新たな風
翌日。
案の定というか、想定していたバックスエッジフィーバーが起きていた。
宿舎から出ると、人だかり。
何やら差し入れだとかで多くの布や食料が来たりと、大変なことになっている。
俺は今日直ぐにここを出発しようと考え、怪我をした者を含めて皆にそう伝えていた。
疲れはあるだろうけれども、長居しても故郷の皆に申し訳が立たない。
しかし、日中は表彰式があるだとかで、特別に宮殿に呼ばれてしまっていた。
俺は丁重に断ったのだが、何とか来てほしいということで出発は夕方以降ということになてしまった。
「それまではここ辺りで、待っていよう。帝国軍の視察もしたい」
と言っていたリンが兵を連れて、帝国の師団を見に行った。
ここに来てまで、ちゃんと戦いのことを考えるのはすごい事だ。
そしてそれに規律よく従う姿も、彼らの偉大さを一層引きたてている。
俺は、カズとミナリ―、マイちゃんとフェリちゃんを連れて宮殿へと向かう。
道中はなんとお偉いさんしか乗ることのない馬車である。
その馬車に俺たちが乗っていると知る由もない人々は、馬車のカバーを気に留める事もなく過ごしている。
それでも御者からは
「握手してもらっても良いでしょうか!」
と、全員と握手をした。
「某、なんだか有名人になった様な気分ですぞ」
カズはそう言うが、まさに彼は有名人であった。
カズは一際大きな体で、相手をチギッては投げて、常に最前線にいながら怪我一つしていない。
「奴とはまともにやり合うな!」
と領主たちの間で話されていたというのだから、もはやその能力は誰しもが認めるところだった。
「それじゃあ」
俺は馬車を下りると、門番に促されて宮殿に入っていく。
「粗相のないようにしなさいよ!」
「行ってらしゃーい!」
「ん」
「殿おおおおお! それがしを置いて行かないでくだされええええ!」
皆がそれぞれに俺を見送ってくれた。
_____________________________________
_______________
____
おえ~~……。
何だよこのだだっ広いお屋敷は。
うちの政庁何個分だ?
周りには金や綺麗な赤で彩られた絨毯。
いかにも高いですよ、と言わんばかりの絵画が廊下にはならんでいた。
「こちらへ」
促してくれるお役人さんも、立派な髭をたくわえた凄いどっしりとした人だった。
軍人なのだろうか、胸元には勲章が光っている。
この星型みたいなデカいのはなんなのだろう……。
そして大きな扉の前に立たされる。
またしても、兵が何人もいる。
一通りのチェックを受けて、俺はようやく中へと案内された。
「おおおお……」
ここは……。
まさしくドラマで見たように、とても広い部屋に天井も高くて華やか。
黄金の贅を尽くしたというような部屋だった。
そして椅子に座っている、細身のダンディな男がいる。
彼こそが、王なのだろう。
さながら玉座の数段下の所には、左右にこれまた偉そうな人たちがズラッと並んでいる。
え、この真ん中を歩いて行けっていうのか……。
左右の重臣に挟まれる形になる。
これは緊張とかよりは、怖い。
「近う寄れ」
「あ、はい……」
とりあえず、儀礼的なものは知らないので頭だけさげて、いそいそと重臣たちに見守られながら玉座の下にやって来た。
「お試し合戦、見事」
「は! ありがとうございます!」
まばらな拍手が左右と後ろから聞こえる。
いや、これって祝福してるって事で良いんすよね……。
「バックスエッジは、かつては緑が栄えていた良い空気の場所であった。まあ、朕も行幸でもうどれだけ行っていないかは知れぬが」
「今も変わりません。良い場所です」
「この様な若者が出てきてくれている事を嬉しく思う。褒美として何か欲しいものを取らせる」
「ありがとうございます」
「後で、担当に言うと良い」
「はい!」
緊張しかしねえ。
というか、欲しいものなんてそんな言えないでしょう……。
「時にトーヤと言ったか」
「はい」
「帝都に来ぬか」
「ええ」
「帝都に来て、直属の役人にならぬか」
「しかし、まずうちには一緒に戦ってくれた仲間がいます」
「彼らも一緒に雇おう」
「そうはいかないです。今回の合戦は自分の能力で勝ち得たものではありません」
「そうか? 貴様はちゃんと的確に指揮をしていた。あれだけの猛者が心を動かすのも、貴様の魅力ではないか?」
「それはそう……かも知れませんけれど。わたしは領主です。今回も栄誉とか、名声というよりは……。領地の宣伝と言いますか」
くすくすという笑い声も聞こえた。
まあ、そりゃあそんなこという人はいないだろうからね! そりゃそうだろうけれどね!
「はは。まあ良い。貴様が領主として立派である事は分かった。朕もまたいつか行こう」
「あ! 是非!」
少し前のめりになる。
「しかし、本当に貴様の戦いっぷりは良かった」
「そうでしょうか? 紆余曲折はありましたけれども、皆が僕の為にしてくれただけです。彼らは戦いが上手なんです」
「ほう。謙遜までするか。ますます良い若者だ。まあ、何にせよ、記憶喪失ということもあったがようやった」
「あ、御存知だったんですね」
「ああ。それについてはしっかりと調査をする。年貢の見直しについてもな」
おいおいおい。
こうやって話してみると、すごい立派な人じゃないの……。
さすがは幼少期から天才と見込まれていたという噂のある人だ。
「ありがとうございます」
「ああ、そうだ。ここを出るときも気を付けろよ」
「へ?」
それは……。
まさか……やばいパターンのやつ?
「外もそうだし、ここの連中も貴様の戦いを見て、ファンになっておるからな。では」
そう言うと、王は少し頭を下げて、おめでとう、ともう一度言い奥へと消えていった。
その瞬間。
左右から人が押し寄せる。
え! なにこれは!
と、身構える。
「トーヤとかいうたな! あの作戦はどう考えたのだ!」
「ここにだな、娘の名前とサインを!」
「あとで一緒にお食事を!」
「こっちにもサインしてくれ!」
「うちの息子にも、指揮の講師をしてくれんか!」
押すなおすなの大騒ぎになってしまった。
「トーヤ! 次帝都に来たらうちに来たまえ!」
「いや、俺を頼るんだ!」
「あはは……」
雲の上であっただろうこんな人たちが俺に質問攻めをして、こんな奴のサインまで求めてくれている。
こ、この一変ぶりには驚きしかない……。
それから解放される時には夜になっていた。
そして夜にも町の人から声を掛けられたりした。
「出発は明日で……」
俺は皆と合流してそう伝えた。
幸い、先程のお偉いさんたちの手配でもう一泊、宿舎を使わせてもらうことが出来た。
「人生が変わるわよ」
女性宿舎へと向かうミナリ―にそう言われた。
もう、記憶をなくしてこっちの世界に来たことで人生変わったよ、と思った。
でも後悔はしていない。
俺は宿舎から見える景色を見て、そう考えた。
さあ、帰ろう。
故郷へ!




