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 黒板に書かれた文字。

『本日 日崎美沙公開処刑

 執行 佐藤友彦

 時間 十七時

 場所 波崎小学校グラウンドにて』

 もうそんな日か。ついにやけてしまう。周りの人間も口々に僕をうらやましがった。羨望、憧れ、そういう視線が全部集まる。

 あっという間に教室は僕の机を中心に人だかりができていた。それに加わらないのは教室の一番左後ろの席に座る女の子、ハザキレイナだけだ。ストレートな髪型を左右に分けてヘアピンで止めている。そして黒いメガネ。整った顔立ちだが可愛いというよりは冷たいという言葉がついてまわるといった女の子だ。

 誰もが口を揃えて今日の処刑について語り合っているというのに、ハザキレイナだけはそれに加わらない。前回も前々回もそれはずっとかわらない。不思議に、憐れにさえ思う。だから孤立するんだ。だけど彼女はそれを気にする風でもなく窓から外を眺めている。

「友彦、今度はどういう風にやるんだ?」

「ねぇ友君、今度はこういうのやってみるっていうのは?」

「友彦、道具持ってきたぜ。ほら、俺の木刀だ」

 僕の机にはたくさんの人から持ち寄られた様々な凶器が並んでいる。それは木刀や鉄パイプ、そういうあまりにもありふれたモノから、ハサミやロープ、ペンチ、ライター、針、他にも一体これ使ってどういうコトやればいいんだと思うモノも沢山ある。中にはふざけて買ってから一度も洗ったことのない靴をビニール袋に詰めてきたヤツもいた。たくさんの凶器を目の前にしてもやはり僕が一番好きなのは自分のナイフだった。刃が感じた肉の厚さ、重さが直接手首に伝わってくる、その感じが現実感というのを一番持っているからだ。これで日崎美沙の肌に傷つけると思うと僕は熱くなる。生きている価値がなんなのかというとやはり公開処刑だった。日崎美沙を殺す。それは一体いつになるかな。


「なんでそういうことするの」


 まるで心臓を撃たれたような気がした。他の誰も気付かないくらい小さな声だ。どこから聞こえた?この人だかりの中には居ない。だったら…もう答えは出ている。人だかりに参加していないのはハザキレイナ一人だった。僕と目があったハザキレイナはじっと目を逸らさなかった。どことなく誰かに似ている。

 結局その目に負けて先に逸したのは僕の方だった。いたたまれない気持ちが沸き上がってくる。だけどハザキレイナ一人に恨まれるぐらいなら甘んじて受け入れるね。あの日崎美沙を自分の手で裁けるなら。


 といったもののやっぱりあの目が引っ掛かって気持ちが乗らなかった。公開処刑が始まって以来そんな日は初めてだ。だけど授業が始まってしまえばそんな事なんてすぐに忘れて今度はどんな風にやろうかとそのことで頭がいっぱいになった。耳をハサミで切り落とすのはもうやったし、舌をライターで焦がしたこともある。ナイフでお腹の辺りを五センチぐらい切るのもいいかも知れない。どっちにしろ僕はいつだって日崎美沙を殺すことはできる。いや、何度も殺した。だけどその度に日崎美沙はムリヤリ生き返らせられた。そして僕はそれよりも多くの回数、日崎美沙を殺す。罪人は裁かれるべきなのだ。日崎美沙は自分が殺した人間の数だけ殺されるのが罰だ。そして、あいつは教室にいるみんなの指を使ったって数え切れない人間を殺したのだ。

 授業がすべて終わってしまうと僕は保健室に向かう。そこに処刑人としての僕の制服がある。スチールロッカーを乱暴に開けるとそこにはビニール袋をかぶった真っ白な服がハンガーにかかっていた。

 第一ボタンまでしっかりと留めて校舎を出ると、もう迎えが来ていた。真っ白な高級車の後ろのドアが開く。僕は無言で乗り込んだ。それを合図のようにドアは閉まり、車は動き出す。

