嵌る。
美味しい話、旨い話に人は兎角乗り易い物である。
不労所得、楽して高収入、人生の一発逆転。
実に魅惑的な言葉の数々だが、基本この手の謳い文句は信用出来る代物とは到底言えない。
極々限られた人数しか利益を享受出来ないとか、そもそもが犯罪行為だとか、場合によっては儲け話をする事自体が儲け話だったりとか理由は様々。
俗に云う所の『絶対という言葉は絶対に信用するな』という奴である。
しかし幾ら注意されても甘い言葉に誘われて失敗する者は後を絶たない。人のみならず、国までも。
アルバニア。
今回は最高権力者の思想に翻弄され、結果として世界からは孤立し、剰え全国民が騙される詐欺に遭遇した悲劇の国について記そうと想う。
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1.
アルバニアは欧州に存在する国の一つである。
国の象徴として鷲を掲げており、これは同国の歴史に於いて大国から独立を果たした際、当時の君主が戦旗に描いたのが由来となっているそうだ。
『我々は屈強な者の子孫である』…その事実と矜持を子々孫々まで忘れない為に、と云う事なのだろう。
しかし彼の国が辿った歴史は強者の足跡と云うより、時代に翻弄される難民的な印象が強い。
それは国家の一面、宗教の部分からも窺い知れる。
なにせキリスト教の本場たるヨーロッパにて唯一、イスラム教徒の方が数多く存在するのだから。
これは上記の大国がイスラムを国教としており、同国支配時に政策として改宗を推し進めていたからだ。
基本的に宗教を変えさせる際に強制力を用いるのは得策では無い。
反感を買って領内の治安を悪化させるだけで終わってしまうし、仮に国内を安定させたとしても陰で信奉する者が現れる。寧ろ集団の結束を強め、厄介な自治勢力と化してしまう事だろう。
それよりかは教義を地道に説き、領民の満足いく政策を行う事で信用を得、寛容に公平に統治を続けて心の底から信奉させれば衝突する事も無いのだ。
寧ろアルバニアでは意識のみならず宗教すらも融和してしまったらしく、同国でのイスラムは本場の物と大きく様式が異なり、更には禁忌行為も或る程度取っ払われた別物に変貌を遂げたと云う。
どの神が真実なのかで争い、教義に反すれば処刑も珍しくない宗教界隈でこうも自由にする国は珍しい。
信仰について寛容なのはアルバニアの美点だと言える。が、しかし。この美点こそが同国に問題を起こす引鉄となったのも事実だったりするのだ。
2.
大国が公平で堅実な統治を行ったと上記したが、ではそれでアルバニアが幸福になったのかと問われれば、そうでは無いと断言出来よう。
幾ら道理に則り、人道を往く政治がされたとしても所詮は支配されている側。大国の情勢が悪くなれば真っ先に切り捨てられる存在だし、領土内で問題が起きれば擦り潰されても文句は言えない立場なのだ。
更に言えば同国の当時の識字率は脅威の5%で、明らかに不満を抱かせない様に教育を操作されていた。
このままでは遠からず故国の民は家畜ならぬ人畜とされてしまう、そう危惧した者達が団結・喧伝する事で民族意識が次第に構築。
独立の気運も高まり1912年に晴れて独立を成した。
が、そこからが問題の始まりだった。
周辺諸国は国家として認定したものの、アルバニアの人々が考えていた国境線を頑と認めず、極めて縮小させた猫の額程の土地のみを領土と認定したのだ。
それだけでは無い。統治者が居なくなった事で一時的な代わりをと他国から指導者を招聘したのだが、この人物が相当嫌々で君主役を引き受けたらしく、現地民との間で幾度も衝突を起こしてしまう。
宗教面での介入(他所からすれば元に戻そうとしたのかも知れないが)に加え、そも自分達の国が舵取りを異国の者に任せる事に難色を示していた勢力も国内に存在し、国内は一触即発の緊張状態に陥る。
更に更にはアルバニアの脆弱な統治に目を付け、野心を持つ国家が支配権を得ようと工作を開始。
統治一年目の時点で腹心たる大臣が異国から援助金を貰いクーデターを企てたり、前述の国内勢力を唆して内乱を起こさせるなど、もう滅茶苦茶。
結局この統治時代は僅か半年程度で終焉を迎える。
第一次世界大戦が勃発した事で人心の掌握すら儘ならぬ内に他国から兵の動員を要請され、完全にやる気を喪った件の君主が全てを棄てて亡命したからだ。
この一件でアルバニアは政府が存在しなくなり、各地で有力者が支配する戦国時代さながらの状態になったと云う。
これだけでも相当な痛手だが悲劇は未だ続く。
内部抗争の果てに漸く民族が纏まり、今度は君主の居ない議会制の共和国を創ろうと考えたアルバニア。
が___これも三年も持たず崩壊。大統領に任ぜられた人物が権力を護るべく、強引に君主制へと変更。
自国の様々な宗教・価値観を持つ人間の意志を統一しようとして、当然の事ながら反発を受ける。
この混乱に乗じて隣国が侵攻を始め、以前同様寧ろ以上にアルバニアは荒れた。もう…荒れに荒れた。
終わってしまえば全ては元通り。またしても無政府状態に戻った同国の民衆は、何時しか一つの思想に希望を見出す事となる。
社会主義。国民全員で国家を動かす新しい政治に。
3.
