主人公に「なろう」
英雄と言う存在に人は何時でも憧れる。現実でも物語でも。
夢を観る事に場所や人種、境遇や年齢は問わない。其れがどんなに無謀で荒唐無稽な物だとしても。
何故なら私達は知っているからだ。どんなに馬鹿馬鹿しく、実現不可能にしか思えない出来事でも時には起こる事を。
例えば何も持たない、裸一貫の身で中華統一を成し遂げた人物、光武帝・劉秀の様な漢が存在する事を。
「劉秀は天子となるだろう」
劉秀とは天下を統一し、更に言えば一度完全に滅んだ国をあっと言う間に蘇らせた中国史上一、二を争う傑物で在る。
冒頭の言葉は劉秀が子供の頃に出逢った占師の予言だが、実は此の言葉は今回紹介する彼の事を言った訳では無い。
当時の国政を担っていた人物の中に同名の人物が居り、此の人物が国を率いる事になるだろうと言う言葉だったのだが、図らずも本当の予言になってしまうのだから歴史と言うのは面白い物だ。
因みに此の時に劉秀は占師に対して『僕が皇帝に成るって事かい』と揶揄って、周囲の人々を大いに笑わせた。
劉秀は常日頃から、もし自分が思い通りの職に就けるなら宮廷を護る護衛兵に、理想の妻を娶るなら近所で評判の綺麗な子と実に慎ましやかな夢を語っていた。
そんな人が大言壮語を吐いたのだから、冗談だと思ったのだ。知り合いの翁も、仲の良い友人も、そして劉秀自身も。
後に此の漢が本当に皇帝に成るとは当時の全員、其れは本人を含めた誰もが知る由も無かった。
「将たる者は怯弱の時有るべし」
劉秀が世に名を轟かす切掛となったのが、元の王朝たる『漢』を廃して『新』王朝が創立された天下の簒奪事件。
此の事件を大体で説明すると、先帝が病死し後継者を決めようとした際、或る人物が皇帝の証の宝物を奪取、大義を得る為に偽の預言書まで使って後継者の椅子に座り、理想の国を創る為に前国家を棄てた、と言う感じの経緯。
だが此の人物の考える理想国家が時代錯誤も甚だしい黴が生えたかの様な古臭さで、其れまで曲がりなりにも安定した国家運営を破壊し尽くし、中国全土に混乱の大渦を招く。
内政は独り善がり、外交は敵ばかりを創り出し、其れでも自身を改めようともせずに理想論を掲げて暴走した。
このままでは国が滅びてしまう、そう思って王朝打倒に立ち上がったのが今回の主役で有る劉秀…の兄。
兄は勇猛かつ義侠心に篤い人物だったので国難の時に黙ってられんと立ち上がった訳なのだが、腐っても相手は官軍。
勝てるものかと他の民衆は物怖じし、兵は中々集まらない。
此処で活躍したのが件の劉秀で在る。
と言っても何かした訳では無い。単に兄の軍に入っただけ。
だが、其れが効果覿面。あれよあれよと人が集まって来た。
豪傑の兄と違い劉秀は臆病と言われる程に慎重な性格だった為、彼奴が行くなら絶対に勝てる戦だと安心したのだ。
『指揮は濃霧の中に確かな道導が存在すると思わせる技術』と或る将軍もとい、人は語る。
劉秀の指揮官の才能は最初期の時点で発揮されていたのだ。
さて此処までの話だと劉秀が凄いで終わるのだが、実際には招集話はもう少しだけ続いてオチが付く。
軍に集まった知人達が、どうして今に至るまで劉秀は入ろうとしなかったのかと噂をすると、当の劉秀がやって来た。
牛に乗りながら。
其処で漸く知人達は疑問の答えを知る事となる。
劉秀が入らなかったのは馬を買う金すら無かったからだと。
乗れれば良いやと考えて牛を持ってくる様な奴だからだと。
因みに此の牛、官軍を襲撃した際に奪った馬と交換される。
