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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

香蓮と薫

作者: 時雨

百合要素があります。苦手な人は気をつけてください。

季節は冬。


私こと瀬戸内香蓮は、親友である有川薫に呼ばれて公園に来ていた。


とうの昔に葉を落としてしまった木々が、どことなく寂しい気持ちを掻き立てる。先日降った大雪の名残か、ブランコの上に少しだけ溶け残っている雪が印象的だった。


薫がどんな人かと聞かれたら、私は「大人しい女の子」と答えるだろう。表面だけを見れば、これほど的確に薫を表す言葉もない。


黒く艶が光るストレートの髪。アクセントになっているルビー色の眼鏡。特別顔立ちが整っているというわけではないものの、すっきりとしていて和風美人と言うべきだろうか。


そんな外見からも想像できるように、薫は教室ではあまり話さない。性格だけの問題ではなく、あの一件のことも手伝って、薫はよく居心地が悪そうにしていた。


だけど、薫は大人しいだけの引っ込み思案な少女ではない。


少なくとも私と話すときには、ちゃんと自分の本音を言えるし、意思の強い、芯がはっきりした人だと私は思っている。


「話したいことがあるから、あの公園まで来てください」


昨日薫にそう言われて、私はここにいる。


ベンチに座って待っていると、しばらくしてから薫が走ってきた。白い息を吐きながら、マフラーをたなびかせている。


「すいません。待ちました……か?」

「いいや、待ってないから、まずは息を落ち着けて」

「はい……」

体力がないのに無理をして走ってきたのか、息を切らせている薫に、私はそう言った。


大分息も落ち着いたのか、薫は私の隣に座る。



香蓮さんは、わたしとは対照的な女の子です。


外見的な意味でも、内面的な意味でも、です。


香蓮さんはシャープな顔立ちをしています。スッと通った鼻梁、形のよい唇。同性すら虜にしてしまいそうなほどに、美人という形容が似合う見た目です。


髪の毛は染めているわけではなく、地毛で明るい茶髪。それをショートカットにしています。


また香蓮さんは、はっきりとした物言いをするタイプでした。前述した見た目も相まって、男女問わずに人気があったと思います。わたしが知っているだけでも三人は彼女のことを好きな男子がいました。


それもあのことがあって以来、まったく違う状況になってしまいましたけれど。


ただ昔からの友達だという理由だけで、香蓮さんはわたしを助けるために、教室で大立回りをしたのです。



高校一年生になって、新しい環境になり、クラスを構成する人たちも様変わりしました。中学生のときはどちらかと言えば大人しめの人が多かったのですが、この高校の、このクラスは違うようです。


とはいえ、香蓮さんと同じクラスです。話し相手に困ったり、体育でペアができなかったりということはないでしょう。


そう、思っていました。


それは本当に突然のことでした。


どのクラスにも、女王と呼べるような人がいると思います。いわゆるクラスの女子のリーダー的存在です。


わたしの何かが女王の逆鱗に触れてしまったのか、唐突にいじめのようなものが始まりました。香蓮さんに気付かれないように、決して香蓮さんがいる前で女王がわたしをいじめることはありません。


香蓮さんは人望がある人でしたから、香蓮さんに歯向かわれtら厄介だと思っていたのでしょう。わたしと香蓮さんが仲がよいことは、クラスの人ならば知っていたでしょうから。


わたしは、香蓮さんに助けを求めませんでした。


ここで彼女に助けを求めてしまったら、まるで彼女を利用しているような気がしてしまうからです。わたしに原因があるのに、香蓮さんの立場が悪くなるようなことはさせたくありませんでした。


しかしどこから聞いたのでしょうか、香蓮さんはわたしがいじめられていることを知ってしまったのです。


悪鬼羅刹。傍若無人。


罵詈雑言の限りを尽くして、香蓮さんは女王を追い詰めました。女王が少しでも発言すれば、その粗を見つけてそこを突きます。どこまでも香蓮さんは徹底的でした。


結果、あまりにもやり過ぎてしまい、女王は教室で泣き出してしまいました。今度は逆に、香蓮さんが咎められる側となりました。


「いくらなんでもやりすぎ」「女王がかわいそうじゃん」「謝ったほうがいい」「その通りだ」「しゃーざーい」「しゃーざーい」「しゃーざーい」「ほら早く」「もしかして謝れないの?」「謝れよ」「ちょっと調子に乗ってるんじゃないの?」


教室のすべてが香蓮さんに敵対しました。これが狙いだったのでしょう、女王の口元がにたりと歪んでいました。しかし、皆の視線は香蓮さんに向いているので、わかりません。わたしと、おそらく香蓮さんだけが、女王の思惑に気付いていたでしょう。