君主に議会にと双方で酷い目に遭わされた手前、社会主義にアルバニアが望みを抱くのは無理からぬ事。
しかし流石に二度も政治で問題が起きたとなれば警戒心も強まるもの、同国の国民はもう失敗するものかと指導出来る人物を必死になって探し回った。
そして遂に権力にでは無く、純粋に社会主義を追い求める人物を探し当てる事に成功。
これで今度こそ真っ当に政治が始まる…筈だった。
しかし…ここでも問題がやはり起きてしまう。
信じて迎えた為政者、彼が余りにも純粋だったのだ。
ここでの純粋とは意固地、頑迷の事を云う。
彼は社会主義に底の底から心酔しており、これこそが最良の方法だと信じて疑わなかった。
故に少しでも批判的・懐疑的な発言を行った他国には憤慨し、国交を即座に断絶。
それをまあ国益を無視して連発したもんだからアルバニアと関係を持つ国家は凄まじい勢いで減少し、欧州の真ん中に位置していながら孤立してしまう。
そんな陸の孤島、近代の鎖国と化した同国であったが、それでも他の社会主義を掲げる国とは関係を持っていた…そう持って『いた』のだが。
件の為政者は原理主義者でもあったようで僅かな差異すらも認めず、これらの極小数の関係国との国交も断絶し、名実共に誰も知らない幻の国と化していく。
当時の状況は混迷を極めたと言っても等しく、周辺諸国の武力に対抗する為と国民全員に武器を配布して皆兵化し、領土の全域に渡りトーチカを大量設置。
宗教による悪影響と無神を標榜し、一切の宗教活動の禁止を宣言・実施するなど強烈な活動を行った。
幾ら平等が尊いといっても加減が有る、皆一様に貧乏になる為に政治を頼んだ訳では無いと少なからず国民は不満を抱きつつも、有能かつ欲では無く思想で動いていたかの御仁には付け入る隙が存在せず、1985年に当該の人物が死去するまで体制は続いた。
1990年、他が自動車を使っているのに、アルバニアでは馬と牛が最先端の移動手段と云うのは馬鹿らしいと、漸くと他国との技術格差を埋めるべく国交の回復や共和制の復活、産業の勃興を目論むも既に遅し。
長い長い鎖国は同国を時代から取り残しており、そんな無知の状態で彷徨う彼等は悪人の格好な鴨でしか無かった。
1990年代から1997年に至るまで、それまで資本主義のしの字すら知らなかったアルバニアの人々は犯罪組織の資金洗浄を行う生贄に選ばれ、大規模なネズミ講を仕掛けられて根刮ぎ資産を奪われてしまう。
しかもこの詐欺にアルバニアの大臣やらが深く関わっていたと云うのだから、なんともはや。
事此処に至り裏切られ尽くした国民は完全に政治を見限り、皆兵政策時に渡された武器を用い、自身の手で自分の生活を護る方針へと生活様式を変更。
今現在に至るまでこの状況は一切変わっておらず、同国の特産品といえばマフィアとの笑えない冗談が罷り通る、正に修羅の国と化している。
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アルバニアの歴史を紐解くと実情は雄々しい鷹というより弱々しい雛鳥の様な物に感じてしまう。
基本的に何時如何なる時も他国から蹂躙されており、内部からの希望も権力や財産に目が眩んで大概碌でも無い結果に終わっている。
国家を急変させ、国交を破壊し尽くした社会主義時の為政者が国内では学問を奨励して識字率の上昇(5%から97%との脅威)や、それに伴う医学の発展に食糧自給率の発展に寄与したとして同国の中では評価されている方と言われれば、如何にアルバニアが政治で酷い目に遭わされてきたかが窺えよう。
特に1990年と云う極々最近に於いて国家絡みで国民を騙して金銭を巻き上げる最悪な行為を引き起こされたとなれば、最早政治を信用しろとの方が無理難題。
自分達の力で生きていくとなるのも無理からぬ話だ。
とは言え、アルバニアの未来が崩壊の一途を辿っているかと問われればそれも違うと答えられるだろう。
欧州屈指の極貧国とされ、実際に貧困に喘ぎながらも努力を続けて世界へと羽ばたいた人材も多く居る。
スポーツ選手、俳優、歌手など様々な分野に渡り活躍する彼等の姿を見、明日への希望を持って故国を善き方向へ向かわせようと意志が芽生えつつあるのだ。
それだけでは無い。彼等が活躍する事で世界の注目も集め、アルバニア自体が幻では無くなっている。
今後、悪意有る者が同国を利用しようとしても周囲の監視が一定以上を保てれば未然に犯罪を防げよう。
雛鳥とて時間が経てば雄々しく羽ばたく鷲となる。
周囲の大人達による庇護と前に進む意志が在る限り、成長が止まる事は無いのだから。




