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 新作を書き溜めるまでのつなぎですが過去に別の場所で公開していたノベルを投稿していきます。先に投稿していたクールガールズモノデッドの雛型となりますのでどちらかというとそちらを先に読んでいただけたほうが嬉しいかと思いますがこのページにアクセスしていただいているだけでテンション上がりますので是非読んでくださいねー

 目覚めたときの匂い、あるいは希望に満ちた世界 歌無しい場所かなしいばしょ



 昨日の夜の事を思い出す。何もわからない。どうやって部屋に上がってきてベッドにもぐりこんだのか、すべてが薄いもやにかかっている。

 明るい日差しに照らされて僕は目が覚めた。起きたばかりの目にはそれはまぶしすぎて思わず目を閉じた。それにしても昨日は一体本当に何時に寝てしまったのだろう?いやそれどころかいつ家に帰ってきたんだ?だけどすべてがいまいちハッキリしない。ハッキリしているのといえばギラギラと太陽が光っている、それだけだ。

 とりあえず、僕はいつもの習慣として窓を開けた。今日も雲ひとつない空が広がっている。まるで幼稚園のお絵かきの時間に書いた空みたいだ。雲はなく太陽しかそこにいない。

 僕は窓から身を乗り出し、大きく息を吸った。近所の建物も大体は僕の家と同じ二階建てだった。黒や茶色の屋根瓦が何件か並んで、田んぼが見える。田んぼはあおあおと初夏の匂いに揺れていた。そして、さらに向こうに白色の壁があった。壁は町を囲むように立っていて、向こう側に何があるかなんてわからなかった。眺めるだけでもあの壁の途方もない高さがわかる。僕の家なんかよりずっと高いだろう。壁より向こうには空しか見えない。まるで地平線だ。だが町からでたことはないから地平線も知らない。

 窓を開け放したまま一階に降りると母親が既に朝食の準備を済ませている。テーブルに着くと、いつものように学校であった事やテレビに映るニュースのことなんかを話しながら僕は食事を済ませた。

 支度を済ませてドアを開け、外に出る。すぐに肌がじわりと汗ばんでくる。今日も暑い一日になりそうだ。

 僕は道路に転がった石ころを蹴りながらトボトボと学校に向かった。顔を上げるとイヤでも壁が視界のどこかにへばりつく。

 どうして、この町には壁があるのだろうか?僕は知らない。父や母は疑問に思ったこともないだろう。生まれたときからその場にあるモノを不自然に思う僕自体が不自然なのだ。そうこうしているうちに道の先に白い、小さな花が咲いていた。学校へ向かう途中で他にも同じ学校の人間を見かける。僕はそのまま花を踏みにじって学校へ向かった。そんなことはたいした問題じゃない。しょせん、花は花なのだ。そこからどこへも行きはしない。

「友彦、おはよう」

 後ろから声をかけられて振り向く。

「おはよう、千紗」

 僕は素っ気なく言った。千紗は笑って肯いた。千紗は、僕の恋人だ。長い髪を揺らして線の細いからだ。大きな目が余計目立つ。色も白くて、病弱そうな印象を与える。そして細い指・・・指?僕は千紗を頭の先からつま先まで眺めて強烈な違和感を感じた。違和感はじわじわと背筋を這いずり回り、それがさっきまで滲ませていた汗を一気に冷たくさせた。何かが間違っているようで、何がその原因なのだろうか。考えればその違和感のシミは全て指先に集まっているように思える。

「・・・?友彦、どうしたの。変な顔してさ」

「指・・・」

僕は、じっと千紗の指をみた。そこには五本の指が綺麗に並んでいる。それだけだ。それだけ?

 千紗は小首を傾げて笑った。

「わたしの指をみたって、どうせいつも通りだよ。ほら」

 手の平を握ったり、開いたりしてみせる。

「ほら、親指も、人差し指も、中指も、薬指も、小指も、みんなちゃんとついてる。関節だってきちんと曲がる。」

 前にも一度、聞いたことがある気がした。

「そうだね」

 この自分の言葉にも。

「なんか変だね、今日の友彦」

「なんで?」

「今まで一回だってわたしの指、まともにみようとしたこと無かったクセに」

そうだ、すぐにでも千紗の指から目を逸らしたい。わからない。その指にひどく忌々しいモノを感じてしまう。耐え切れずに目を背けると、そこで僕は千紗がカバンしか持っていないのに気付く。