 僕は後ろから運転手の頭を見ながらこれから始まることに心を躍らせた。僕がこの町でこういう役割を与えられた理由はわからないが、それは誇りに思うべき事で喜ばしいことなのだ。波崎小学校のグラウンドは別に歩いていける距離だったが、この白塗りの車に乗っていくのは一種のルールだった。車は波崎小学校の職員用駐車場に止められる。僕が降りると運転手も同じように降り、車に鍵がかけられる。

 目の前には三階建ての波崎小学校の古びた校舎が立ちはだかっている。僕の姿を見つけると学校の教師と思われる痩せぎすの男が駆け寄ってくる。こびへつらうような態度に水色のシャツを着たパッとしない服装が気にくわないが、そういうこともこれから始まることを考えれば些細なことだ。

「どうぞ、佐藤様」

 僕の前まで来て男は深々とお辞儀をした。男に案内されて校舎に入る。その間に運転手は他の人間と一緒にグラウンドに処刑準備をしているはずだ。小学校の廊下はずいぶん古くていくら清掃しても黒ずんだ色は取れないらしかった。まだ子供は帰っていなかったらしく、白装束に身を包んだ僕を見るとまるでヒーローショウでも目の当たりにしたかのように歓声を上げた。僕はそれに笑って応えた。

 一階の廊下の一番奥まで通されて、もう一度男は深々と頭を下げた。僕はなにもいわなかった。それに対して、男はひどくうろたえたがすぐに取り繕ってへこへこと元の道を戻っていく。僕の目の前には他の部屋とは違う木製の立派なドアがたたずんでいる。そこには校長室と書かれていた。

 僕が三回鳴らすノックを二度すると、ドアが開いた。目の前には白髪交じりで少しぶってりとした男がいた。さっきの男よりはずっと品がいい笑みを終始浮かべていることに僕は好感を持った。この学校の校長だ。部屋には真っ赤な絨毯が敷かれ、奥には校長と書かれた札が置かれた立派な木造の机がある。その上には校風が書かれていた。『明るく、仲良く、元気よく』害もなく個性もない言葉だ。

 壁をぐるりと一周するように歴代の校長の写真が飾ってある。目の前のこの男は三十九代目らしい。

 部屋の真ん中には小さなテーブルをはさんで二つのソファーが向かい合うように置かれている。

「ささ、こちらへ」

 校長がさした茶色のソファーに僕は身を沈める。中のクッションも皮の具合もどちらかといえば上出来だった。ソファーの見た目にこだわる人間よりはこういう中身にこだわる人間の方がどちらかといえば信頼できる。一度座ってみないとこういうのはわからないからだ。まぁ使ってみたい言葉なだけだけども。