教室の中は、悪意が渦巻く坩堝と化していました。女王に扇動された正義ある悪意が、香蓮さんに向けて放たれていました。


見てられませんでした。


見ているだけの自分がいやでした。


だから、わたしは席を立ち、香蓮さんのために動こうとしたのです。


「うるさいっ!」


けれど、そのタイミングに合わせるかのように、香蓮さんは叫びました。教室が一瞬にして静まり返ります。


その静寂の間隙を縫うように、香蓮さんは言葉を叩きつけました。


「今まで散々薫をいじめておいて、少しやり返されただけで被害者面するな!」



あの件があって以来、クラスで香蓮さんに話しかける人はいなくなりました。その原因となったわたしも同様でした。


だいたい一年ほど前のことです。


そのときもこのベンチに二人で座りました。香蓮さんはただ、怖かったと、でも助けられてよかったと、そう泣きじゃくっていたのです。


わたしはそっと香蓮さんを抱き寄せて、頭を撫でてあげました。


香蓮さんが泣き止むまで、ずっと。


不謹慎でしょうが、このとき、わたしの胸はものすごく高鳴っていました。どきどきと、この音が香蓮さんに伝わってしまうんじゃないかと思っていたのを覚えています。


そして今日、その公園に、わたしは香蓮さんを呼びました。


先に来ていた香蓮さんのもとに走って向かうと、息が切れてしまいました。もともと体力のないわたしですから、当然なのですが。


そんなわたしに、香蓮さんは「息を落ち着けて」と言います。


大方息も落ち着いたところで、わたしは香蓮さんの隣に座りました。



「話したいことって何?」


私は薫に聞いた。できるだけ声が鋭くならないようにしているが、出来ているだろうか。自分ではあまり自信がなかった。


「話したい、こと」


薫は言葉を切る。よほど言いづらいことなのか、視線もどことなく揺れている。マフラーを少しだけ持ち上げて口元を隠す。


「話したいことが、あるんです」

「うん」

私はただ相槌を打つ。

下手に喋って、薫の邪魔をしたらいけないから。

薫は息を一つ吸って吐いた。それで決意ができたのか、気分が落ち着いたのかはわからないが、瞳は真っ直ぐにこちらを向いていた。



わたしは言いました。


「女の子が女の子を好きになるのは、いけないことなんですか?」



女子が女子を好きになってはいけないのか。


最近よく議題に上げられることが多い、LGBTのこと、だろうか。


「薫は、女子を恋愛対象として見ている、っていうこと?」


そう聞くと、薫は静かに、けれどはっきりと首を左右に振った。

どういうことだろう。それ以外に考えられないと思っているのだけれど、他に何か可能性はあるかな。強いてあげるならバイセクシャルというのもあるけれど。


「その人は、不器用なんです。いろいろなことをはっきりと口に出して言えるのに、肝心なことは言えないんです」


「……そうなんだ」


そんなに不器用な人を、薫は好きになったのだろうか。だから女子を好きなわけではなく、その人のことが好きだと、そう言いたいのだろうか。


「その人には、何か言ったりしたの?」


告白とか想いを伝えるとか、そんな直接的な表現をせずに『何か』と誤魔化して言うあたり、私も臆病だなと思った。


「いいえ、まだ言ってません」



今から言うんですから。



「わたしは、香蓮さんのことが、好き、です。友達として、じゃなくて……恋人として、です」


そう薫に告げられたとき、衝撃がなかったと言えば嘘になる。戸惑いがなかったと言えば嘘になる。


思い当たる節はあった。何をするにしても、薫は距離が近かったように思う。でもそれは、薫にとっての友好の証のようなものだと思っていた。


そう思わないと、勘違いしてしまうと思ったから。


だから私はそう思い込むことにした。自分の気持ちを偽った。


薫のことを失いたくなかったから、薫と離れるのが嫌だったから。自らの想いを隠して、装って、薫と接していた。


本当の想いと表面の心が不協和音を起こし始める。


偽って、隠して、だからこそきっと失ってしまっていただろう。失ってから、失うくらいなら最初から手にしない方がマシだったと、そう思いたくないから。


だから、薫は今日、私に一歩踏み出してきたのだ。


もし失うとしても、その人に自分の足跡が残るように。


意を決して、私に嫌われても構わないくらいの覚悟だったのだろう。薫の目には涙が溜まり、今にもこぼれ落ちそうになっている。それでも顔は、顔だけは笑顔にしようとしているから、くしゃくしゃになっている。


つくづく私は情けないと思う。


薫をいじめから助けたときだって、助けられたかどうかは果てしなく微妙なところだし、今もそうだ。


親友に、ここまでしてもらわないと、自分の気持ちもさらけ出せないなんて。ほとほと自分が嫌になってくる。


いつも私はどうしている?


思い付いたら即行動。言葉よりも先に動いてしまうのが私だ。


だから私は、言葉よりも先に行動で、自分の想いを示した。



唇に、柔らかい何かが触れました。


同時に、香蓮さんの顔がすごく近いところにあります。目は閉じられているようです。


わたしの頬を何かが伝いました。それは頬に添えられている香蓮さんの指にも伝っていきます。


香蓮さんは顔を離すと、こちらの目をはっきりと見て言いました。


「私も、ずっと前から同じ気持ちだった」



「薫が離れてしまうんじゃないかと思って、今まで言い出せなかった」


本当は、昔から好きだった。伝えたかった。


自分の気持ちを語ることがこんなに恥ずかしいなんて。絶対に顔は赤くなっているし、もう薫の顔も見ることができない。


「香蓮さんも、わたしのこと……」

「うん、好きだよ、薫」



ベンチに二人の少女が座っている。一つのマフラーを二人で巻いて、幸せそうに笑っている。


二人とも少しだけ、目が濡れていることには気付いていない。


万人が受け入れるとは思わない。皆が受け入れるとは限らない。


けれど二人は、確かに想いを伝えあったから前に進めた。


一人の少女がおもむろに手のひらを上へと向ける。


彼女たちを祝福するように、雪がゆっくりと降り始めた。

だいぶ短めにまとめましたが、もう少し長くてもよかったかなと思っています。最後あたり駆け足でしたので……。

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