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歴史人物浅評  作者: 張任
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ゴブリンの王。

MTGと言うカードゲームをご存知だろうか。

正式名称はMagic: The Gatheringとされ、世界最初のTCG(トレーディング・カード・ゲーム)として名高く、長い歴史を誇る代物だ。

そんな多数のカードが収録された作品中に一枚、紹介したいカードが有る。タイトルにも記したが『ゴブリンの王』だ。

MTG内ではゴブリンは陽気な愚か者として描かれているが、その王ともなれば段違いに頭が悪いらしい。なにせ性格等を示す説明にこんな事を残される有様なのだから。


『ゴブリンの王になるには、先代の王を暗殺しなくてはならない。故に、もっとも愚かな者だけが首領の座を目指す。』


古代ローマ。この世の栄華を極め、知識の最先端を誇ったかの地にて、上記の言葉通りの事を行った面々が居る。

為政者の首がころころと変わり続け、名前が変わるばかりで全く政治が働かない時代を一つに纏めて人はこう呼ぶ。


軍人皇帝時代。


今回は目紛しく情勢が移り変わりながら、実態としては大して世界が動いていない、寧ろ国家的に最悪な方向に突き進んだとしか思えぬ行動を取った彼等について記そうと想う。


 _________________


1.

軍人皇帝時代とは、かつて隆盛を極めたローマ帝国が陥った暗黒時代の事である。時期から『三世紀の危機』とも呼ぶ。

当時のローマはそれまでの皇帝の失政が原因で財政的に危機的状況に在り、国家運営に常に四苦八苦していた。

にも関わらず領土は依然として広いままだったので、国庫は常に空っぽの火の車状態。更には広がり過ぎた国境を護る為、これまた大量過ぎる軍隊を捻出したが故、軍人の立場が大きくなり過ぎて独断専行が目立ち始める有様。

最早末期と言っても差し支えない状況だったのだが、この暗澹とした空気を更に深める事件が起きてしまう。


権力的には最上の位置に居る筈の皇帝が、手足として扱うべき軍隊の不興を買って逆に殺害されてしまったのだ。


計画していた訳でも無い、極めて突発的な統治者の喪失は国内に混乱を招く。そうで無くとも積もり積もった過去からの負債が国家経営を苦しめ続けていると言うのにだ。

更には問題を起こした軍隊側が反省すらせず、あろう事か自分達の大将を皇帝に据えようとしたのだから堪らない。

この暴挙に国内の政治を実質的に担っていた貴族達は怒りを露わにするも、だが敵対する気概までは持てずにいた。

この時点で軍人が自分達を遥かに凌駕する力を有していたからだ。逆らっても踏み潰されるだけでは如何しようも無い。彼等は泣く泣く軍人が望む皇帝、軍人皇帝を正式に承認した。…これが暗黒時代を呼ぶ引鉄と化す。

本来ならば皇帝の選出は貴族の仕事で在り、そこに他者の意志が介在する余地は無かった。しかし今回、その貴族達が力に屈して意見を容認してしまったからだ。


歴史も、道理も、機構も、全て反故にすると如何なるのか。

答は単純。より強い暴力を持つ者が権力を握るだけの事。

それはつまり、忌み嫌う蛮族の時代へと遡ると言う話だ。



2.

安全を求めて妥協してしまい道理を捻じ曲げた結果、後に大混乱に至る前例を認めてしまったローマ中枢部。

この一件は本当に凄まじい悪影響を国内に及ぼした様で、同時代中は貴族が正式に認めた者ですら二十数名、勝手に僭称した者も含めれば四十名近くが『皇帝』を名乗る異常事態を招いた。たかだか五十年程度の短期間でだ。

数が多くて時間も掛かってないとなれば、その内実がマトモになる筈も無く。案の定、碌でもない事態が始まっていく。


先ず就任当初から自称皇帝が各地に登場。既に大事である。


この時は不満を抱えていた貴族側も軍人皇帝と助力して撃退に成功。争乱の火種を消す事が出来たのだが、両者の協力関係はこの一件だけで早々に消滅してしまう。

と言うのも憂いが無くなった皇帝は以降、外征だ防衛だで戦争に明け暮れたからだ。戦が起これば給金が出、場合によっては領地も獲得。乱暴狼藉何でもござれと万々歳。

しかし喜べるのは利益を享受出来る軍人位で、政治を取り仕切る貴族や各地を治める領主達は戦費調達に青息吐息。

食糧は莫大に必要になるわ、装備一新や追加の為に金が出ていくわ、貴重な労働力を根刮ぎ奪われて税収が見る見る内に減少していくわで頭痛の種は増える一方。

そうで無くとも限界寸前の国家予算だと言うに、極め付けは皇帝の度重なる戦勝報告である。問題の諸元なのにのうのうと自分の戦果を誇り、剰え報償金を要請する。幾度も幾度も、何度となく。我慢していた貴族側も此処で遂に弾けた。


238年、皇帝の統治に怒りを爆発させた領主の一人が叛乱。

この機に乗じて貴族達はこの領主を新たな皇帝に任命する。


民衆もこれに呼応し新皇帝を歓迎した。皆、戦争戦争で疲弊していたからだ。この動きはローマ中に拡がり、殆どの人民が現皇帝を見限って新皇帝の側へ就いた。殆どが。

彼等は勝利を確信したが、最も大事な存在を忘れている事に気付かなかった。軍事力、兵士からの信望である。

幾ら貴族から御墨付きを貰い、民衆から熱烈な支持を受けても、それを通す実力が無ければ到底意味を為さない。

その力は当時の疲弊したローマでは、軍人だけが持ち合わせていた。そして、その軍人達が支持した結果が現皇帝。

…なれば結果は自ずと分かろう。


皇帝は王座に居座る逆賊を討伐しようと意気揚々と戦地に向かうが、逆に味方の軍隊に裏切られて敗北して戦死。

その一報を受けた皇帝の父親、貴族の実力者は哀しみの余りに自殺してしまい、その勢力を一気に衰退させる。

時間にして僅か30日程の、一月皇帝と名を遺すのだった。



3.

