叛乱の聖女
聖なる乙女、略して聖女。神聖な事績を成し遂げた人の事。
此の名称を聞いて、人は一体誰を思いつくのだろう。
ナイチンゲールか、マザー・テレサか。
他に多数の人物名が出るだろうが、やはり一番に挙がるのはジャンヌ・ダルクの名であろう。
彼女自身の経歴もさる事ながら、その強烈なイメージから多数の女性の渾名に使われる事も要因の一つに挙げられる。
此の通り名で呼ばれた人は多岐に渡り、日本で言えば瀬戸内の、東洋の、変わり種では卓球界のジャンヌ・ダルクと呼ばれた人物が居る。
無論この風潮は日本だけでなく世界でも同じで、各国には思い思いの聖女が存在している。
今回紹介する人物も此の名が冠された者の一人。
『インドのジャンヌ・ダルク』と謳われた聖女。
彼女の名はラクシュミー・バーイー。
女神の名を持った救国の英雄で在る。
「人生と言う船に乗り、苦しみの大海を渡れ」
ラクシュミーが生きたのは近代の、インド人民が住む領土が大国の思惑により植民地と化していた時代。
当時のインドは一つの塊としての国家では無く、複数の小さな国家が寄り集まって成立した連合の様な物だった。
そんな小さな国家の一つが、今回の主な舞台と成る。
インドを支配した大国と同盟関係の小国、と言えば聞こえは良いが実際は属国同然の国の王妃だったラクシュミー。
そんな彼女が表舞台に現れるのは夫が病床に倒れた際の事。
同盟を結んでいた筈の大国側が統治者の居なくなった彼女の国を、美辞麗句を口にし己の領地としようと企んだ時だ。
国政を司る最高権力者が倒れ、次代の王は存在しない。
此の様な状況では国の内は乱れ、民の心は休まる事が無い。
そんな状況をただ見ているのは、とても心苦しい。
代わりに我々が統治して、安定した国にさせましょう。
彼等が言い放つ言葉は上辺だけは美しい物だったが、その裏側には侵略の好機だと喜ぶ邪心が透けて見えていた。
ラクシュミーは此の奸計を阻止するべく自分達が統治する事の正統性・利点を説き、養子を迎えて自国を存続させようと尽力するが、圧倒的な暴力と財源を持つ大国に比べて彼女の力は余りにも非力過ぎた。
国王たる夫の死後、即時行動を起こした大国側の策略により彼女の国は無情にも併合される。
領民を護る為に奔走した王妃の行動は無駄足となったのだ。
国を富ませる良き領民は、都合の良い労働力と成り。
人心を落ち着かす領土は、侵略の為の一拠点と化す。
そして此れ等を守護しようと努めた王妃は、自分達の利益を追求する行為を幾度も邪魔した厄介者とされた。
時が流れ王国が解体、国の象徴たる城が接収された際。
王妃だったラクシュミーは或る決意を口にする。
『私は我が祖国を決して放棄しない。』
遺された王族の矜持。奪われた者としての意地。
敗北しても敗者に成り下がらない、戦士の魂。
後年、支配を強める大国を相手にし屈服せずに抗い続けた、真に誇り高き指導者は此の時に誕生した。
「蟻でさえも追い詰められれば反撃する」
彼女が歴史の舞台に再度上がるのに時間は掛からなかった。
接収から数年後、圧政に堪え兼ねたインド人民が各地で叛乱を起こす。此の戦争に彼女も参加する事となったからだ。
大国側の政治は己を第一とし、領民の事は眼中に無かった。
奴隷同然の労働環境、信仰宗教への無理解、強制的な支配権獲得は強い怨みを持たれるに十分足る理由で在り、必然として起きた叛乱は軈て凄惨な虐殺へと変貌していく。
其れは彼女が嘗て統治していた故国でも同様だった。
抑えようの無い憤怒に突き動かされる民衆は接収された城内へと雪崩れ込み、内部の人間を皆殺しにする。
此の惨劇がラクシュミーの『運命』を決定付けた。
彼女が考えていた最悪の事態。故国と大国との全面戦争が、城内の虐殺を切掛に勃発してしまったからだ。
如何に自分達の怒りに正統性が有ろうとも其れは殺人の理由には成らず、そして技術と練度、武器に勝る大国側の軍隊と闘うのは余りにも無謀。
狂気の熱気が支配するインドの中で一人冷静に現状を見詰めていた彼女は、大国側への仲介役となるべく動き出す。
その最中に上記の事件が起きてしまった。交渉は当然頓挫。
逆に関係者として疑われ、命を狙われる始末だった。
命からがら逃げる事には成功したラクシュミーであったが、絶体絶命である事態に変わりは無い。