劉秀の兄としても格好が付かないと思ったに違い無い。
「物事、小事より大事は発する物也」
なんやかんやで兎に角、戦争に赴く事となった劉秀。
行く先々の戦で敵を千切っては投げ、一騎当千の武勇を中華全土に響き渡らした…りする事も無く。
やる事と言えば陣地設営、情報収集、外交の使者、味方との緩衝材と、徹底して裏方を演じていた。
しかし一見すると地味な仕事のみ行ってばかりに見えるが、彼のした作業は何れもが戦に於いて重要な事ばかりである。
陣地は言わずもがな、情報は先んずる者が勝利を得ると言っても過言では無く、外交は一歩間違えれば全面戦争、緩衝材の役割は功績を立てる度に作業と責任が増していく。
一つ取っても大仕事の此れを劉秀は四つも行い、そして其の全ての作業で見事な働きを彼はして見せた。
そして遂に劉秀の才能が天下に示される時が訪れる。
舞台は昆陽と呼ばれる地、演目は官軍との籠城戦。
主役の劉秀の軍は三千弱、対して相手は百万もの大軍。
数も質も気勢すら、何もかもが絶望的な危機に於いてだ。
此処で劉秀は包囲した敵百万の中央を打ち抜く脱出を行う。
此の時に彼が率いた軍勢は僅か騎兵十三騎。
劉秀の突撃は愚行と見做され、味方は嘆き敵は嘲笑った。
だが。突撃は何処までも何時までも敵陣を貫いて行く。
劉秀自身も『敵対出来る者が居ない』程に剣を振るい、群がる敵を一撃で斬り伏せ、叩き潰し、弾き飛ばす激戦の末。
百万も居た筈の官軍側には大量損害、叛乱軍の兵たる十三騎は一人も欠けぬ勝利に終わり、まんまと離脱に成功する。
其の後に近隣の味方から援軍を要請した後、幾許かの兵を連れて籠城中の味方の元へと再度の中央突破。
またしても敵を散々に痛め付け、余裕綽々で入城に至る。
話はまだ終わらない。
二度の敗戦と大軍故の煩雑な指揮系統で混乱に陥る官軍。
絶好の機と見た劉秀は、まさかの自分からの攻撃も敢行。
そうして何度も行われた戦闘は全て叛乱軍の圧勝に終わる。
軈て包囲していた筈の官軍側が恐れ慄き、三千弱しか居ない筈の劉秀側が戦場を支配する異常事態と成っていく。
止めに叛乱軍本隊が向かって来ているとの偽報を密かに流し、官軍を慌てて撤退させる事に成功した。
百万の軍勢を相手に、たかだか三千で完勝。
此の特大の戦果は瞬く間に全土に拡がり、臆病な程の慎重さで知られた劉秀の評価を劇的に変化させた。
軍神の如き軍略と武勇を持ち、味方を見捨てぬ英雄へと。
「人面獣心」
弟の大活躍も有り、叛乱軍での立場を上げる劉秀の兄。
評価は日毎に上がり続け、王朝打倒の暁には彼を皇帝にすべきとの声も挙がる。正に此の世の春の様な有様だった。
しかし春の季節は突如終わりを告げ、花は散る事となる。
評判に危機感を覚えた叛乱軍の上層部が、謀反の動き有りと難癖を付けて其の兄を誅殺したのだ。
無論、疑いは腹心の劉秀にも及ぶ。執拗な追及に彼は黙秘を続け、お詫びとばかりに淡々と戦果を挙げ続けた。
無理を通す輩に道理は通じず、敵愾心を煽るだけ。
外交の使者として何人もの敵と逢った劉秀は其れを理解しており、危機回避の為に相手の付け入る隙を与えなかった。
追及しようにも取りつく島の無い劉秀に相手は感情の矛先を向ける事も出来ず、何処へも発散出来ない妬みや怒りは何時しか味方陣営に飛び火していく。
上層部同士の冷戦が始まると同時に劉秀への危機感は薄れ、僅かな手勢とは言え一軍として動く自由を手に入れた。
