初陣!
俺はラストの十分に、カズ、マイちゃん、リン、ミナリーを呼び出した。
そして俺の考えを彼らに述べる。
「そ、そんなこと……」
「殿ォ! おおおおお!」
「ふん、面白そうだ」
「まあ、やる」
それぞれが自分の役割を理解しているといった感じだった。
すぐさま配置につかせる。
騎馬兵は基本的にはなし。
歩兵と弓兵のみ。
胸についてある帝国の紋章の入った、青い木版が壊れれば、その兵士は死んだことを表し、すみやかにそれを掲げて退去する。もちろん追い討ちは厳禁。当然やられているのにもかかわらず、敵を倒そうとしてもダメ。各地に観察使がいて、仮に発覚したとすればその時点で反則となる。
ただ、完全に一人で指揮をするという訳ではない。それを聞いて俺は安心した。
側に誰かいれば、その助言を聞くことは当然ありだ。
そんな不名誉なことになってはその領主の面目にもかかわってしまう。
いかんせん、この記録は永久に残る代物だからだ。
「それじゃあ、手はず通りに」
そう言って、俺は皆に声をかけて陣地を出た。
あとは皆が上手くやってくれることを祈るしかない。
俺はこの地形に恵まれた、と思った。
向かって左側には大きな森。
そして正面には見通しの悪い上り坂。
これでは、相手も自分も敵を視認することは出来ない。
ただ懸念すべきは……こちらが不利な体勢となる下の位置にいるということだった。
大きな銅鑼が鳴らされる。
ここから、試合と言う名の戦が始まる。
「おお~、始まった始まった」
実際に配置についてみると、なんてことはない。
嵐の前の静けさと言ったところだろう、非常に落ち着いている。
気になるのは、観覧席の場所で名前すら知ることのない人物たちが見ている、ということだけだろうか。
「呑気なこと言ってんじゃないわよ」
ミナリーも剣の腕があるという話だが、よく分らない。
しかし、そうせっつかれては大将としての名が廃れるというものだ。
「カズ、正面から頼むよ。あくまで姿勢を低くして敵が来るまで待機」
「あいさあああああ!」
そう言うと、カズは手勢を連れて前進していく。
それを認めると、リンに合図をして俺は動き出す。
「ミナリー、マイちゃん、行こう」
「ふふ。俺たちに任しておけ。お前ら、しっかりな」
リンはそういって、かつての部下たちに激励を飛ばす。
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俺は待っている。
敵が……来ることを。
そしてやがて……向こうの方で音がする。
鬨の声だ。
敵の雄たけびにも近い声。
大きな群れの集団だが、はっきりとその人数は確認することが出来た。
その数は約二十人くらいだろうか。
こちらが動かないことを良いことに、相手は下り坂を下って一気に攻めてきた。
残りの半分はそのまま坂に居座って、すぐに射撃の体制に入る。
カズは悠然と前線に立っては、一気に彼らとぶつかろうとする。
寸前で、相手は一気に弓を引く。
しかし、カズたちが敵の歩兵と当たった方がわずかに早い。
良い判断力だ。
カズは相手の槍を脇に抱えると、それを振り回して周りも一掃していく。
続いて、後ろに控えていた兵士たちも、我先にと敵に組んでいく。
さながら乱闘だ。
それを見ると、坂の上で弓を構えていたものたちが援護に回るために下へ降りてくる。
木刀を挙げて向かっている。
「しっかし、こう見るとカズはすごいな、敵を千切っては投げって感じだぞ」
「カズ、中々やる」
「そうね……あの筋肉。伊達じゃないか」
そうこう話していると、こちらの方にも敵が近づいてくる音が聞こえてきた。
「構えて」
マイちゃんが弓兵を率いている。
この子が一番の名手だ。
タイミングも誰より分かっているとのことで、彼女に弓部隊の統率を依頼した。
そして彼らが林の群にに入ったからなのか、少しその歩みが遅くなる。
木々が生い茂っている。
それだけに、行軍も遅くなる。
故に、弓で狙いやすくなるというもの。
「撃って!」
伸びやかで透明な声が、この太陽にも届く勢いで広がった。
その瞬間に、ビンっという弦の音が高く響いて、鳥の鳴き声のようにも聞こえた。
「ぐああああ! あそこに敵がいるぞ!」
「ちい! 想定通りだ!」
「あわてるな!」
敵は何人かその場を離れていったものの、こちらが森に伏していることを察知していたらしい。
そして俺は早めに歩兵を出すようにミナリーを促す。
「ほら! 歩兵! あいつら倒しなさい! ここを抜かれたら負けなんだからね!」
それを聞いて、奴らも気づく。
「おい、何か……」
「ここにいる兵の数、多くねえか」
「は! 本陣はがら空きだ!」
「迂回しろ! 後ろの奴には森を迂回させて手薄な本陣を攻撃させろ!」
「き、気づかれた! ちょっと! こいつらをさっさと抜くのよ!」
そう言って、ミナリーは前線に飛び出していった。
チラとカズたちの方を見てみると、カズは相手を何人も相手にしていて、それも優位に戦っている。
お、恐ろしい。
そしてやがて森の横からは、一部隊が俺たちの本陣へ流れていくのが見えた。
入れ違いになったような形だ。
「そして俺は声を出す。よし! 本気でいってやれ!」
「おっそいわよ!」
「ん」
マイちゃんの弓を引く動きも早くなる。
ミナリーは俺の前に立って敵をなぎ倒していく。
よし! 森にいる敵はほぼ蹴散らした!
敵の本陣へ行くぞ!
