舞台と想いと
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その日は予想していた。
そう、とってもヤバいくらいに忙しくなるってね。
でも、もはやそれどころではない。
既に市場は朝早くから開かれていて、メインとなる会場も人が徐々に入りつつある。
皆が方々に酒を飲んでは、大きな声を出してはいるが、兵士の見回りもあって大きなトラブルにはなっていない。
「兵士も交代制で良かった」
リンはそう言って俺の隣に立った。
「そうだね。だって、こんな日に警備なんて可哀想じゃない? 貧乏くじみたいな」
「しかしそれも任務ですので」
「でも、そっちのが良いでしょ。楽しめるだろうしね! メリハリをつけてくれているし。それに彼らも頑張ってくれたんだから。ここはそんなに締め付けをしちゃあいけないから」
「ふふ。相変らず、お優しい」
そう言って、彼女はクスっと笑う。
この少女も合戦ではとても活躍したのだ。それなのに一日中警備を買って出るのだから、その生真面目さはすごいと思う。ただ当然、それは俺が許可しなかった。
「では、行って参ります」
リンはすっと、回れ右をすると綺麗なポニーテールを揺らしながら、鎧の音を響かせて仕事へと戻っていった。
俺はというと、これから舞台で乾杯の挨拶がある。
肝心な知事であるガミィはまだ来ていなかったそうで、俺は考えてきた挨拶の練習に励んで、最初の関門である乾杯の儀の練習へと、舞台裏に行った。
市場の方はやや距離があるので、そっちに人が行っているとこちらのステージには中々行くことは難しい。これこそが、混雑を回避するものだった。
祭は二日間行うので、一日にどちらかを行くということも出来る。
我ながら妙案だと思った。
「ああああああ。もう緊張する!」
そう言って俺はステージへと向かったのだが、やはりその道中で何人にも声を掛けられ、恐らく外から来たであろう人たちから指をさされる羽目になってしまった。
ただ、そのことすらも今は誇らしい。
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「だあああああああああ!」
「しーっ! 声を静かに」
「こんなにステージに人がいるなんて聞いてない!」
「誰も言ってませんからねえ」
「そういうこっちゃなくて! まさかこんなにとは……」
言っても、そんなに立派なステージではない。
階段があって、木で出来た簡易なステージのようなものがあるだけ。
さしても広くはない。
だというのに、なんでか椅子は非常に多くてそれが見る見るうちに増えていった。
それだけ多くの人たちがステージを観よう、というよりは俺と一緒に乾杯をしようと考えていたのだった。
「まあまあ、殆どがここの民ばかりですよ。そんなに気に病む必要はありません。いつもの見知った人々ですよ」
「だとしても……この人の多さは」
「ああ、そうそう。確か。この後にバックスエッジの部隊による剣劇の催しがあります。今回のお試し合戦に出た兵たちがやるんですよ」
「へえ。プログラムまでは知らなかったけれど、本当リンの部隊の人たちは芸達者なのが多いなあ」
「まあ、大方そういったこともこなせる人たちなのでしょう。芸は身を助く、を体現していらっしゃいますね」
「それを観に来た、と?」
「まあ、そうじゃないですか?」
「だとしても、これだけの人数に挨拶なんてしたことないけれども……」
カズとマイちゃんははこの会場の警備をしていて、フェリちゃんもお手伝いに。
ミナリーは市場にいるし、助けを求めてもどうしようもないと俺は悟った。
「さあ、いつまでも舞台裏にいないで!」
そう促されると、俺はしぶしぶ係に従って、その表舞台に立った。
おおおおおおおおおおおおおおおおお!
おおお!
観衆の声がする。
「領主! ようやったぞおお!」
「話にゃ聞いてたが感動したぜ!」
「これでバックスエッジは帝国一じゃあああ!」
す、すごい……。
この反応……。
そして辺りが静寂に包まれる。
待っているのだ。
俺のこの瞬間を。
いざとなると、俺は台本のことなど頭からすっ飛んでしまっていた。
それでも何かを言わなければならない。
「皆さん! どうも! 生きて還って来ました! バックスエッジの領主、トーヤです!」
「おおおおおおおおお!」
「トーヤぁ! ええぞお!」
「おかりよおおお!」
「まあ、色んな意味での生還ではあるんですけれど」
と言うと、どっと笑いが起きる。
不謹慎だとローベスさんは言うかもしれないが、それもまた事実だった。
「でも、皆さんにこうしてお会いできてうれしいです。まだ記憶の方は都合の悪いことは覚えておらず、ローベスさんに頼ってしまってもいます」
チラと、ローベスさんのいる裏のことを考えた。
きっと周りの人たちから見られて、顔を赤くしているだろう。
「それでも、俺はこれでも良かったと思います。理由はどうあれ、これだけの人たちが応援してくれます。何も分かっていない俺に、上下隔てなく接してくれます。そんな領民を俺は愛しています。また、遠くから来てくれた皆さんにも感謝します。今回のことは俺だけでは絶対にできなかったことです。ここの人たちの温かさや、すべてに触れてください!」
どこかしらで、拍手がする。
まばらだったそれは、目に見えない風が輪を描いて巻き込んでいく。
全体にそれは広がっていく。
「トーヤは! この町と民が好きです! それでは……乾杯!」
手に持った中には、リンゴのジュースがある。
これはマイちゃんの一族のあのリンゴだ。
それを高く突き挙げた。
最初はどうなるだろうと震えていた手だが、いつしかそれも無くなった。
「「領主にかんぱーい!」」
「「バックスエッジに乾杯ー!」」




