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歴史人物浅評  作者: 張任
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清廉なる白刃

武に生きる者達が居る。己が膂力を鍛え上げ、武術を磨き、鎧を纏い。携えた得物を振るい、活路を開く人々が。

彼等の性格は千差万別で、餓えた野獣と大差無い野卑な者も在れば、自身の武以外に興味を持たぬ偏屈な者も居たり。

其の様な者達の中には時折、自らの力を己にでは無く、他人に使う事を務めとし奮闘する律儀な存在が現れる。

主君に対して忠を尽くし、誠を以て行動を起こす。

此の様な人物は為政者には大変喜ばしい人材なのだが、彼等は其の誰もが得難き存在。手中に収めるのは至難の技。

時に縁から配下に加える幸運な者も居るが、得てして其の様な者達は誠実を疎ましく感じ、面倒に思いて遠ざける物だ。

今回紹介するのは三国時代、無双の戦人として天下に我が名を轟かせた呂布に最期まで付き従った家臣、高順。

利を得ようとして先を観ず、だのに自身を省みず、故に自らの進路を誤った君主を側で支え続けた忠臣で在る。


「義烈忠勇の志」


高順は2世紀頃、中国にて活躍した武将の一人で在る。

彼の出身地や呂布に付き従った経緯は不明だが、其の実直な性格を鑑みるに養父・董卓を暗殺する際、呂布が誼を通じた漢の高官の配下ないしは同志だったのではなかろうか。

呂布は暗殺を成功させた後、彼の遺臣との間で起きた抗争に敗北。都からの逃走を余儀無くされ、計画に関連した人物で逃げ遅れた者は悉くが処刑されている。

此の時に粛清の魔の手から逃れるべく呂布に同行し、其の儘なし崩しに彼の配下に成ったのではと個人的には想う。

何にせよ呂布軍の一角として歴史の表舞台に現れた高順。

彼の所属していた軍勢には粗暴な者も多く、ともすれば野盗の群も同然な集団に思われ兼ねない物だったのだが、其の中で高順は己を厳しく律し、自身の配下を善く統制した。


酒を飲み酩酊するを好まず、贈物で忠義を曲げるは敵わず。恩賞は部下に分け与え、自らは質素な暮らしを心掛ける。


質実剛健を形にした彼への周囲の評価は高く、特に配下と成った兵士は彼を敬愛して主人の為に命を賭し、名誉を損なわせない様に自らの欲望を戒める程。

其の様な部下を集めた高順の軍勢は極めて強く、出撃すれば必ず敵陣を陥とす事から『陥陣営』の異名を誇ったと言う。

主君で在る呂布とは何から何まで正反対の人物の彼だが、不思議な事に主君への忠誠は強固で、終生に渡り呂布に尽くした。武人として何か感じ入る所が有ったのかも知れない。

そんな部下として極めて優秀な人物だった高順だが、当の主君たる呂布からの評価は意外にも低く、疎まれてすらいた。

何故、呂布と言う漢は高順をこうも邪険に扱ったのか。

其処には彼の為政者としての資質に問題が有る様に想う。


「武神、大いに惑う」


呂布は元々、為政者を目指していた訳では無い。

財宝に目が眩み上司を殺害して董卓の傘下に入り、其の董卓の怒りを買ってからは自身の命を護る為に暗殺を決行。

主君の仇を取ろうとする遺臣との争いに敗れてからは逃走を続け、結果的に一勢力を築いたに過ぎない。

呂布にはそもそも天下を窺う野心が無かったのだ。故に彼の行動には君主としての冷徹や先見が無く、代わりに我欲や自衛と言った酷く人間的な部分が多く見受けられる。

飛将・呂布の器は武将が限界。其れが現実だったのだろう。

とすれば、彼の高順に関する悪感情も当然とも言える。


天下国家を語る上では必要不可欠な人材も、一個人の身で在れば口喧しく鬱陶しい相手にしか過ぎないのだから。


高順は度々、呂布の軽挙妄動について忠告をしていた。

無理攻めの際は『天下無双』の名を貶める事に成ると諌め、呂布の歪な人材運用については直言で批判。

戦略を練る際には熟考をするべきとの耳に痛い言葉も放つ。

彼の言葉は総てが事実で在り、有難い物なのは間違い無い。

だが正論は其の通りに出来ないからこそ価値を持ち、幾ら正しかろうと叱責されれば不満を抱くのが人の情。

こんな意識の違いから軋轢が生じ、双方の溝は深まる一方。

軈て積み重なった不満は限界を迎え、遂には或る出来事を通し、其の不和を修復不可能な程に決定付ける事に成る。

発端は呂布が領土を獲得後、叛乱を起こされた際の事。

叛乱は高順の迅速な行動で鎮圧されたが、問題は此の後だ。


叛乱を計画した人物の中に、呂布が信を置く軍師も存在したのだ。此の裏切は多大なる衝撃を彼の精神に与えた。


先述した通り、呂布には君主としての器が正直な話、無い。

