伝わる気持ち
俺はまな板に置かれた嗅いだ鯉だと気づいた。
なにも、こんな場所に一人で来なくても……と思った時にはもう遅い。
リンという名にふさわしい彼女は、腰に立派な刀を下げていた。
サーベルの様な刀はよく切れるのだろうと思う。
まあ、それなら気持ちよく死ねるのかも知れない……。
床に置かれていて、いつでも抜くことは出来そうだった。
「ちゃんと一人で来たか」
「あ、はい」
もう怖さしかない。
目隠しをされることなく連れてこられた先は、砦の中にある館だった。
ここで昔は政務のようなものもしていたのだろう。
駅というものがあり、役人が詰めていた。
それが館の様になっていた。
聞けば、最盛期で二百人がいて、村の警備も担当していたというのだから驚きだ。
まだこの国が自由に土地を取れなかった頃の時代で、この国にも力があった時のことだと思う。
「随分と緊張しているな?」
「そりゃあ、緊張しない方が変じゃないですかね……」
とまあ、当たり前の返しをする。
館の一番大きな一室。
声は当たり前のように響く。
「ここが評定室だ」
「へえ」
さっきから喉の奥が乾いた様な声しか出せない。
めちゃめちゃこええよ。まあ、ここまで来たらやらなきゃならないんだけれども。
「さっき、そちの送って来た者がいたな。女の」
「そうですね」
何か失礼のなかったことを祈るばかりだ。
「まさか担当が女だとは思わなかったぞ」
俺だって、こんな野郎どもをまとめあげているのがロリ少女だとは思ってすらいなかったぞ……。とは言いたかったけれども、傍らにいる三人の男の目つきが怖くてそんなことは言えない。
「あの子は、本当によく仕事してくれています」
「そうだろうな。俺からもそう見えたからな」
俺っ子!?
なんじゃそれ!
「何をそんなに目を丸めておる」
「いやあ、何でもありませんが……。そのお、本題をですね」
「そうだな、おい」
と、リンは長い髪を揺らして手を打つ。
すると空気を察したのか、いつものことなのか。傍にいた三人の荒武者も少し戸惑いながらもそのまま外へと出てしまう。すーっと閉まる襖の音がどこか寂しげだった。
「刀ももうそちの方へ置いておこう」
これも、リンなりに考えたことだろう。
緊張してしまっていては、まともな議論は出来ない。
「リンさん、あなたにはもう盗賊は止めて頂きたい」
「嫌だ、と言ったら?」
「言わせません」
「ほう。こっちがどんな都合で何をしているか分かっているのか?」
「どんな都合でしょう?」
「それはな。お前たち領主が、我々の仕事を奪ったのだ」
何を話しているのか分らない……。
あ~、きっとローベスさんだったら話が通じるのかな?
「俺って記憶があんまり戻ってないんすよね~……。だから、その。詳しい説明をば」
「何か噂には聞いたな。ふふ、難儀な事よ」
何で今笑ったんじゃいな!
「そもそも、俺の先祖はそれこそ名のある一族の出だった。そして落ちぶれた先祖は郡司にもなり下がった」
「その、郡司とは?」
「今この県には四つの地域が集まって成り立っているな。昔はさらに細かく分かれていて、十以上もの地域があったのだ。その三つを国から命じられて支配していたという訳だな」
なるほど、例の知事になった貴族が落ちぶれて、という流れに似ている。
「そうして、帝都には帰らなかった、ということですね」
「そうだ。何故ならな、帝都に行っても所詮は家柄。我々は切り捨てられる存在なのだ。そんなもの同士が集まってやることは決まっているだろう」
「盗賊ですか?」
「否、だ。盗賊ではない。我々は正当な手段で以て税を徴収している」
やはりそうだ。
税を取っているだけ。だからこそ、俺たちと同じ税率を農民たちから奪ったのだ。
そしてそれこそが自尊心を保つための支えに違いない。
「正当? 農民をああやって脅すことがですか」
「それは……」
「確かに。今は帝国の法律が変わり、土地を耕した者が独自にその場所を支配するようになりました」
「そうだ! それが解せぬというのだ!」
「しかし、それはしっかりとした理由があります」
「ぐ……」
リンは明らかに声を押し殺した。
「郡司らは税金を不当に搾取していましたよね? そこで我々は、土地を帝都の貴族に渡して後ろ盾になってもらうようになりました。しかし、それでは貴族が裕福になるばかり。だからこそ、この土地を開墾して指導者となった者が土地を支配して、俺は領主をしているんです。元々はあなた方、郡司たちが違法な税金の取り立てをしたことにある!」
俺は緊張などは忘れていた。
ただただ、ローベスさんと勉強したことと、ミナリ―との話し合いで「あんたになら分かるっしょ」と言われて教えられた知識を合せているだけだ。
「それはそう……だ」
「自分たちは郡司という身分を追い出されたのではありません。自分たちが捨てたのです。農民は支配者をよく見ています。残念ながらあなたの先祖も、そうした人だったのです」
少し言い過ぎたかなと思った。
リンは下を向いたままで、表情は確認できない。
「そうだ。そうだと思う。それでもよく一族はやっていた。しかし、父は部下に裏切られ……。残されたのは俺を慕ってくれた者たちだけだ。それもまだ若いだけの俺に……」
「心配なんでしょう? 彼らの行く末も」
「ああ。そうだ。父の娘だからと……。幼い自分について来てくれた。この者たちは強い。本当に強い。それは想いがあるからだ! しかし、それでは飯は食えない!」
「じゃあ、山を下りましょう」
「なに?」
「俺が、全員面倒見ます!」
「そんなこと……」
「信じられませんか? ここまで丸腰で来た俺を、ですか? もう農民をいたずらに傷つけて、彼らを苦しめるのはやめましょうよ」
「うう……」
「だってリンさん、農民の人を殺したりはしていない。そうすれば簡単に食料が手に入るのに」
「それは……そうだが。我々はここの人たちにもひどいことをした」
「それは償えば良い。それも大丈夫。俺が考えた。だから、俺と一緒に来てほしい。どうしてもこいつ、信用ならないなって思ったら……」
「うん……」
「その時は、いつでも俺の首を取っていい。だから、信じて欲しい」
俺はそう言って彼女に手を伸ばす。
リンという名にふさわしいその少女は、少しも凛としない顔つきで、ゆっくりと。
その頭目とは思えないほどの細い指を、そっと、強く絡ませてくれた。