 僕が黙って座っていると、グレーのスーツを着た若い女教師がコーヒーを持ってきた。僕はそれに頭だけ下げて感謝を示す。

「今日はご苦労様です」

 校長も目の前のイスに座る。僕は白いカップのコーヒーを手に取り一口だけすすった。

「打ち合わせですか?用件は」

 僕は極めて事務的にいった。処刑人である以上、僕は完璧にその仕事をこなさないといけない義務があった。

「はあ、まあそういうことですな」

 そういうことを言う人間はたいてい裏があるのだ。だが僕はそういうことにまったく言及せず話を先に進める。

「手順はいつもこちらで決めているので、そちら側の要望は僕と意見が一致しない限り、果たされることはない」

「そういわないでください」

 ニコニコと人当たりのいいえ顔を浮かべながら校長はコーヒーを飲んだ。

「どうです?このコーヒー、ずいぶんいい豆を使ったんですよ」

「残念だけど、僕はそういうことを見分けれるほどコーヒーに精通はしていないし、興味もない」

 校長はしばらく考えるふりをしながらスプーンでコーヒーをかき混ぜた。

「まぁ、打ち合わせというか頼みなんですが」

 僕は黙ってコーヒーを飲むと、校長はそのまま話を続けた。

「今回の処刑はこれを使ってやって貰いたいんですよ。」

 そういうと僕の目の前に真っ白な箱を置いた。大きさは横三十センチ、縦十センチ、高さなら五センチといったところか。

「これは?」

「まぁ開けてみてください」

 言われて僕は箱を開けた。箱の中には緩衝剤が詰まっていた。それを掻き分けるとナイフがあった。それは僕が持っているナイフより完璧なナイフだった。僕が持っているのは折りたたみタイプの刃渡りが五センチほどのナイフだった。それでもずっしりと重かったがこれは違った。鞘に収まったそれは刃渡りは十センチ近くあった。握ると、ゴツゴツした感触がまるで僕を呼んでいるように思えた。刃物からは引きつけるようなモノが放たれていて、まるでこれこそ僕が望んでいたモノのように…赤い血がこれによって流される瞬間、それは日崎美沙が流すのだ。だらだらだらだらきりがなく、それこそ最高の罰であり刑であり、そして何よりも素晴らしい。

「どうです?いいものでしょう」

 僕ははっとして正気に戻った。辺りを見回して一瞬唖然とする。あわてて頭を振る。いや、僕は校長室を訊ねてきたのだ。それほどに僕はこのナイフに魅入られていた。

「なるほど、いいナイフですね」

 僕はそういって蛍光灯にすかしながらその刃をうっとりと眺めた。

「そういわれると用意したこちらとしては最高の賛辞ですよ、処刑人様」

 僕はまだ刃を眺めながらとりあえず肯いた。

「使ってくれますね」

 それにも肯いた。


 処刑執行時間。6月なので日はまだまだ高く、辺りは薄暗くさえなっていなかった。空のはしが赤く染まるか染まらないか、そんな時間だった。波崎小学校のグラウンドにはそれを囲むように運挺や滑り台、登り棒などが並んでいる。グラウンドの中心に有刺鉄線で柵が作られた。高さは2メートルほど。触るだけで突き抜けそうにトゲは光っている。そその周りにはもう人だかりができていた。小さなランドセルを背負ったままの男の子や、高校生、主婦から、頭がとっくにはげあがった老人まで老若男女問わず集まっている。

 僕がその人だかりの外側に立つ。後ろの方にいた小学生が僕を見て声を上げた。

「処刑人様だーっ」

 僕はその声に、真っ白な上着を一番上までしっかり閉めなおす行動で応える。処刑人である以上だらしない行動はするべきではない。

 その一言がまるで魔法の言葉でもあったのか、モーゼが海を割ったように人だかりが二つに割れて処刑場までの道が開かれる。僕は軍人のように背筋をしっかりと伸ばし、毅然とした態度でその道を歩く。周りではまるで厳正な儀式のように姿勢を正して処刑場に向かう僕を見送る。その中に知った顔を見つけるが気安い態度はとらない。今は特別なのだ。

 有刺鉄線のドアを門番が注意深く開ける。僕はそのまま中にはいるとまた門番がドアを閉め、しっかりと鍵をかける。処刑場の隅には今日有志から持ち寄られた様々な道具が積んであった。なにを使ってやろうとそれは僕の自由だった。僕が入ったのが一つの合図であったかのようにヤジと罵声のみを浴びながら人だかりの向こうから巨大な十字架が運ばれてくる。そこにはもちろん日崎美沙が磔られていた。僕の目の前の入り口から入ってきたその一行はドン、と十字架をグラウンドに突き刺した。いつもながらこいつらの力は異常だ。

 日崎美沙は髪が短く、身体も満足な食事など与えられるはずもなくやせ細っていた。黒い、ぼれキレのような服を着せられ磔にされた様と白い処刑服に身を包んだ僕は対照的だった。そのアザだらけの顔を上げて僕を見ると日崎美沙はニィッと笑った。

「やぁ少年、また君か」

 処刑に合図なんてモノはない、僕がやりたいと思えばそこが始まりだ。僕は力一杯日崎美沙の顔を殴りつけた。骨に当たる感触がして日崎美沙の顔が歪んだ。拳が痛い。血が流れていた。日崎美沙の歯が何本か折れ、吹っ飛んだ。歓声が巻き起こる。だが僕はあくまで無表情を崩さなかった。

