痴上最大の作戦
女体化…それは男子の夢である。異論は認めない。
水を被れば女性となる漫画が大ヒットを飛ばし、年頃の女子と精神が入れ替わる映画が日本中を沸かした事実から、この要素が如何に人気かが分かろう物。
そもそも性転換云々より内容が評価されたのではないか___との正論はさておき、創作世界ではこの手のTS(TransSexual)物が数多く登場している。
身近に存在しながら、それでいて余りにも未知な性の差と云うのは何時の世も、どんな人間でも理解し共感出来る要素として人気なのだろう。
反面、現実世界での性転換は非常に珍しい。
これは世間からの目もさる事ながら、そも肉体を完全に変化させる事が尋常で無く難しい事を意味する。
それ程までに肉体とは未だ神秘の塊と言えるのだ。
…時は遡り、第二次世界大戦中。
この肉体の神秘に目を付けた、或る驚天動地の作戦が秘密裡に準備されていたのをご存知だろうか。
ヒトラー女性化計画。
今回は現代から観ると奇妙、しかし当時は大真面目に考案されたこれらの代物について記そうと想う。
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1.
説明しよう!ヒトラー女性化計画とは文字通りヒトラーを女体化しようとして考案された作戦である!
…待って頂きたい、私は別に狂ってはいない。
これは実際に計画された、真面目な代物なのだ。
当時ヒトラー率いるナチスはドイツで圧倒的な人気を誇っており、かの総統の下で故国を勇躍させんと国民一同が力を合わせ、凄まじい勢いで国力の増大及び敵対国への侵略を行なっていた。
対するアメリカを初めとした列強各国は頭を抱える。なにせ相手が技術力に優れ、且つ士気に溢れて戦意に満ち満ちた、何とも面倒臭い敵と化したのだから。
それもこれも指導者たるヒトラーが扇動の術に長けており、自らの話術で国民を熱狂させたのが原因。
各国はこのチョビ髭の総統を如何にかして打倒しようと様々な作戦を考案し、実行し続けていた。
先ずは単純に暗殺を試る。成る程、死ねば間違い無く居なくなるのだから実に分かり易い。
が、これが悉く失敗。ヒトラーは非常に警戒心が強い人物で、外出する際は大勢の護衛を引き連れ、演説をする際は万全の警備を毎度敷く徹底振り。
これでは手も足も出ない…そも殺せた所でドイツが止まるとも限らない。寧ろ『殉教者』として英雄に祭り上げられ、更に苛烈さを増す危険すら有る。
そんな訳で暗殺案は否定され、次第に違う方向へと向かい始める。即ち、総統自身の魅力を削ぐ方向に。
彼個人の悪評を流して信用を貶める、毒物を用いて舌を麻痺させ話術を封じる、なんか凄い匂いがする液体をぶっかけて激烈な体臭を醸し出させる等、様々な方法が考案され実行されてきた。
しかし、どれもこれもが上手くいかなった。
ヒトラーの警戒は厳重を通り越して異常と化しており、日々の食事ですら自分が選別した農場の物しか食さず、更には毒見役を毎回用いる始末。
どんなに準備を万端に整えても総統本人が気紛れを起こして全部が無駄になる事も屡々で、対策本部は確実に成功する方法を考え…一つの案を閃いた。
女性ホルモンを大量に注入し、身体機能そのものを変貌させる。そう、つまりは女体化の作戦をだ。
2.
一見するとトチ狂ったかの様な発想だが、その実は意外と合理的な理由から生み出された物だった。
ヒトラーの人気を支える物は国民を魅惑する声、象徴的な髭による強烈な印象、そして過激的な発言。
これらの問題は女性ホルモンを投与する事で解決出来る物と当時は考えられていたのだ。
男性ホルモンが減少する事は即ち、男性的で無くなると云う事。髭は抜け落ち、声も高くなってしまう。
ホルモンの平衡を突如失う事は精神のバランスを崩す事を意味しており、過激的な言動はより感情的な方向に増長し、失言や失態を繰り返す様になるだろう。
そうすれば自然と民心は離れていき、かの帝国は瓦解するだろう…と思われたのだ。今だと発言が一部でも漏れれば炎上待った無しの作戦である。
さて、この計画は特に反対も無く実行された。
単純に当時は何でも試してみるもんだ精神だったり、総統の毒見役は女性が主だったのでホルモンの影響が薄く、計画が露見し辛い利点も有ったからだ。
そんなこんなでヒトラーお気に入りの農場野菜に件の濃縮ホルモンを忍ばせ、まんまと食べさせる事に成功した対策本部。
これによって総統からは男らしい要素が抜け落ちていき、代わりに穏やかで包容力の有る存在と化す。
逞しいヒーローから、麗しいアイドルへとだ!
