
う~ん、自分の知らない一面が垣間見れましたなあ。
「そうです! ここに住まう民の方々は、年貢や税をたくさん取られては生きていけません! それをトーヤ様は、民をお守りになり、拒否したのです!」
「そ、そうなんですね! それでその県知事たちから嫌われて、ていうことなのかな?」
「はい、そうなんです」
ローベスはそう話すと、俺の方を毅然とした態度で向き直った。
「それで奴らは、呪詛師に呪いを掛けさせ、トーヤ様はあの場所で倒れてしまいました。そして、そのまま石のように固くなり……」
うう……とまた嗚咽を出す始末。
そんないい歳をしたおじさんがワンワン泣かないでくれよ、と思う反面。これだけ俺のために涙を流してくれるのだからこれだけ嬉しいことはない。
「俺たち、ここら辺で一番強いってんでその呪いを浄化しに、あの場所まで行っていたんです」
カズもいつになく真剣だった。
「あたしは弓」
「わたしは、その呪詛返しを少ししているので」
「そう! だから、フェリが呪詛返しをして。しかし、その呪詛を返して綺麗にしようとすると変な妖怪が出てきまして。そいつらと、戦っては引いて、てのを繰り返して」
「なんとか勝てた」
そ、そんなことがあっただなんて。
俺があれだけ人生を謳歌していたというに。いや、最後の方は謳歌していなかった気もするけど。
「時間がかかりました。すいませんした!」
カズが顔を赤らめながら頭を下げて土下座をする。
「ちょちょちょ! やめてよ! 本当にみんなには感謝しているんだから。ローベスさんも留守をありがとう」
「滅相もないです。この子らは、まだまだ若いですが肝の据わった者たちです。みんな、トーヤ様に感謝しているのです」
「でも、あれだよね。俺が復活したってなったら、知事さんはまた怒るんじゃない?」
「はい。ですので、彼らをしばらくは護衛につけましょう」
「良いの?」
と振り向いて彼らに確認すると、みんな一様に笑っている。
これがその答えと言うことだろう。
そう話がひと段落すると、外から声がする。
「おおおおおおい!」
「領主様が生還したってかあああ!」
「領主さまあああ!」
「これは……」
「どうやら、トーヤ様がお目覚めになられたことが、広まってしまったようですね。どうされますか?」
「まあ、決まってますよ。こんな遅くにわざわざ、うちにまで来てくれたんですから」
俺はみんなを手招きして、ドアを開ける。
「うおおおおお!」
「領主様だ! 本物だ!」
手を掲げて、みんなに挨拶をする。
「まだ本調子ではありませんが! トーヤ、帰らせていただきましたあ!」
おおおおおおおお!
と歓声が上がる。
みんなのその笑顔と、涙に胸が熱くなる。
まあ、何かこれからあるかも知れない。それでも、この人たちを守らなければならない。
最初は戸惑っていたが、彼らを見ると、その自覚がふつふつと湧いてきた。