 日崎美沙は力無く顔をまた僕の方へ向ける。さっき思い切り殴られ歪んだので一体どういう表情なのか僕にはわからなかった。

「満足かい?少年」

「まだだ」

 僕は無愛想に応えるとズボンのポケットからさっき校長に渡された例のナイフを取り出した。太陽を浴びてぎらり光る。ゴツゴツした感触、確実に殺せるという自信。今まで使ったどの凶器とも違う。それを見た周りの人間が騒ぎ出す。僕はゆっくりと日崎美沙に近づくと、その磔にされた手の平を握って固定した。そこに刃を当てる。日崎美沙はそれに気付いて顔を背ける。だが中に入ってきた門番に頭を掴んで戻される。僕はまず小指に刃を当てた。そのまま少しずつ力をかけていく。皮膚は簡単に切れ、赤い血がぼたぼたと流れる。

「ぐぅっ」

 日崎美沙は苦痛に声を上げたのが屈辱とでもいうように口をしっかりと結びなおした。皮膚を越えたところでピンク色の肉が見えた。僕はそのまま力をかけ続ける。固い感触に当たる。骨だ。力をかけても骨はなかなか切れなかった。仕方なく僕はのこぎりの要領でナイフを上下に動かした。日崎美沙の手が激しく暴れる。そこから飛んだ飛沫が僕の真っ白な処刑服に赤いシミを付けた。それでも僕はその一点を見つめ続け、しっかりと切り落とした。

「ぎゃぁぁぁぁ」

 日崎美沙はまるで獣のように吠えた。

 固唾を呑んで見守っていた観衆もその瞬間叫ぶ。次は薬指だ。

「好きなようにやればいいさ、少年」

 搾り出したような日崎美沙の言葉を無視して薬指にナイフを入れる。やはりゴツリと骨にぶつかったが今度は先ほどより苦労せずに切り落とすことができた。一瞬人体模型の断面図みたいに丸見えになった切断面があっというまに血の中に沈んでゆく。唇の端が自然とつり上がった。顔にももう血が付いている。真っ白な服にもますます血が付く。そのまま僕は五本の指を順々に切り落としていった。そのたびに響く絶叫に観客も楽しそうな顔をする。もちろん僕も楽しい。左手の指を全部切り落としたところで僕はもう一度日崎美沙の正面に立った。

「罪は償われるべきだと思うか?」

 これは処刑人には義務づけられているセリフだ。これの答えによっては処刑を中止しなければいけないこともあるがそういうことはこの女にたいして有り得ない。それにこの町には処刑される人間はこの女しかいない。

「ちゃんとした法律、そういうモノに基づいてならね」

 日崎美沙は皮肉混じりに応えたつもりだろうが、ここでそういうモノはいっさい通じないのだ。

「そうだ、ここではこういうルールだ」

 僕はそう答えて真っ黒な服の上から腹のど真ん中にナイフを突き刺した。

「ぐぇ」

 潰れたカエルのような声を出したかと思うと日崎美沙の口から血が流れた。だが別に心臓を突いたわけではなし、すぐに死んでしまうわけがない。歓声が遠くに聞こえる。僕は恍惚としているのだろう。

 そのまま下に五センチほど真っ直ぐにおろす。その間ずっと悲鳴が続いていたが関係はない。遠慮する理由も必要もない。そしてその周りの生地をナイフで裂いた。

 僕が手の平を右に突きだすと、打ち合わせ通り洗面器いっぱいの水と塩が用意された。

 僕は水の中に乱暴に手を突っ込むとたっぷりと塩をつけた。文字通り、今から傷口に塩を刷り込むのだ。

 さっき服を裂いてできた穴にそのまま手を突っ込む。なま暖かい感触で傷口を見つけるとその中に手を突っ込んだ。まさに人肌の暖かさで、その中を思い切りこねくり回した。グチャグチャグチャグチャ、大腸だかなんだか知らないがなにかチューブみたいなモノに手が触ったので力任せにそれを引きずり出す。日崎美沙はもう声を出すのもままならないみたいだった。

