過去をつくれ!
相手のスリシップ公とは顔を突き合わせてすらいない。
すなわち、容姿も全く知らないということになる。
それでも、想いは十二分に伝わる。
戦場で会おうという、その一点のみである。
ば~ん、と銅鑼の音が響き渡る。
それを合図にして、俺は手を挙げる。
大丈夫だ。
作戦はもう考えた。
あとは、野となれ山となれだ。
「さあ! 配置についてくれ!」
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命令を下してから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
俺が見渡せる限りの部隊は、皆ジッとして耐えている。
血気盛んなこの猛者たちが、何もすることなくジッとしているのだ。
相当に苦しいところはあると思うが、これは厳命だった。
山と川。
そのどちらから俺たちの軍が来るのか、敵は警戒しながら進んでいるのだろう。
それか、向こうも俺を待ち構えているのだろうか……。
時間制限にはまだ余裕がある。
それでも俺は動く気なんてサラサラない。
最悪、こっちは引き分けに持ち込んでしまっても構わない。
どれだけ不細工な膠着戦を演じたところで同率優勝には変わりがない。
「来たわ」
唯一、俺の側にいたのはミナリ―だった。
フェリちゃんが本当に皆に手を尽くしてくれて、他の人たちも士気は高い。
ゆっくりと目を開ける。
夕陽をバックにのそりのそりと、影が大きくなってくるのが分った。
「よし、敵から動いたか」
「ここまでは何とかね」
「そりゃそうだ。向こうは皇族で、何としてでも勝ちに来たいはず。そりゃあ嫌が応にも向こうから動いでくるだろう」
そしてその影は見事に整列されていた。
横一列に。
きちんと指揮系統が執れている様に。
「前へ! 詰めて!」
俺は多少陣が荒れてしまうことを考慮しながらも、形を維持したままの前進を命じた。
相手は見事なものだった。
山と川を越えてきた。
決して高い山ではないし、川も浅いものではある。それでも、兵たちの足並みがそろっているのは帝国軍の誇りというか訓練の賜物なのだろう。
しかし、この整然とした隊列こそも俺は考えていた通りのものだった。
理想とは少し違えど、作戦を遂行するにはもってこいだ。
恐らく敵は山のどこかでこちらの陣形は把握しているに違いない。
だからこそ、俺は前進を命じてその間を詰める。
そして、最左翼にいたカズの部隊が敵と激突する。
猛々しい声が聞こえて来る。
カズが相手をどんどん相手にしていくだろう。
それに続いて、リンも一気に前へかけ出る。
カズに続いてリンが後ろから側面に回り込む形で敵を攻めに回る。
俺たちの真ん中の部隊は……。
敵との距離がまだ開いていて戦闘が始まっていない。
「敵の左翼側ががんがん崩れてる!」
ミナリ―はそう言ってはしゃぐ。
「よっしゃ! これぞ、一点集中型作戦!」
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俺は作戦を皆に発表した。
「「「一点集中型作戦?」」」
「そう。ある部分に、強い兵たちを配置する。カズ、リン」
「と、殿……それはまさに賭けでは?」
「まあ、これよりはさ。相手が正攻法で攻めて来るんじゃないかっていう方が賭けなんだけれどもね。今回は相手を待ち構える」
「今度はこっちから仕掛けないわけ?」
ミナリ―は少し不満そうにしている。
「そう。敵は完勝したいはず。絶対にこちらが前に出なきゃ、向こうから来る。帝国兵あがりの奴らがいるんだ。そうでもしなきゃ彼は格好がつかんでしょう」
「でも、それでは俺たちは最左翼は突破できても。次が無いぞ」
「うむ。某はその後、真ん中の部隊の支援に行くのですか? もしも相手が守りの薄くなった中央や右翼を抜いてしまったら……」
