哀愁の果て
ミナリーの行動は早かった。
すぐさま情報を集めて、カズなどの優秀な者に偵察を依頼させた。
俺のそばにカズがいないことは、むしろそっちの方が期間は長ったので危険も考えなかった。
まあ、ローベスさんがせっかくつけてくれた護衛なのにね。
「トーヤ、あんたの知りたいことも分かったわよ!」
えっへんと、扉を開けるや否や、そうは入ってくる。
ふふふ、無い胸を張りおって、とか冗談は言いたいけれど、まだ俺の中では馴れない。
そういえば、ここではセクハラとかあるんだろうか?
「急だね。任せてくれって、啖呵を切って一日も経ってないじゃないか」
「そりゃあね。あの眼鏡が帰ってくるよりも先に、こういったことは解決したほうが良いでしょ?」
「まあ、それは知らないけれど……」
「あんた、部下を褒める才能ってないわけ?」
「んなこたないや! あるとも! いやあ、ローベスさんの仕事が減るんならいいけれど。早馬からは、もう明日中には帰るって聞いたから」
「そう。案外遅いわね」
「ああ、まあね。あの後、山の奥の方も調査に行ってるから……」
例の俺が復活を遂げた場所の近くだ。
そこで様々な報告を受けたり、調査をする必要がある。
聞けば半分山籠もりみたいなものらしい。
「そうね。あいつが来るまでには片付けちゃいましょ」
なんだろう、この対抗心は。
でも、この子がどういった活躍をするのかを見てみたい気持ちはある。
「さて、この奇妙な一団について、どう思った?」
「そうだな。どうって言うのは?」
「二人きりなんだから、分からないならそう答えても良いけど。そうね、性格とか」
「ああ、そうねえ。要は俺がここの住人たちからとっている税金を掠めてるんだろう? どこか正義審でもあるんじゃないのか? 妙なプライドとか」
「そう! そういうことなの! ふううん。中々やるのね」
「えへへ」
と、年下の少女から褒められたことに気をよくした俺は顔がにやけてしまった。
何をそんなことで、という顔をしているが気にしない。むしろ御褒美だ。
「プライドがあるわ。それも……」
「自分たちが領主、でもあるかのように」
「何よ。そこまで分かってるんじゃない」
「いやいや。そこまでだよ。妙な盗賊だね、てくらいしか分からない」
「ああ、そうか」
と、ミナリーはその小さな手を合わせて、目を見開く。
ほんと、その髪といい、お人形にしか見えねえな。
「この国の情勢を知らないのよね」
「ああ、そうだね。いや、知ってるのかもしれないけれど記憶がですね」
「たぶん知らなかったと思うから大丈夫よ」
「あ、はい……」
この有無を言わさぬ姿勢よ。
でも都会ではこういった強気な方がやっていけるのかもしれない。
「そもそもこのバックスエッジの領地は、イミセーニュ県に属しているの。そしてバックスエッジの他にも三つが置かれているの」
「それは大丈夫です!」
「そうしていくつかの県が集まって、国を成しているわけ。そのトップが帝都よ。当たり前ね」
「そうだね。なぜか帝都には名前はないみたいだけれど」
「それはまた今度。この県のトップでもある知事は、帝都の貴族が任命されるの。ただ、その地位はお世辞にも高いとは言えないわ」
「え! そうなの? てっきり、今後の有望な人たちかと」
「そんな訳ないじゃない。家柄の良い人はみんな帝都で働いているもの。政治家をやったり、その補佐をしたり、お役人をしたり。こんな地方の知事なんかより帝都のお役人の方が偉いのよ?」
「ええ……。ということは、それよりも地位の低い俺って……」
意外とこの国の上下関係は厳しそうだ。
ただ、それは俺には関係ないと思った。
今でもこうやって、名前も知らない鳥が鳴いている。それを聞くだけで、帝都は無縁なのだなと思う。
この少女を除いては。
「ま、だからうちのパパもそうなの。血筋は立派でも、本流からはずれちゃえばこうなっちゃうの」
「能力のある人は報われないね」
「そうね。パパだったり、あんたなんかはね」
俺? ここで俺のことが出てきて少し戸惑った。
この子はあまり俺のことは評価してないと思うのだけれども。
「それから、その知事さんはどうなっちゃうの? 確か何年かで交代するとか。」
そうローベスさんからは聞いていた。ただうろ覚えだけれど。
「大体、四年くらいで交代するわ。そのあとは帝都に帰って細々と役人をするの。そんなに出世もしない道をたどるのよ」
「それは……。何とも悲惨な……」
「そう? でも仕事自体はあってないようなものよ。それで一生豊かとまでは言わないまでも十分すぎる金貨がもらえるの。良いでしょ?」
「そうとも言えるけど、ってもしかして?」
この話が例の盗賊に繫がってくるのであれば、だんだんと予想が出来てくる。
「ふっふー。そうなの。それが嫌だっていうひとはね? 自分を慕ってくれる人を連れて、領主に税金を納めないようになって。まあ盗賊みたいになっちゃうのよ。盗賊の頭が元は貴族でしたってのは、何も珍しい例じゃないわ?」
「だとしたら……そういった奴があそこにはいるのか」
「そうね。カズに偵察をさせて、確信したわ。規律が行き届いていて、陣も整然としているもの。あれはちゃんとした法と軍学を学んだ者がいるわね。まあ、こんな田舎まで流れて来られるんだから、そりゃあ強いんでしょうね~」
しょうね~、じゃないよ! と突っ込みたくなってしまう。
「さあ、どうします? 領主さん?」
わざと、こうやって敬語でもう!
決まってるじゃないか!
「行こう! 今から! カズとマイちゃんも連れて、出られるだけの兵士を集めて。フェリちゃんには、ローベスさんが早く帰ってきたら報告をして、政務を執ってもらうように話してくれと頼んで」
「わかったわよ。あんたらしくて良いよと思うわ!」
「こりゃまた帰ったらローベスさんに叱られるな」
「御大将自ら、盗賊退治に行くんだものね? 帰ってフェリから話を聞いたら倒れちゃうかもよ?」
「フェリちゃんには説得役も頼んでおくか」
「そうしとく。あんたも、恰好くらいはちゃんとしときなさいよ」
「そうさせてもらう」
ミナリーが手を振りながら出て行く。
それを見送る。
まだ鳥は元気に鳴いている。早くいけと言わんばかりに。