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「よし! このまま突っ走れ! 敵の本陣はほぼがら空きだ!」
「やったぜ! はは! あいつら、森にほとんどの兵を割いて、それで坂の方は囮部隊が防ぐって戦法だったみたいだな!」
「全くだ。あっちの大男はずうっとあいつらを相手にしてればいい。ほら! 見てみろ! 数人しか本陣にいねえよ!」
「バックスエッジの領主! 青バッジは頂くぜ!」
「おいおい……。随分と寝言を言ってくれるな」
「な、なに!?」
一瞬で胴を抜かれてしりもちをつく。
「い、ってえ」
気づくと胴の板が綺麗に真っ二つになっている。
「うそ、だろ? こんなに領主ってつええのかよ」
「いや、待て! 見ろ! あいつ……青いバッジがない!」
謎の黒髪の人間は、兜を脱ぐ。
すると、そこからは長い髪が出てきた。
「女だ! まさか……」
「俺はリンだ。ほら、かかって来い。相手をしてやる」
「領主じゃない! なら奴らは……。は! 森の中にいた敵の奴らは今頃……」
「本陣に行ってるぞ! 急いでもどって……ぎゃああ」
素早く正面に回ったリンと名乗る少女は、一突きで男の腹を突く。
「残念だな。今は俺の相手をしてもらおう」
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俺たちは急いで敵の陣地へ向かった。
その道中でカズの部隊にいた一番足の速いものが駆け付けた。
「カズさんも勝ちましたよ!」
おおおおお!
と、場が、盛り上がる。
そして森の中で遭遇したやつらの別動隊はリンが相手をしてくれている。
彼女のためにも早く決着をつけたい。
「しっかし、よくこんなことしたわね」
「ああ。さっき話したときにさ。すごい護衛を連れてたんだ。俺の握手さえ拒むんだぜ? 相当に慎重なやつだと思った。政治をするならそれで良いが、こういった場ではそれこそが命取りだろ?」
「確かにね」
ミナリーにも疲労があるのだろう。
短く息を切らしながらそう続ける。
俺だってそんなに体力があるわけではない。しかし、彼女たちは戦いながらだ。俺の比ではない。
「だから奴は前線に部隊をほぼ出さないと見た。だからこっちは敵が兵を出すまで待った。しびれを切らした相手を確固撃破して、更には偽の誘導もしたことで今の敵陣はほぼ人がいない。それどころか、うちの攻撃部隊の方が人数は多い」
そして敵の陣地が見えてくる。
ロケデの旗が見える。
「でりゃああああああ!」
と声を出して果敢にも攻めていくわが部隊。
「あんたが飛び出してどうすんのよ」
ミナリーが俺の方を見てそういう。
そう、俺が領主だと気づかれてはならない。もはや、将棋でいう王と玉が同じ陣地にいる状態なのだ。
しかし、カズの到着を待ってもいられない。
「俺って当然剣術の鍛錬もしてたんでしょ?」
「だから!」
「ちょっとは身体が覚えてると思う!」
「んなん知るかい!」
そう言っているさなか、俺は逃げ回るロケデの領主のローズを見つけた。
あたふたしていると見た。故に敵の護衛も薄い。
ミナリーはすぐさま、その敵に向かっていく。
そしてマイちゃんの矢も、ローズの護衛に上手くあてた。
うまく護衛がカバーした形だ。
それに勝つには敵のバッジを奪うことにある。弓ではそれが出来ない。
敵をミナリーが抑えている。
その間に俺は一気に走ってローズに近づいていく。
彼が俺に気づく。
その間にまた一人敵が横から入ってくる。
俺は冷静にその相手の胴に向けて剣を水平にして打ちに行く。
その瞬間に相手は一歩下がって体を立て直そうとする。やはり上手い。
が、すぐさま足を出して敵の軸足になっている左を思いっきり蹴飛ばす。
よろけた所をたたき割った。
そしてそれを飛び越えて遂にローズと対面する。
俺は猛然と切りかかる。
ローズも身のこなしはある。剣を弾くと隙が出来た。
それを俺は逃さない。
腰を掴もうとしてタックルを掛けるも、ローズは寸でのところで体を横にひねって倒れる。
一部の兵がこちらに気づいて駆けつける。
俺はそのままタックルに失敗して前のめりになる。
そして大勢が低くなった瞬間に、背中に衝撃が加わる。
「寄越せ」
マイちゃんは俺の後ろにおり、身体が低くなったところ。背中を踏み台代わりにしてローズに馬乗りになった。
ちと羨ましい。
そして
「取った」
マイちゃんは見事に相手の青バッジを引きちぎった。
__________勝った……。
「かったああああああああああああ」
大きな太鼓の音がする。
終了の合図だ。
「ふふ。まさか、君も囮になっていたとはな」
「卑怯なやり方だと笑うかい?」
俺は素直にそう聞いてみた。
「いや、完敗さ。前線に立たなかったのが良くなかった。田舎領主だと舐めていて済まなかった」
「ありがとう」
俺たちは今度こそ、握手をした。
そしてその夜……。
『計略勝ち! バックスエッジの領主が名族ローズをうち破る!』
という新聞が出た。
これによって、俺たちは一層注目を浴びるようになってしまった。
俺はその都度、前線を抑えてくれたカズ、そして本陣で敵を食い止めたリンを筆頭にマイちゃん、ミナリー、戦ってくれた兵士のお陰だと話した。
しかしそれでも俺に関する記事が都を飛び交った。
『記憶喪失の領主! 奇跡の大勝利!』
まあでも、それも悪くないか……。と思いながら、みんなを集めて宴会の準備をするのだった。




