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歴史人物浅評  作者: 張任
91/160

贖事

飽食の時代と現代は言えるだろう。

店では様々な食材が無数に並び、外を歩けば多種多様な異国料理を食す事が出来、ネット上では食べた物の批評を素人が投稿するも珍しい光景では無い。

最早この世に喰えない物は無いと断言出来る様な状況だが、しかし現代になったからこそ食す事が出来ない代物も存在する。


カニバリズム。


今回は禁忌として恐れられる所業、人が人を喰らうと云う事について記そうと想う。


 ______________


1.

カニバリズムとは食人行為、および習慣の事である。

語源は16世紀、欧州航海士に恐れられたカリブ族。

彼等が敵対勢力を襲撃し、捕虜の人肉を喰らうとの噂を航海士が故郷で話したのが由来とされる。

実際の真偽は定かではないが人喰いならば人として扱う道理も無い、故に奴隷として扱っても良いとの法案が出来、現地で人間狩りが横行したのを見るに単なる大義名分の創作の可能性も無くは無い。

ともかく、奴隷として捕まり売り捌かれた際に『人喰いのカリブ族』と説明が為され、これが時間と共に変容し食人行為そのものに意味が変化した様だ。

さて一口に食人と称しても全てが同一とは限らない、その結果に至るまでには様々な理由が存在する。


飢餓に陥った際の、緊急避難としての食人。

医薬品として扱われた、治療としての食人。

敵対者への憎悪から来る、刑罰としての食人。

宗教的な考えで行われる、神秘としての食人。


基本的に上記の4つが主なカニバリズムの目的とされ、世界各地でそれこそ無数の実例が残されている。

中でも最も多いのは飢餓による物であろう。

技術の発達や品種改良、土壌の改善に膨大な河川工事が行われた事で現代では食糧事情は大分改善されたが、それ以前の過去では天候の問題で作物が全滅するのも珍しくなく、その度に大規模な飢饉が発生。

餓えに喘いだ所で食べる物は存在せず、最終的には命を永らえる為に人肉を喰らう禁忌も屡々起きた。


この事例は時間、場所、人種を問わず無数の実例が世界中に存在しており、如何に『食べる物が無い』と云う問題に人類が困窮していたかを示していよう。


麦を喰らう蝗の文字に『皇』が付くのはそれだけ社会に影響力が有った事を意味しており、中国では飢饉で人肉を喰らう時用の手順が用意されていたと聞く。

日本に於いても戦国時代、かの豊臣秀吉が行った兵糧攻め…所謂『干殺し』の際、標的とされた城内で人喰いが蔓延る地獄絵図と化した。

人間が人間で在るには倫理が必要だが、その倫理は余裕が無ければ保つ事が出来ない。一度その箍が外れれば獣の本能が理性を凌駕するが摂理なのだろう。

倫理とは社会を構築する物、その社会とは生命を護る為の物で在る以上、その前提が覆されれば人は人で居られないのだ。


2.

では人間の最たる部分、知性から行われた食人行為…医療目的でのカニバリズムとは如何な物なのか。

古代の医療と云うと祈祷等の呪術的な物を想像しがちだが、実際には記録を綿密に録って効能を地道に調べる、現代と然程変わらない思考の医学だった。

例えば古代ローマでは外科手術用の道具が幾つか用いられており、病気が発生する原因を四色の液体で示して、発汗や嘔吐の理由を究明している。

中国の三国時代で『神医』と謳われた華佗は麻酔を開発し、日頃の運動こそが要であると体操に依る健康法を考案。現代でも重宝される代物となった。


そんな先進的な思考を持っていたにも関わらず、なぜ人食と云う物が治療薬として世に蔓延ったのか。

そこには人類史に於ける医学の不遇、もとい偏見が問題だったのではと個人的には思う。


現代では研究が進み、病気とは細菌の侵入や細胞の変異が原因だと知られているが、情報の集積や顕微鏡等の器具が無い過去に於いては病とは天の怒りや怪物の仕業なのだと思われていた。

無論上に記した通り知識層は現在と然程変わらない認識をしてはいたのだが、民衆に理解されるには証拠が圧倒的に足らなかった。細菌が肉眼では確認出来ない以上、その認識を信じさせるのは極めて難しい。

物語として説得力が高い神秘的な方向に人々が流れてしまっても致し方無い状況だと云えよう。

実際に例を挙げると古代のミイラを粉砕した物を万能薬として重宝したり、問題の有る臓器と同じ箇所を食べれば快方に向かうと考えられていたりと、薬剤とする為の説得の仕方は様々。


ミイラは蘇るとの由来から再生の力を説いたり、健康な物と病気の物を食す事で取り換えるなど、いずれも現代から見ると怪しげな話ばかり。


しかしその怪しさは薬や知識、何よりも経験に溢れた現代だからこそ感じる物で、当時の人々はその限りでは無い。寧ろ納得いく論理に思えたのではないか。

病に苦しむ者は理解出来る説明を欲してはいない。

納得出来る理由を欲しているのだ。真偽は関係無い。

しかし肉を斬る事を命を奪うと忌み嫌い、執刀する医師を賤業だと詰った人々が、言葉一つで更に悍しい行為に及ぶとはなんとも因果な話と云える。


3.