また迫り来る大量の敵軍に対し、叛乱軍は彼女の故国を見捨てて次の戦場へと向かってしまう。
戦力差は圧倒的。大義は薄く、士気は低い。対話で解決する時間も過ぎ去った後。取り巻く環境が最悪な方へと向かう中、冷静に状況を見ていた筈の彼女は或る行動を起こす。
其れは再び指導者として闘う、茨を超えた鉄刺の道だった。
「暗黒の中の灯火を見たように輝く」
王族としての責任感から無謀な戦争をする事になった彼女。
勝算なんて物は限り無く低いどころか、完全に存在しない。
其れ程までに彼我の戦力差は圧倒的だった。
圧倒的だったのだが、しかし、彼女の率いた者達は此の大軍を相手にして良く護り、良く闘った。
ラクシュミーは自身の持つ財産を投げ出して傭兵まで雇い、故国を護ろうと立ち上がった女子供を含む民達と供に義勇軍を創り上げる。
此の義勇軍の士気が極めて高く、大国側に擦り寄る者達の弱兵を次々と蹴散らし、当初は単なる軍の一部としか見ていなかった大国側も評価を改める様になり、叛乱軍の中枢に居る者達もラクシュミーを幹部の一人として認める様になる。
しかし、彼女への評価はあくまでも軍事力の意味で、人格、思想、理想に関しては味方すら世の理を知らぬ小娘と断じ、軽んじて扱っていた。
ラクシュミーの能力を正確に理解し、最も評価していたのが実際に闘った敵方の指揮官だと言うのだから皮肉な事だ。
『強い理由なぞ十分過ぎる程に明らかだ。彼等は王妃の為に、王妃の理想たる国の独立の為に闘っているのだ。』
此の指揮官が残した彼女への理解の言葉は、同時に敵味方問わず上層部が其の真価を全く理解していない事に呆れている物言いとも取れる。
大国の上層部は彼女を単なる邪魔者としか思っておらず、味方の上層部は彼女を大言壮語の厄介者としか思わなかった。
怒りだけでは壊すばかりで創る事は出来はしない。
誇りを持たなければ未来が来る事など有り得ない。
そんな為政者として当然の見識を持っていたのは当時、ラクシュミー・バーイー其の人だけだったのだ。
「殉教者として死ぬ事の様に十分な勇気を持て」
彼女は闘った。護るべき民衆の為に、創るべき国家の為に、己がその役割を担うべき王族で在った為に。
幾度もの勝利を重ねようともラクシュミーは歩みを止めず、苦難に陥る者達の元へと我先にと向かっていく。
其の彼女の決死の姿は圧政で気力を、暴力で尊厳を喪った人々の心に希望と言う種を蒔く。
ラクシュミーの名声は次第に高まり、何時しか叛乱軍の中でも屈指の存在として世に知られていった。
しかし。未来へと進む彼女の覇道は突然の終焉を告げる。
6月18日。灼ける程に熱い太陽の下、彼女は戦死した。
死因は迎撃戦での相手方からの狙撃。名声が高まった事で、彼女の情報が正確になってしまったのが要因だった。
ラクシュミーの死後の叛乱軍は精彩に欠け、直ぐに鎮圧。
インド全体を揺るがした大叛乱は、此処に幕を閉じる。
彼女の闘いは、またしても無意味な物になったのだろうか。
否。それは違う。
ラクシュミーの蒔いた希望の種はインド人民の心に根付き、軈て独立運動を起こすガンジーと言う大華を咲かす。
章題にした殉教者云々の言葉は其のガンジーの言葉だ。
困難に立ち向かう時、決死の覚悟を持つべきだ。
そんな意味の言葉だが、此れにはまだ続きが在る。
ただし、誰にも後追いを望ませてはいけない。
自分が受け持った困難を他人に背負わせてはならない。
己の覚悟と責任、そして慈愛に満ちた此の言葉は、ラクシュミーの生きた人生を凝縮した物と言えるだろう。
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「ラクシュミー」が神の名を表す事は冒頭に書いた通りだ。
此の神が司るのは美、富、豊穣、そして、幸運。
何れもが今回紹介した彼女を表す言葉として適格だ。
味方だけでなく敵をも魅了した人間としての美、富を持つに相応しい品格、国の豊穣を願う為政者としての姿、そして、領民の幸運を願って止まない心。
彼女は女神の名を持つに値する人間だった。
現代の彼女は「インドのジャンヌ・ダルク」と呼ばれる。
しかし、個人的にどうにも此の名称はしっくり来ない。
ジャンヌ・ダルクの名を借りずとも既に聖女で在るからだ。
だからこそ、こう言うべきなのだろう。
彼女の名はラクシュミー・バーイー。
女神の名を持った救国の英雄で在る。