「千紗、スケッチブックは?」

 僕は千紗が絵を描いているのを知っている。将来絵本作家になりたいのだと言っていたのも。

「もってきてないよ」

 千紗はバツが悪そうに下を向いた。

「なんで?千紗あんなに絵が好きだったろ?」

「なんか、自分の壁っていうのが見えて越えれないっていうのもわかっちゃったんだ。ちょうどあの壁みたいに」

 千紗は町を囲む例の壁を指差した。この町ならどこにいても見える、あの壁。



 『真っ白く町を囲む壁がある。』



 信じられなかった。千紗が絵をやめる?あれだけ、毎日毎日見てるこっちが飽き飽きしても描き続けた絵をやめるなんて。何か急に間違った場所に放り込まれたみたいだ。居心地が悪い。

「なんで友彦が泣きそうな顔するの?あたしが絵を描けなくなったって友彦には関係ないよ」

「そうだけど」

 だけど釈然としない気持ちは僕の中に居座り続ける。千紗は絵を描かなくなったじゃない。描けなくなったと言った。僕はその描けなくなった理由について絶対に何か知っているはずだったのに、なにひとつとして思い出せない。無理に思い出そうとすると吐き気みたいな気持ちが喉の奥からせり上がってくる。真っ赤な記憶。真っ赤?なんだそれ?どろりとした鉄さび臭さ。そこでギィギィと頭が痛んだ。頭が軋んでいる。


 二人で教室のドアを開けた。いつものメンツはもう来ている。うるさいヤツも、真面目なヤツも。ヒサと涼はあいかわらずバカ話をしていてそれにハルがなかなか入り込めずにいる。そして各務は机に肘を着いて、三人のそんな様子を見つめている。・・・各務?なんであいつがここにいるんだよ。いてはいけないはずなんだ。絶対にそのはずだ。

「よう、友彦」

 心臓が飛び出すかと思った。叫び声がほんのそこまで着ていたのを何とか抑えつける。

 各務はシャツを第二ボタンまで開けてそこから真っ赤なTシャツが覗かせている。長い前髪を無造作にわけていてその下には尖った目がある。僕は別に各務のことが嫌いな訳じゃない。むしろ大親友だ。僕はそう思っている。なのにここに各務がいるのは間違っている気がする。嫌いだからそう思っている訳じゃない。なんとなくそう思うのだ。

「なに呆けた顔してるんだよ。もう学校だぜ、ねぼけんな」

「違うよ、各務君。なんか友彦、今日朝から変なんだよね。心ここにあらずっていうか」

「おい、お前どうかしたのか」

 各務が顔を覗き込んでくる。別にどうって事無いよと僕は答えた。別に各務がここにいたって僕は文句はない。嬉しいぐらいだ。何を不満に思うことがある?僕が望んだとおりの世界じゃないか。

授業っていうのは退屈だった。僕にはどうせこの先なんて決まっている。だからこう言うのは別に受ける必要なんて特にはない。ペンを指でクルクル回しながら朝から一体何をおかしく思っているのか考えた。だけど、なにもおかしいことなんてないみたいだった。そういうのを感じるのは僕だけのようだ。これが日常、いつも通りの生活だというのに僕は何をそんなに不思議に思っているのだろう。当たり前じゃないか。勉強をするのも、各務や千紗と喋るのも、みんな当たり前の日常だ。

 僕は一番窓際の席だから、壁がよく見える。この町で一番高い建物は学校のはずだ。町役場も三階建てだけど学校の方が多分高いと思う。その屋上からも向こう側が見えないと言うのは壁はそれよりも高いのだろう。確かに越えることは不可能だ。


 学校が終わると僕にはいつも行く場所があった。帰り道を歩きながら千紗を家に送る。様々な家に囲まれた、入り組んだ場所だ。笑顔で手を振る千紗の手を見ないように僕はそれに応えて、家に帰ると自転車にまたがった。そして蝉の鳴き声を背中に受けながら自転車をこぐ。田んぼの間のあぜ道を越え、畑を抜け、そして橋を渡り、この町でもっとも壁に近い建物についた。