為政者としての彼に不満を持ち、新たな君主を迎えようと考える者が居たとしても致し方無い部分は多分に有る。

人の上に立とうとする者ならば此の事が切掛で己を改めるかも知れないが、如何せん呂布は何処まで行っても一個人。

利己的に行動を決める人間臭い性格が裏目に作用し、不安と猜疑心を強めた彼は一族以外の者を信用しなくなっていく。

其の疑念は叛乱を鎮圧した高順当人にも向けられ、呂布は彼の部下を軒並み没収。功臣に対して有り得ない冷遇を施す。

常日頃から自分に苦言を呈すると言う事は、其れだけ主君に対して不満が有ると言う事。何時、裏切るか分からない。

生まれた疑心が此の様な妄想を創り出し、恐怖に駆られた故に犯した過ちだったのだろう。

後に此の行為が自身を滅ぼす暗鬼と化すのも識らずに。


「誅生」


さて、大功を立てながらも主君から目の敵にされた高順。

此の事が原因で主君を見放しても何ら不思議では無い状況で在るのだが、当の本人は不満を漏らす事もせず、ただ黙々と指示に従い、淡々と功を重ね続けた。

其れは彼の忠誠心の高さを示していると同時に、自身の潔白を無言で証明する、或る種の抗議だとも取れる。

呂布とて彼の無実を頭では理解していたのだが如何せん心が付いて行かず、結局の所、高順への冷遇は続いてしまう。

こんな臣下を粗略に扱う様を間近で見せられれば他の家臣に影響が出ない訳が無く、瞬く間に君主の求心力は低下。

内応と逐電が勢力内で蔓延り、軈て最悪の事態を招く。


言わずもがな、本拠地への敵対勢力の進軍で在る。


呂布軍は特定の目的を持たず、寝食を求めて各勢力を渡り歩いた事で外敵を増やし過ぎた。其のツケが来たのだ。

敵軍は自軍を遥かに上回る兵量、更に指揮をしているのは乱世の奸雄たる曹操に天下の仁者、劉備。万に一つどころか、億に一つも勝機無き戦で在る事は明白。

呂布軍内部の混乱は此処に極まり、士気はどん底に落ちた。

しかし。其の様な絶望的な状況でも闘志を燃やし、幾倍もの敵兵に立ち向かった者が居た。高順、其の人だ。

彼は主君に疎まれ続けていたにも関わらず、呂布の為に命を懸けて戦闘を続けた。何度と死線を越えようとも志は変わらず、何時迄も何処迄も彼は闘い続けた。

が、多勢に無勢。高順の尽力も虚しく、呂布は敗北。

其の首を絞められ、天下に識られた無双の士は命を終えた。

君主で在る呂布の処刑後、次に処罰を下される事と成る高順に、相手方大将の曹操は再三の帰順を要請する。

彼の清廉な立ち振舞いは内外に広く轟いており、巨大な野心を抱いていた曹操には、呂布に疎まれた実直さを物怖じせず意見を申す剛胆と見、大きな魅力を感じたのだ。


だが、高順は此れを固辞。主と同じ縛首を願う。


彼の頑固さに根負けし、武人の意気を汲んだ曹操は処刑を実施。高順は呂布と同じ道を選び、其の生涯を閉じた。

死後に彼の首は晒される事と成るが、通例では弔いも許されぬ筈の遺体は埋葬され、後年の魏の記録には敵方の人物で在ったにも関わらず、彼の武勇と人格を激賞されている。

此れは高順が如何に評価の高い人材で在るかを示す、一種の証左と成るで在ろう。


_____________________


忠とは中に置く心。誠とは言葉を成す気概。

主と定めた人物を己の中心に置いて揺るがず、無駄な言葉を発さず、一度口を開けば出てくるのは価値有る金言ばかり。

高順の生涯を調べると、彼が如何に為政者の部下として素晴らしい存在なのかを改めて識る。

才を只管に求めた曹操が欲しがるのも無理無い人材の彼だが、如何して高順は呂布に最期まで付き従ったのだろうか。

例え仕官が成り行きだったとしても、自分に合わないと識れば下野し、理想足り得る他の君主に仕えれば良い。

しかし彼は終生を呂布と供にした。となれば答は一つ。


呂布が高順にとって、理想の君主で在ったと言う事だ。


兎角、先見の明が無い事を取り沙汰される呂布だが、彼が行った董卓の暗殺、此れを想えば強ち無理な話でも無い。

天下の豪傑、英雄が一堂に会しても倒す事が出来なかった魔王を討伐す。其れは正しく英雄の所業で在る。

此の行為をやってのけた呂布の決断力、天運、人格に感銘を受け、絶対の忠誠を捧げたとしても不思議では無い。

主と仰ぐ人物が野心を抱かぬ故に悲劇的な結末と成ったが、だからと言って高順の選択が間違いと誰が言えようか。

人は神では無く、未来を視る事なぞ出来はしない。

ならば自らの人生に後悔する謂れも無い。少なくとも自身の刑死を所望し、無言で死を受け入れた高順は今際の際、其の様に考えていたと私は想う。

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