期待と不安
俺たちは帝都へ向けて行軍している。
約百人。
大名行列なんかとはレベルが違うけれども、非常に面倒くさいものには違いない。
「あ~、しっかし、帝都は遠いんだなあ」
俺は思わずそう告げる。
きっついきっつい。馬に乗っていても、これだけの辛さがある。
うう~、股のとこが痛くてたまらない。
「ふふふ! ここでもしもいい結果を出せられれば……あるわよ!」
「ないよ」
「いや、ある!」
「大体、何がだよ」
「地位と……名誉よ!」
ミナリーは手綱を話して器用にバランスをとりながら、腕を組んでない胸を張る。
他のみんなはクスクスと笑っている。
しっかしまあ、こんなことになるとはね。
もういくつもの町を超えて行ったけれど、本当にみんなも大変そうじゃない?
俺は徒歩で後ろをついてくる屈強な男たちを振り返った。
男たちは俺の不安そうな顔の意味を察したのか、ニカっと笑いかけてくる。
「彼らは大丈夫だ。俺たちはかなりの苦難に打ち勝ってきた」
リンも、気を遣ってそうフォローしてくれた。
それならばと安心はするけれども、もう二日も経っている。
ペースも上がっていて、大丈夫なのかと心配にすらなってしまう。
そう考えながら俺は、どうしてこんなことになってしまったのかを思い出していた。
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『お試し合戦』という言葉を聞いて喜び勇んだのは、ミナリーだけではなかった。
カズもテンションが上がり、リンは黙ったまま腕を組んで意味深といった感じでうなずいていた。
「はあ、これはどうしましょうねえ」
ローベスさんは逆にすべてを悟ったかのようにまた首を振っていた。
これはまた心労がたまらないかどうか心配だなあ。
「お試し合戦って何なの?」
ミナリーは、あんた知らないの?! とでも言わんばかりの顔をしている。
そりゃあ仕方がないでしょうよ。
「お試し合戦は、各地の領主たちがどれだけ自分の土地の兵が強いかを決めるためのものよ!」
「へえ、そんな大層なものが開かれるんだね」
「何を呑気にぃ! このお試し合戦は、とにかく大きなものですぞ! 十五年に一度開催され、それはもう大きなイベントなのです!」
「へえ~。じゃあそれに向けて前の俺は一生懸命動いてたってわけだ」
「いえ、全く」
ローベスさんはそう言ってあっけらかんとしている。
うそお!
「ええ! そんなイベントごとなのに! 俺祭りとかは好きな方なんだけれども!」
「あ~。それはですね。どうせ負けるのが目に見えているからです」
「確かに……」
「それに、このお試し合戦は百人の兵を選抜して行うもの。帝都まで行くのに、百人の往復費用。これは結構……」
負担になる、ということだろう。
ならば当時の俺が何にも考えなかったことも頷ける。
「えええ! そうだったのですか! 領主殿ォ!」
カズが悲痛そうな声を出す。
「そうだ! 何事にも挑戦することが男のすべきことだろう!」
リンもいつになく熱くなっている。
これってそんなに人の心を動かすものなの!?
「何がそんなにネックなのよ」
「そりゃあ……お金でしょうよ」
俺はそう答えた。
「なら、パパに出させるわ」
「ほへ?」
良いんですか!
と思わず言いたくなる。
「でもそれは……ねえ?」
と、ローベスさんの方を眺める。
そりゃそうだという感じで頷く。
「いくらなんでも、恩を作っちゃうのは良くないと思うからさ……」
「そう? もうあたしが押しかけてる時点であんたに恩があるんじゃない?」
あ、言われてみれば。
確かにそうでもある気がする。
「じゃあおねが~い!」
敢えてこう甘くお願いしてみる。
ローベスさんはそれをじろっと見ていたが、もう無理だろうとも思ったのか。
「失礼の無い範囲で……ということで」
と言った。
「メガネのくせによく分ってるわね」
「あなたが勝手に了承したわけですから。その責任はあると思いましてね」
ローベスさんも負けちゃいないなと思った。
こんなやり取りがあっても、決して雰囲気が悪くならないのは、ここにいるみんなの空気感なのだろうか。
「じゃあ、それも大人の範囲で……お願いするとして、その合戦のメンバーだけれども」
「それは俺が何とかしよう」
リンはそう言って選抜すべき百人の猛者たちについて任せてほしいという。
「某にも! 某にも命じてくだされえええ!」
カズもこういったことが得意だと思う。
というか、カズがうちのエースだと思うので、この二人が一番良いだろう。
のちの手続きはフェリちゃんにお願いをし、弓の名手のマイちゃんは弓兵の練習にとりかかった。
そうして、あっという間に出発の当日となった。
「参加する兵は、やっぱりリンさんの配下の人が多いね」
「うむ。やはりあれだけの経緯をもった方々。腕が立ちます」
カズもそう言って手放しに誉めている。
彼らをまとめていたリンも鼻高々と言ったところだろう。
資金の方も順調で、むしろ好意的に資金を援助してくれた。
「税金は取るのに、こんなに援助を……」
「親ばかなのよ」
それだけで済むのかねえ……。
そしてフェリちゃんもお手伝い兼、治療役としての随行をお願いした。
「それでは、ご武運を」
ローベスさんはそう俺たちに言った。
この俺たちがいない一週間近くをまた守ってくれる。
いつもより動ける人間が少ないだけに大変だと思う。
それを引き受けてくれるのは本当にありがたいと思った。
行くときに、領民の人たちは隣町との境まで来てくれた。
お祭り、イベント、ミナリーちゃんの思い付き、と言ってしまえばそれまでだが、先頭に立って
百人の人間を率いるのはとても雄大な気分になった。
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「この町を越えたら帝都です!」
フェリちゃんは少し先に行くと、太陽よりも眩しい笑顔を俺に向けて、そう告げてくれた。
治療役というか、彼女のほほえみこそが一番のメディックではないだろうか。
みんなの面持ちも少し緊張しているのが分かった。
「もう少しか」
「そうですぞおおお! もう待てませぬ!」
「カズは戦うのが好きなんだな!」
「それだけではありませぬ! 殿の指揮で戦うことが嬉しいのです!」
「は?」
俺の指揮?
「そうね。ヘマしなきゃいいどね」
「え? 俺が……指揮を執るの?」
「当り前じゃない」
ミナリーは冷たい言葉を放つ。
「領主の指揮。下手そう」
マイちゃんは俺に追い打ちをかけてきた。
いてえ、いてえぜ。
「いやいや! ここはあれだけの人々を率いていて、経験豊富なリンさんにだね」
「俺はやらんぞ」
へえええええええ!?
「あれ? 言ってなかった? ルールとしては、領主が指揮を執って戦うって書いてあるのよ?」
「それを早く言わんかああああああああああ!」