 僕はここで日崎美沙を捕まえた。確かに犯罪者が隠れるにはうってつけだろう。誰も近づきやしないし。真っ白な外見のその建物は無愛想で冷血で人間の生と死を彩っているように見えた。建物は長方形で学校の校舎と似たような作りをしている。看板は出ていないが僕はこれがなんの建物か知っている。美術館だ。ガラス張りの自動ドアを抜けても受付なんてものは何もない。この美術館は不思議な作りで建物の中にいくつもいくつも小さな部屋がギッシリはいっている。中には職員の休憩室みたいな部屋もあるのだが僕はその中で人間というモノを見たことがない。ただそのいくつもの小部屋の中にはたくさんの絵が窓際に飾ってある。たいていはその部屋から見える窓の景色を、線画や油絵、水彩画、水墨画、僕が知っている絵の知識を総動員するとそれぐらいしかないが様々な手法で書かれている。

 この建物の中にある絵というのはもう僕はほとんど眼を閉じても思い出せる。

 だだっ広いこの建物は静まり返っていて外でうるさく鳴いているはずの蝉の声すら聞こえない。一人で居ると世界で自分だけが取り残されているような気がしてくるほどだ。リノリウムの床に白い壁、生活というモノをなにも感じさせない特別な建物で僕は革靴のカカトをコツコツいわせながら廊下を歩いた。

 通り過ぎる部屋のドアを次々に開けていく。まだ見たこともない絵が飾ってある部屋はないだろうかと思って。ひんやりとした空気が僕の身体を駆け抜けた。誰もいない建物なのに空調はきちんときいているのだ。それに蛍光灯もついている。一体誰がこんな物好きな建物を建てたのだろうか。ドアを開けながら歩いていくと気がつけばもう廊下の隅にまで来てしまった。そこには白い鉄の非常扉があった。そういえば僕は一度だってこのドアを開けたことはなかった。僕はノブに手を回す。冷たい。そのまま回す。鍵はかかっていない。非常扉だから当たり前だ。その扉を僕はゆっくりと開いた。

 中は薄暗く、オレンジ色の電灯と踊り場の非常口の緑色のランプしか灯りはない。非常階段はずっと上まで続いている。僕は上の階に行ってみることにした。廊下以上に靴音が響く。不自然に反響した音に、忍び込んだみたいな後ろめたさと混じってまるで後をつけられているような気持ちに陥る。僕は後ろを振り向いた。上ってきた階段が下にのびているだけで、誰もいるわけがなかった。

 そのまま登り続けて最上階に辿り着いた。四階だ。四階?この建物は学校より大きいのか。僕はまたドアを開けて廊下に出た。四階の景色はなぜか他の場所よりも僕になじんでいる気がした。そういう言葉の使い方が正しいとすればだけど。向こう側に何かある。僕はそう強く感じた。四階があるなんて知らなかった。初めてきたはずの場所なのにそれでもこの階は何か感じるのだ。僕は他の部屋には目もくれずに歩いた。そして一つの部屋の前で足を止める。

 四百三号室。

 白いプレートにはそれだけ書いてある。その下には名前を入れるプレートみたいなものもついていたがこれに何かはいっている部屋などこの建物にはありはしない。ノブに手を伸ばす。この中には何かあるという確信があった。それは揺らぎようがなかった。だけど伸ばした手はまだノブに触れてもいない。心臓がどくんどくんと激しくなり、なぜかとても怖かった。だけど、中を見ようとする欲求には逆らえず、ノブをぐっと握る。

 カチャリ。

 僕の葛藤と反比例する、意外なほど軽い音がして、ドアはスッと開いた。驚くほどかんたんに他の部屋と同じようにその扉は開く。部屋の中にはベッドがあった。シーツは真っ白でしわ一つ無くどうやら新しいモノだった。ここには誰か住んでいるのだろうか?美術館の管理人?それにしては不用心だし、生活感というモノがなさ過ぎた。ベッドには全然乱れた様子はない。まるで誰かがきれいに整えたみたいだ。テレビもなにもないし、ただキャビネットと小さな白いテーブルがある。窓の方に目を向ける。白いレースのカーテンが揺れていた。窓枠に絵が飾ってあった。だけど、この中の他のどの絵ともそれは違った。この絵だけは風景画ではない。

 まだ描きかけの絵。青い空と灰色の地面にこびり付くように生えるビル群の絵だ。

青い空はこの世界のように希望という言葉の形容以外は許されないように真っ青でいろ鮮やかに描かれている。対する地面はその逆でアスファルトに満たされた地面に生えたビルは足下から毒に冒されているようで悲痛にさえ見えた。タイトルが絵の下に貼ってあった。