一世一代の大攻勢が、まさかの一瞬で終幕を迎えた貴族。

一連の流れは最早彼等に力が無い事を如実に示し、それと同時に彼等が任命する皇帝の威厳をも粉々に破壊した。

これ以降貴族は形を潜め、軍人達が担ぎ上げる皇帝…と言うか軍人そのものが活発に行動を開始する。混乱の方へと。

先ず初代軍人皇帝は内戦の果て、厭戦気分の味方によって殺害された。彼等への対抗馬として担がれた者達も、敵を失った事で味方同士で啀み合い最終的に何方も味方に殺された。

極短期間に指導者を亡くし過ぎて、適任者が居なくなった。

仕方無しに幼年の皇帝を立て、後見人を置いて成長を待つ事にした。が後見人が早期に死した。結果は如何なったか。


実質的に能力を持たない幼い皇帝は味方によって殺された。

子供と言えど軍人には邪魔でしか無い存在だったからだ。


最早皇帝は権威の象徴でも何でも無く、単に自分達の意見を通す為の道具へと成り下がる。皆が皆、国益を最優先に考えるのならばそれでも良かろうが、その中に利益を追い求める団体が複数存在するともう目も当てられない。

誰も彼もが王座を追い求め、誰も彼もが相手を蹴落とす。

全く以って碌でも無い、地獄の様な堂々巡りは延々続く。

無論、軍人皇帝の者等とて悪化する情勢を指咥えて眺めていた訳では無い。悪い流れを食い止めるべく策を弄した。

権威回復の為にと仇敵たる貴族と手を組む者、国内の混乱に乗じて攻め込んだ外敵との講和に奔走した者、政治専門・軍事専門に職を別けて各々の効率化を図る者など幾多。


しかし何もが失敗に終わり、そもそもが時代遅れと化した貴族に加担した者は信望を失い暗殺、外敵との講和で被害を食い止めようとした者は弱腰として軍人の怒りを買い殺害。専門職に別けた者は当初こそ皆に歓迎されたものの両者の対立を後々激化させる大きな要因と化す。


ローマの混乱は皇帝の代替わりと共に何時迄も続き、権限が君主に集中する専制になるまで終結する事は無かった。

漸く国内に落ち着きを取り戻した頃にはかつてのローマの栄光は影も形も見当たらず、属国からは舐められ独立を許し、無数の異民族から攻撃を受ける厳しい現況が残るのみ。

これ以降ローマ帝国は弱体を続けていき、遺された負の遺産を解決しようと四苦八苦するだけに留まってしまう。

その過程に於いても相も変わらず争乱を起こし、内応だ混乱だで国力を著しく減少。軈て1453年に強大な異民族帝国に敗れ、歴史の表舞台から姿を消す事になる。


 __________________



公式で二十数名、自称も含めればその倍の軍人皇帝が乱立したのは『三世紀の危機』と称されるのも仕方無い、ローマにとっての暗黒であり致命的な時代だと言えるだろう。

王の権威は地に堕ち、国家の威光は遥か昔の出来事に、争乱ばかりで国内は疲弊し、その機に敵が雨霰と押し寄せる。

にも関わらず権力の座を奪って内乱を続けた結果、国が滅びる要因を産み出したとなれば弁護の余地も無かろう。


だからと言って滅亡の原因が軍人皇帝だけに有るのかと言えば違う。彼等は所詮、負の方程式の答に過ぎないからだ。


そも彼等が台頭した背景には以前の利己的な政治への反発、軍隊を支持母体にした皇帝が実施した兵士への特権付与など、王に依る国家の私物化の問題が大きい。

最高権力者の行動を監視・批判する立場の貴族とて利権で絡み取られて機能を果たさずにいる事も多く、立て続けに皇帝選出で問題を頻発させた事も有って信頼を喪っていた。

民衆とて貴族や皇帝を批判しながらも自身が政治に興味を持つ事は無く、耳障りの良い方に流れては現実に直面し、勝手に怒り出して実力行使で上役を排除していく。

権力者が利己的に動き、役人が役目を放棄し、大衆が国家を認識しなくなった時、悪い方向に噛み合い現実に多大な影響を与え始める。その形が軍人皇帝だっただけの話だ。

そしてこの一連の流れは昔話などでは終わらず、現代に於いても変わらず、この世界の至る所で今も進行している。


利己的で、無責任で、独善が無限に蔓延る現代世界。

玉座を狙うゴブリンは今も何処かで高笑いをしている。

自分の喉元に突き付けられた凶刃に気づかぬままに。

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