 それはやっぱり大腸だったらしく三メートル近く引きずり出せた。桃色で据えた匂いが辺りに立ちこめる。拍手と歓声に包まれながらだらりとだらしなく垂れ下がったそれをきりがいいところで切り離すと地面に投げ捨てる。中からどろりと消化中のモノがこぼれた。緑色の気味が悪い液状のモノだ。

 これで日崎美沙は左手の指と大腸を失ったことになる。

 日崎美沙の頭がだらりと下がったままだ。そこで聴診器をぶら下げた保険医が入ってくる。中年の痩せた女だ。学校で処刑が行われるのは場所も取れるし、こういうコトが便利だからだ。保険医は聴診器を日崎美沙の胸に当てる。

「・・・心臓はまだ動いてます」

 保険医が日崎美沙から離れた瞬間、門番から水を頭からかぶせられる。

「あう・・・」

 ムリヤリ意識を回復させられた日崎美沙はどろりとした無機質な目で僕を見た。どうやらもう意識もはっきりとしていないらしい。試しに僕がさっきの傷口にまた手を突っ込むとけたたましい悲鳴を上げた。それに誰もが満足したように笑い顔を浮かべた。

 僕も口の端をつり上げ笑った。

「気分はどうだい」

 日崎美沙はブルブルと震えながら顔を上げた。前髪に隠れてよく表情が見えない。が首をぶるんと振って前髪が横に払われるとその表情はよく見えた。笑っていた。

 僕はまるで大切なモノを壊された子供のように傷口に突っ込んだ手をむちゃくちゃに動かした。なま暖かい身体の中でグシャリグシャリという感覚が付いてくる。ひっきりなしに叫びをあげる日崎美沙。僕はその中をグチャグチャに作り替えるみたいに掻き回した。びくんびくんと電気でも流されるみたいに跳ね上がる日崎美沙の身体が糸でも切れたように再びだらりと垂れ下がった。手を引きずり出すとどろりとピンク色の糸を引き、僕の手は血にまみれててらてらと光っていた。そういうことなのだ。僕は気持ちがよかった。再び保険医が近づいてきて日崎美沙の生命を確認する。

 聴診器を日崎美沙の胸に当て、まぶたを指で開き瞳孔を確認する。そして首を横に振った。

「…死んでいます」

 そうすると門番が有刺鉄線でできた壁を片づけ始める。めきめきと杭が地面から引き抜かれ、まるで絨毯のようにクルクルと丸められていく。観客は壁がなくなるとわかるやいなや磔にされた日崎美沙の死体に近寄り、まじまじと観察したり、考えられるだけの罵声を吐いたり、そういうことをしていた。それを見て、僕は処刑という大役を終えることができたのだという満足感にまた口の端を歪めて笑った。そういう光景を後ろに僕は駐車場に戻った。

 運転手は真っ赤に汚れた僕を見るといつものようにドアを開けた。僕が乗り込むと白い高級車は走り出す。畑の横を通り過ぎて、どんどん人通りが少なくなる。辺りには切り立った岩と山しか無く、民家もまばらだった。その中でひときわ大きな建物。普通の家のスケールを二倍から三倍にしたモノだ。その前で車は止まる。壁は古びてもう焦げ茶がかっているが中にはいると清潔なものだった。ここで処刑人は血を洗い、元の生活に戻るのだった。もともとは銭湯だったらしくだだっ広い脱衣所も浴槽も全部僕一人の為と思うともったいなかった。だが処刑人の特別性を考えればこういうモノも必要なんだろう。僕は血にまみれた処刑服をきれいに折り畳んで籠に入れると風呂場に入った。腰掛けを出してシャワーの前に座り込むと熱い湯を出した。そしてよく石けんを泡立てて身体を隅々まで洗う。指先は日崎美沙の血と脂でぬめっていて何度も擦らないとなかなか取れなかった。

 僕はたっぷり十分間お湯に浸かり、風呂から出ると処刑服はすでに片づけられ、いつもの学生服が替わりに置いてあった。終わりかけた日曜に次の週末を待つように、僕はまた処刑の日が恋しくなるのだった。

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