 青い天国からの脱出

 なぜ、僕はこの絵が書きかけだと思ったんだ?僕はじっとその絵をよく見てみた。何度も見た絵だ。・・・?どうしてだ。とりあえず僕にとってその絵はとても見たことがある。なにか、僕が忘れていた大切なモノがあるはずだ。そこまで思って僕は自分の人生を振り返ってみた。僕の人生には後悔するようなことはなにもないじゃないか。家族は全員健康で仲はいい。いつも近くには友達に囲まれて、今だって恋人も親友もいる。将来の道も満足のいく道がしっかりと用意されている。泣いた記憶も恨んだ記憶も僕にはない。いや、恨んでいる人間は一人だけいるか。だけどそれはこの町に住む誰もが恨んでいるはずだ。実際に公開処刑にはみんな集まる。

 日崎美沙。

 世界で最低最悪の犯罪者。日崎美沙と青い天国の脱出、頭の中で二つが結びついてなにかが思い出せそうな気がした。だけど、思い出せないのはそれはきっと不必要なことだったし、実際はその二つはきっとなんの関係もない。ただ日崎美沙が捕まったのがここだったからそう思っただけなのだ。

 美術館からの帰り道、僕はあの絵のことで頭がいっぱいだった。あの絵になんでここまで動かされるんだろうか?それは他の絵とは全然違ったからのはずだ。だけどそこにどんな意味があるというんだ。壁を背中に僕は自転車をこいだ。


 次の日の朝もしっかりと晴れていた。窓を開けるといつもと同じ希望の光差す朝が出迎えてくれる。見下ろすと世界はもう動き出している。隣の家の老人は庭木に水を与えていたり、遠くの方からどこかの部活の朝練のかけ声が聞こえてきたり、今日も世界はいつも通りなのだ。

 一階に下りて、みそ汁を食べながらテレビを見ているとお母さんが何かに気づいたように立ち上がった。

「あっそうだ、もう七月終わってたんだっけね」

 そういいながらお母さんがカレンダーをめくると六月が出てくる。そうだ、もう新しい月が始まっている。気持ちを入れ替えて頑張らないと。

 今日は時間もまだだいじょうぶなので千紗を迎えに行くことにした。あまり迎えに行かないと千紗はほっぺたをふくらませて怒るのだ。そういう顔を見るのも好きだけどやっぱり怒らせないに越したことはない。何度通ってもいまいち覚えることができない道筋に苦労しながら辿り着くとインターフォンを鳴らした。

「千紗ーっ」

 叫ぶと家の中からどたどたどたと慌てながら階段を駆け下りる音が響く。

 ドアが開いた。制服姿の千紗がそこにいる。

「お、おはよう、友彦」

「おはよう」

 なにが嬉しいのかニコニコしている千紗に僕は素っ気なく言った。


「ふい~、なんかやっぱりこういうのはいいよね」

 学校への道を歩きながら千紗が僕の手に指を絡めている。蛇を背中に突っ込まれたほうがまだましだというようなおぞましさ。でも振り払わなかった。僕は千紗が嫌いなわけではない。むしろ愛している。ただ、その手が怖いのだ。

「ん・・・なんかぎこちない。友彦照れてる?」

 そんなことを顔を真っ赤にして聞く千紗の方が照れているじゃないかと思ったけどその言葉は僕はごくんと飲み込むことにした。ガラにもないことだ。

「ねぇ、なんか話しようよ」

「いいよ」

「だったらさ、友彦の話聞かせて。あたしたち、付き合っているのにあたしは友彦のことちゃんと知らないもん」

 そういうことを言うのなら僕だって千紗のことは全然知らない。なぜどこでどうして、ここにいるのか、そういうことから始まって小学生の時も中学生の時もなにひとつとして喋ってくれたことはない。

「いいよ、なにききたい?」

「え、そうだね~」

 千紗は目をクルクルさせてなにを聞くか考えているみたいだった。

 千紗の質問に答ながら学校へ向かう。テレビの事とか読んでいる本の事とか学校の事とか。

 会話もひと段落して僕は千紗から視線をはずすと町の向こうを見た。聳え立つ白い壁はいつも変わらない。あまりにも高い壁の理由はどこにある?

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