豆粒の如き兵数で謀反も何も無いだろうと考えたのだ。
しかし彼等は忘れていた、と言うより、忘れさせられた。
其の劉秀が、子豆で百万の軍を退けた漢で在る事を。
「戈を止める、転じて」
劉秀は軍を預けられた後、地方の激戦区へ送られる。
中央から遠ざけて権力の増大を止める為の明らかな左遷だったが、此れが逆に劉秀にとっては幸運だった。
中央の権力から離れる事は、影響からも脱する事と同義。
更に腐敗した思考に染まらない人材を得る好機でも有った。
此の地方での連戦で劉秀は優れた人物を何人も登用、同時に武勇を示し天下に威名を、善行を行い民衆の人心を得る。
時が進むに連れて叛乱軍の上層部は自壊、反して劉秀軍は膨れ上がり数十万もの大勢力へと成長した。
天下に比類無き存在となった劉秀に対して心服していた家臣、領民一同は皇帝即位の提案を彼に出す。
しかし当の劉秀は皇帝に成ろうとしなかった。
支配者の椅子を巡る闘争で家族を喪い、自身も苦難を被った経験から権力に対して良い印象が無かったのかも知れない。
だが風評、実績、何より能力の全てを兼ね備えた劉秀以外の皇帝なぞ考えられないのは天下万民が知る所。
家臣達は何度も何度も、実に執拗に願い続けた。
一度失敗、二度失敗、三顧で失敗しても諦めず、四度目にして偽の予言書まで持ち出して漸く『神様が言うのなら仕方無い』と渋々と皇帝と成る事を承知させる。
奇しくも前王朝を滅ぼした際の『新』王朝と同様、予言によって『漢』王朝が復興し、現王朝を滅ぼしたのだ。
皇帝としての名分と王朝復興の大義の前に既に敵は居らず、残存勢力を難無く撃滅して遂に天下の統一を果たす。
付き従った皆が大願成就を歓ぶ中、劉秀は他の者と同じ様に歓喜に打ち震える事も無く、此の後に起こり得る政争相手の排除を考える事もせず、唯一人、己の命運を斬り開いて来た相棒とも言える剣を棄てた。
後の世に戦乱が起きぬ事を、まるで天に願うかの様に。
劉秀は元々、争い事が嫌いだった。
傷付くのも傷付けるのも嫌う、普通の青年だった。
一つの時代の幕が開き、歴史の必然が彼に剣を取らせたが、其の時代が終焉を迎えるとなれば力を持つ必要も無い。
もう使わない、使うべきでは無い武器と訣別した劉秀。
当時、主たる武器で在った矛は戈とも読む。其の戈を使うのを止める、此れが転じて『武』の意味と成った。
中国の歴史上、天下統一を果たした者は多数居る。
しかし力の行使を完全に停止させ、恒久なる太平の世を願う『武』を行った人物は劉秀だけだった。
其処から彼は或る異名で呼ばれる様に成る。
武を以って天下に光を齎した皇帝、光武帝と。
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劉秀は躰に臥龍を宿していたが、心には平民を住まわせた。
子供の頃に抱いた小さな夢を皇帝となっても忘れず、実際に近所の幼馴染を王妃として幸福な日々を過ごす。
小さな夢を抱き、仄かな恋をして、些細な幸福を願う。
そんな普通の感性を持っていたが故に劉秀は人に愛され、そして他人を愛し護る為に尽力出来たのだろう。
平凡な感性を持つが故に、誰よりも非凡な行動を起こす。
英雄に『なれる』者は確かに一握りだったのは確かだ。
だが其の一握りを別けるのは能力では無く、英雄に『なろう』とする、誰もが持つ願いの強さの差なのかも知れない。
だからこそ光武帝・劉秀の姿は人々の眼には英雄的に映り、そして、同時に勇気をも与えてくれるのだろう。