野生的、理知的。二つの食人行為について記した訳だが、次に紹介するのは少し趣が違う。

刑罰的、宗教的な物は上のと違い利益を求めて行なっている訳では無い、そこに在るのは感情だけだ。

例えば某漫画で有名になったハルパゴス(ば~~~~っかじゃねぇの!?の人)は王から嫌疑を掛けられ、自身の息子を殺害されたばかりか、その肉を喰らう事で身の潔白を証明するを余儀無くされた。

中国では親族を殺害した怨敵の肉を塩漬けにし、涙ながらに食い尽くしたとの逸話が存在する。

これらの事柄は側から見ると意味を持たない行為に思える、無用な恨みを買うとして愚かにも見えよう。

実際にハルパゴスは息子を殺された恨みをずっと持ち続け、裏工作を行い王を失脚させている。


そんな危険性が有る事を承知の上で食人行為を行う・行わせるのは、やはり禁忌を敢えて犯させる事で感情を確かめたいとの思惑が有るからだろう。


本来ならば許されない行為。それでも同行為を行う事で忠誠を試す、もしくは尋常ならざる憎悪を表現出来るとの訳だ。

不確かな言葉では無い、確実な行動だからこそ王は相手を信じる事が出来た訳だし、怨敵の肉をも喰らう事でそこまでの怒りを持ったと感じ取れるのだから。

…では宗教的な食人は刑罰とどう違うのだろう。

宗教とカニバリズムを結び付けると不気味で怪しげな物が浮かびがちだが、実際の物は意外と大人しい。

食人行為を先祖代々から続けていた或る部族は己が行為の理由をこう語っている。


肉を取り込む事で一体となり、共に生きていく為と。


この考え方は特段珍しい物では無い、日本でも一部の地方では同様の考えから遺骨の灰を食む習慣が存在する。極めて特異な思考と云う訳では無いのだ。

件の部族が行うこれらの行為は異常性から来る物では無く、先祖を敬い愛する者の死を乗り越える為の、所謂葬式に他ならない。

無論、人が人を喰うのは特有の部分であり、それ故の弊害も存在する。人肉には人間の脳を萎縮させる効果が有り、著しく寿命を縮める危険性を孕んでいる。

実際、件の部族では上記の症状を発症する者が続出して急速に数を減らし、一時期は族滅の危機にすら瀕した。周辺各国の調査や対処が無ければ滅びた可能性は極めて高いとすら言えるだろう。

しかし、それを以て彼等の習慣を弾劾する事は出来ない。何故ならばその文化には確かな意味が有り、その意味は我々が普通に理解出来る事柄だからだ。


死と云う最期に解答を設け、人生に安心を得る為に。

悲しみに区切りを付け、前に進む為の儀式として。


 ______________


人間の肉を実際食すと牛肉と羊肉の間、食べた事は無いが香ばしく、美味しく頂ける味がすると云う。

まあ人間自体が動物の一種なのだから、その肉も他の動物と同様に食べられるのは不思議でも無い。

人間が人間を喰らうと脳が萎縮するのも同種間での争いを起こさない為にそう進化したとも捉えられる。

となれば人類は決して特別な存在、他の動物と異なる物では無いと上記の事柄からは思えてしまう。


そも同種殺しは他の動物でも行われる行為だ。


鼠は飢餓状態に陥れば共食いが始まるし、ストレスを感じれば何でも齧り始める。例えそれが同族の尻尾や肉だとしてもお構い無しに。

猿は自らの地位を確固たる物とすべく戦闘を行って結果として殺害する事が有るし、鳥とて雛に餌を与える際に取捨選択をして巣から叩き落としもする。

姿形同じくする者を殺めるのは自然界ではありふれた光景とすら言えるかも知れない。しかし、それでもなお人間は特殊な個体と断言しても良かろう。

なにせ他の種族と比べても取り分け理由が多い。


利益を求めての物以外に一見すると意味の無い、感情や思想から来る食人行為は特有の物と云えるだろう。


生存や権力以外の目的で同種を殺す生物は人間以外に存在しないと聞く。それは知恵を持ったが故の原罪と言えなくもないが、獣と人の間で苦しむ事が『人間』に課せられた進化の為の試練とも考えられよう。

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