「その心配はない。と思う」
「それは……何故?」
「陣を斜めにする」
「「「ええ!?」」」
皆が目を丸くする。
「つまり、最左翼は前に出して、右に行くにつれて部隊を下げる。そうなれば、最右翼の部隊は一番後方に位置する事になるし、前線部隊とかもよく見える。そして真ん中から右の部隊の後ろに、Vの字に弓兵を置く」
「そ、そっか。これで右の人たちが直ぐに敵陣を突破して。そのまま側面や後ろから相手を襲う。だけれど、陣を斜めにしているから……。真ん中はまだしも、右の人たちは相手とぶつかる時間が遅れる……」
「そう! しかも、そのぶつかる前に後ろにVの字に配置した弓が襲う。これで最右翼は人数は少なくても、互角に戦えるし、援護も受けやすい」
「こんな作戦……あたしは聞いた事ないわよ!」
「ま、そうだろうね!」
そしてあとは役割分担や、陣の巧妙な配置だけを決めて戦いに臨むことにした。
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「よし! カズさんとリン様の部隊が一気に抜けた!」
味方の兵がそう告げる。
たぶん、これから中央の部隊に攻勢を仕掛ける。
「ぼーっとしてらんないわよ」
護衛役のミナリ―がそう言う。
もうすぐ、俺たちのいる最右翼。
最も壁の薄いところに敵がやってくる。
ここからは、俺たちがどれだけ踏ん張るか……だが。
相手の顔が見えるかどうか、という場面で数十の矢が俺たちの後ろから敵に向けて発せられる。
「マイちゃん、ナイスタイミングだ!」
敵は俺たちと刀を合せる前に、何人も倒れている。
それでも走る事をやめずに猛然と突進してくる。
チラと左の方を見ると、一部の中央の部隊が有利な形成を見て、こちらに移動して側面攻撃をする構えを見せている。それでも敵は猛然とやってくる。
やがて、側面を突いた中央の部隊が、戦闘に入る。
これを逃してはならない。
人数こそは少ないが、俺たちも飛び出すべきだ。
「ミナリ―!」
「わあってるっての! 行くわよ!」
これを見た弓兵も前進して敵にあたる。
正面に迫る敵の顔が見える。
俺も出会った敵の胴を、刀を捻って木を割る。
そのまま、振り返ってすれ違いざまにまた別の相手の胴を抜こうとする。
ガチっという音がする。
相手が俺の剣を受け止めた。さすがは帝国の兵士だと思った。
直ぐに左足で脛を蹴り上げて、剣を横に払う。
これは体に染みついているという事と、カズとのシミュレーションの成果だ。
「っしゃあ! 次は!」
カズやリンももう、真ん中の部隊と交戦している。
スリシップ公はどこだ……。
早く、彼らが倒してくれないと……。
と、思っていた矢先。
ど~ん、ど~ん、という太鼓の音が響き渡った。
中央の敵は呆気にとられたように、憂う様な目をしている。
俺たちの前にいる相手の兵たちも、雄々しく戦ってはいるが。やられるのはもう時間の問題といったところだった。
「カズたちが……倒したのか?」
「どう……なのかしら」
「やめええい!」
観察使が何人も飛び出して戦闘を中断しているか確認に来る。
幸いにして、どちらも礼儀をわきまえていてヒートアップしている者はいなさそうだった。
「聞けい! スリシップ公、棄権につき、勝負あり! バックスエッジ、トーヤ!」
おおおおおおおおおおおおおおおお!
一瞬の静寂と共に。
雄たけびが揚がった。
勝った……?
俺たちが……。
「やったのよ! トーヤ!」
「お、おう!」
今はそれしか言えなかった。
夢心地でふわふわとしている。
「トーヤさん、やりやしたぜ!」
「男にしてやったぜえ!」
「恩返しだあ!」
皆がそう言って称えてくれた。
余りの緊張に天を仰いだ。
夕陽はもうほぼ沈みかけていて、満点の星空が俺たちを祝福していた。




