影踏み
急きょとして祭りを開催することになってしまった……。
それに向けて、ローベスさんを含めてみんなが凄いやる気になってくれた。
そして俺はというと、祭りに向けての巡察に回っていた。
傍から見ればただのおさぼりにしか見えないのであるが、それも仕方ない。なにせ、俺にはやれることがないのだから、それならばと祭の周知と挨拶回りに行くことが今の最大の仕事であった。
今日はカズを祭の準備に手伝わせていて、俺一人での巡察となる。
この様なことはローベスさんは絶対反対だろうし、カズも一番の護衛として頑なに俺から離れようとしなかったが、これまでの急転直下を整理する為にも今は一人で動いて仕事をすることが肝要だと思った。
身勝手だとは思うが、事実祭の手伝いにはカズは必要でもあった。
直ぐに行わなければならないのは、祝勝会も含んでいるからだ。
それ故にローベスさんも、カズを付けることを少しの間許可したのだろう。
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結局少ししか回ることは出来なかった。
色んな人がやんややんやと話しかけてきてくれて、陳情を聞くだのとかそういった事よりは、お試し合戦の話などをしきりに求められたのだった。
「そういった事は、また祭の際にもしっかり話しますので」
「その時になったらもう、人だかりが出来て領主様には近づけませんよ」
そんな感じで多くの人につかまってしまっていた。
悪い気持ちはしないし、むしろありがたい事なのだが、とても仕事をしている様な気にもなれずに祭の作業をしてくれている皆には申し訳なさを感じていた。
日はすっかり落ちて、夕刻を迎えていた。
帝都で見たあの景色とは遜色のない美しさが広がっている。
俺は馬を早めて、政庁へと向かおうとしていた。
政庁へは近いほどの距離にいるのだし、そこまでは時間が掛からない。
それでも早く行こうと気持ちが焦っているのは、やはり巡察をきちんとしていない後ろめたさだと思う。
「おや、そこの人。どうかしましたか?」
目の前には、気の良さそうな老人がぽつんと、道の端に立っていた。
「おや、あんたは誰かね」
どうやら、この人は俺のことを領主だとは分かっていない様子だった。
それならばそれで都合が良い。
「ここの者でありますよ。ただ、もうすぐ夕刻から夜になります。どうなすったのかなと」
「ああ。見事な馬に乗っているあたり、お偉方かね」
「はは。ただの軍人かも知れません」
「まあ、誰でもええわい。こんな爺に声を掛けてくれるんだから」
「それでは、何をされていたのですか」
「この先でな、店をしておる」
そう老人が指をさす先には、小道がある。
ここにこんな道があるのは知らなかった訳ではない。
だが、鬱蒼としておりどうも行こうという気にはなれなかった。まして、人が住んでいるなどということも全く知らなかった。これは巡察に来た甲斐があった。そういう風に考えた。
「少し、お邪魔しても」
「ああ。何もないがね」
「乗りますか」
「わしゃ馬の乗り方は知らんでええ」
「そうですか」
俺は申し訳ないと思い、馬から降りて一緒に歩き出す。
足取りはしっかりしていて、身なりもそこまで悪くはない。
「ここさね」
そう言って少し歩いて老人が案内してくれた場所は、見事な駄菓子屋といった感じの店だった。
和風テイストな瓦が乗っかっていて、看板には『アカハナヤ』と書かれている。
お世辞には綺麗とまでは言えないし、殆ど客は入っていない様な感じもした。ひょっとしたら、店主の道楽でやっているだけの店かも知れない。
ここに来てから、銀行の設立をして、多くの人たちが大量とまではいかないまでも資金を手にして事業を広げている。そんな世界とはどこか異にしたような空間がここにはあった。
時代に逆行した様な、どこか懐かしい様な場所だった。
「趣がありますね」
「ボロなんじゃよ」
そう言って老人は中に入っていく。
後に続くと、確かに菓子が売られているのがわかる。
どれも市場にはないようなもので、米から作った菓子が置かれていた。
「食ってみるか」
「はい。お金はありますので」
「いや、ええ。爺に声を掛けてくれたんで十分じゃ」
「そういう訳にはいかないので」
そう言って、無理やり店主の座っている台に値段は知れないが、十分すぎる金を置いた。
「いただきます」
甘い!
米の味と共に、パリッとした食感がくる。甘すぎない砂糖の味も凄く良い。そういった味だった。
スティック状になっていて、持ちやすくて食べやすい。
「これは?」
「わしの手作り。名前なんて大層なもんはないさ」
「これをあなたが作っているんですか?」
「そうじゃ」
「どうやって?」
「米にな、水をぶっかけてやるんじゃな。そんで良く蒸す。それをよおく伸ばして叩いてやるんじゃ。それをまた炒って色々加えてな。砂糖や飴を混ぜてまた置いておく」
「随分と手間を掛けているんですね」
「じゃが、美味いもん作るには必要じゃろうて。それは軍人さんも一緒じゃろ。良い人物になるには、それ相応のことをせねばならん。何もかわりゃせん」
「そうなんですね。勉強させてもらいます」
そして、俺は一つ聞いておきたいことをきいた。
「バックスエッジでの暮らしってどうですか」
「良いよ」
「どう、良いんでしょう」
「良いから良いんだ」
「それでは分かりません」
「こうした流行らん様な店が未だに図太くここでやってられるんじゃ。これほどええこたあない」
「そうでしょうか? 領主はこうした現状を余り知らないかもしれません」
「それでええ。今は代替わりしたけんどの。前の人は、父親か。あの人のなら、まあええじゃろ」
「そんなに先代の領主さんは良かったんですか?」
「ああ。ような、ここに来てくれたものじゃ」
「そうだったんですか?」
「そうそう。偶然な、この小道を知って。町を見廻りしていた時じゃったとかいうてたか。そんで、腹が減ったからと言ってよう食ってくれた。それからも、ようく注文してくれてのう」
「え? 前の人が?」
「ああ。わしらと分け隔てなく接してくれて。初めて会った時も、この菓子食っては美味いと言っておったか。ああ、懐かしいの。もうちょっとあの時はわしも動けておったんじゃが」
「そう……だったんですね」
俺は自分の目頭が不意に熱くなるのを感じた。
「ああ。そんな庶民の味方であったようなお人じゃ。わしは、そういった人にさえ食うてもらえばええ。そう思ってやって来たんじゃ。あの人のあの笑顔での、わしはこの店を止められんのだ」
「はい……はい」
「じゃからな。嬉しかったぞ。来てくれて」
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失礼した時には、既に闇が辺りを支配していた。
これだから、一人にすることはいけないのだ! とローベスさんがまた説教をしてくるかも知れない。
町の灯が、一層近づいて感じた。何かに導かれる様に、俺は政庁への道を馬で駆っていく。
一つ、昔に近づいた様な気がした。