ま、そんな訳無い。
ご存知の通り、アドルフ・ヒトラーが女性となった記録は存在しない。
あのチョビ髭が消え去る事も無く、苛烈な発言が改まった事も無い。声とて同様に変わり映えしない。
アメリカ諜報部曰く『効果は見受けられない』と公式に発表されたり散々な結果を出した。夢は所詮、夢でしか無かったのだ。
とはいえ実は結構効果を出していたのでは、との話も存在する。と云うのもヒトラーが体調不良を訴え始めた時期と同作戦の実施時期が割と近いのだ。
公式で否定されたとの話も毒殺の効果を仄めかして失敗と語っており、単に相手に悟らせない為の偽装工作の可能性も有る。
もしかしたらヒトラーの髭は付け髭と化し、変化した肉体を厚着で誤魔化していたのかも知れない。
総統が女性となった世界は確かに存在したやも知れぬのだ。無論限り無くゼロに近い話、ではあるが。
3.
この様に実際に投入されながら、大した効果を出さなかった兵器・作戦はごまんと存在する。
かの奇天烈兵器…もとい紳士的発想の持ち主であるイギリス等は顕著な物で、安全に防塁を破壊したい→車輪にロケットと爆薬付けて突っ込ませれば良いのでは?→こっちに戻ってきてるんだけど。となった『パンジャンドラム』は最たる存在。
ハジャイルと云う兵器は空中から重たい物(戦車・物資・時に拠点そのもの)を素早く投下したいとして、じゃあ板の下にロケット括り付けて逆噴射させれば良いじゃん!そうすれば衝撃が和らげられるから安全に着地出来る筈!との発想で考案された。
結果ハジャイルは幾つか試作されたものの、一つは逆噴射のタイミングが遅くて地面に衝突、一つは威力が強過ぎて思った以上に浮き上がってしまい地面に衝突、一つは丁度良い高度にはなったもののロケット噴射の終了が各々異なった為に姿勢を崩して逆向きになり地面に衝突と、碌な結果にならなかったと云う。
そもコンピュータが未熟で複雑な軌道計算、緻密な点火処理を人力でする必要が有った時点で無謀な考えでは有ったのだが___何にせよ失敗が響いてハジャイルが日の目を見る事は無かった。
最新兵器がこの奇天烈振りなのだから急増兵器は尚更の事。イギリスでは本土決戦用にと自宅でパイプを加工する事で作る金属製の『槍』や、馬や人が押して運ぶタイプの大砲や手込め式の銃(因みに精度最悪)にとタイムスリップしたかの様な物が続々登場。
この時点で中々に凄まじいのだが、この手ので極め付けの代物は敵艦隊撃退の為に行われた作戦だろう。
なにせ自軍の船にしこたま爆薬積み込んで突貫し、ギリギリの所で脱出・大爆発を起こして港ごと木っ端微塵にしたのだから。もはや映画そのものである。
死者が大量に現れ捕虜も続出、本国に戻れたのはたった5名と云うのも物語性に拍車を掛ける。
事実は小説より奇なりとは時折聞く言葉だが、こんな現実が実際に起きると想像する事は、如何な創作者でも不可能と言えるだろう。特に、紳士的な行いは。
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奇妙奇天烈な作戦・兵器が大戦中には数多い。
氷山を空母に転換するとか、銃身が曲がりくねった物とか、風船に爆弾括り付けて飛ばすとか様々だ。
それらの物は提案だけされて正式採用には至らなかったり、実際に使用されたが思った様な成果を出せなかったりなど、余り好ましい結果は残していない。
が、だからと云ってこれらの代物が無駄な存在、笑われるだけの道化でしか無いと言われれば、それもまた違うと言えるだろう。
例えばパンジャンドラム。海岸を爆走した火の車はその発想をミサイルとして昇華し、現代戦に於ける主力兵器として長らく鎮座している。
或る国ではコウモリやハトを用いて誘導出来る兵器を造ろうとした。
これは一笑に付された提案だったが、誘導兵器が如何に強力かは後の戦争が幾度と無く証明している。
以上の様に突飛で奇妙な物に見えたとしても、その実、現代に通用する発想で在る事も少なくない。
そう考えてみればヒトラー女体化計画も満更狂気の産物とは言えないのかも知れない。検知されず、確実に害を与える毒と考えれば有用な代物なのだから。
それにこのホルモンを研究した結果、医療関係での技術と見識がより深まった事は疑いようが無く、現代での貢献度は高いとすら言えるだろう。
一見無価値と思えても、見方を変えれば有用技術。
時間を掛ければ洗練されて優れた代物となったり、人々の役に立つ可能性は十分に有る。
そう考えると無駄な発明とは、もしかしたら世には存在しないのかも知れない。
空中でくるくる回って失敗を繰り返したハジャイルとて、その失敗経験が現代でのロケットの逆噴射による離着陸にて活かされていると知ると、そんな考えを思わずにはいられないのだ。




