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歴史人物浅評  作者: 張任
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刻渡る超越

人は先の事など分からない。未だ来ていない時だからこそ、此れを『未来』と言う名で呼ぶ。

存在しない物を識る術などは有りもしないのだが、それでも人は己の、世間の、時代の行末を気にして仕様が無い。

占術、神話、そして預言。人智の及ばぬ事柄に何故だか惹かれ、何と無くでも信頼してしまうのは良く有る話だ。

例え其れが、如何に胡散臭い物語だったとしても。

今回紹介する人物は世紀末に於いて世界が滅ぶと記し、自らの名の知名度を爆発的に上げた預言者、ノストラダムス。

1999年の日本を狂乱の坩堝に陥れた、恐怖の大王で在る。


_____________________


「孤独から出でた幽かな火」


ノストラダムスは16世紀頃にフランスで活躍した人物だ。

どの様に活躍したかと言えば此れが非常に多岐に渡り、最も有名な占術を始め、文芸、医療、果ては料理に至るまで、本当に様々な分野で彼の名が出て来るので才能有る人物だった事は疑い様の無い事実で在ろう。

しかし活躍はあくまで常識的な範囲で語られる物で、現代に語られる様な超越者としての行動には懐疑的な部分が多い。

原因は後世の人物がノストラダムスの神秘性を高めようと逸話を多数創作した為で、此れが元となって今日の彼の評価がオカルト方面に傾倒してしまったのだろう。


では実際の彼はどの様な人物だったのかと言うと、伝説の様に万能な人物では無いにしろ、数奇な運命を辿っている。


ノストラダムスは商人の家に産まれ、其処で父母の愛を一身に受けて特に問題も起こさずスクスクと成長した。

当時としては裕福で知識水準が高い家庭だった事も在り、高度な教育を受ける事が出来た彼は軈て一廉の人物と成ろうと志を立て、大学へ向かう事を決意。

ノストラダムスは此処で数学、語学、倫理学など様々な授業を受け、際立つ存在では無くとも熱心に勉強を続けていた。

が、此処で突然の不幸を彼、と言うより学校自体を襲う。

当時のヨーロッパを震撼させた病、黒死病と謳われたペストが遂にノストラダムスの居住地まで侵食して来たのだ。

病気の脅威にはさしもの学校側も対抗策を持たず、已む無く無期限休校を実施。受講しに来た学生達は行く宛を無くす。

其の際に想う処が有ったのだろう、以降の彼は薬草採集と知識収集、実験に精を出し、医師への道を歩み出していく。

後年、生涯を通して追い求めた医学への探求は此の時期から始まる。時に1520年。18歳の齢の出来事だった。


「貪り食われる希望」


黒死病の脅威から学校が閉鎖されてから8年後、ノストラダムスは独学で薬学を修め、薬剤師の資格を得るに至る。

其の後に閉鎖中の大学から新たな学校へと転入するも、自己流で学んだ事が災いして師事する医師と幾度も衝突、遂には学園の風紀を乱す存在と看做され退学処分を受けてしまう。

幸先悪く始まった彼の医師道だが、此の位ではへこたれない。新たな師匠を自分で見つけ、再度師事を受ける。

だが新たな師匠と成った人物が非常に気難しい人物だった事も在り、此処でも関係の悪化から師弟関係が破綻。

またしても学び舎から追い出され、ノストラダムスは病魔蔓延る荒野を一人、孤独に渡り歩く事となる。

二度目の放逐から数年の間、彼の記録は遺されていない。

辛うじて分かっているのが旅をしていた事くらいで、他の事象は今も不明の儘だ。しかし彼が後に行う或る行為を想えば、旅の最中にも自身の知識を活かして医療活動や医術の勉強を地道に続けていたとは推測出来る。

さて、数年の時が経っても黒死病、ペストの猛威は留まる事を知らず、凄まじい速度で拡大の一途を辿っていた。

治療法は依然として確立せず、病気に立ち向かうべき医師ですらペストを恐れて患者の元へ行かない始末。


此の様な終末が如き光景の中、一人、命を助けようと懸命に努力する者が居た。誰で在ろう、ノストラダムスだ。


彼は病気感染を畏れずに果敢に治療を試み、フランス全土に存在したペスト患者の為に昼夜を問わず奔走していた。

発症すれば死ぬ以外に無い黒死病を相手としながら、ノストラダムスは幸運にも此の病気に感染する事は無かった。

しかし患者の方は懸命の治療も虚しく快方へ向かわず、医者で在る彼に感謝をしながらも一人、また一人と死んでいく。

薬の調合を幾度も変え、様々な治療法を試し、生きる気力を保たせようと励ましの言葉を掛け続けた。が、ノストラダムスの努力は無駄に終わり、受け持った患者は悉く病死。

果敢に闘いを挑んだペストに対し、完全なる敗北を喫す。

当時は衛生観念が著しく欠けた生活をしていた事。

治療を始めた時には病が既に末期に至っていた事。

度重なる戦乱で過去の医学知識が喪失していた事。

様々な要因が重なり合って不治の病と化したペストを相手に、ノストラダムスは十二分と言える程に働いた。

事実として此の功績が評判となって彼の勇名はフランス中へと拡がり、同業者からは黒死病の専門家として、民衆からは自分達を見捨てない医者として尊敬の念を集める。


だが、其れが彼にとって何の慰めになろうか。


苦痛を訴え、息も絶え絶えで救いを求める者が居た。

己の生命を賭けてでも、彼等を救い出そうと考えた。

全身全霊で悪夢の病に打ち克とうと必死で努力した。

しかし、結果はどうだ。誰一人の命も永らえる事が無い。

自身の矜持が粉々に砕かれた苦しみは如何ばかりか。

ノストラダムスの苦悩は、想像する事すらも出来ない。


「みことば、天より来たる」


残酷な現実から幾許か時が経ち、自身の限界を悟った医師の齢が青年から中年、そして壮年に近付きつつあった頃。

件の人物、ノストラダムスは其の手に筆を握っていた。

医師の名声を通じて安定した生活を手に入れた彼は、此処までの自身から一変し、作家としての人生を歩み始める。

突拍子も無く、成功の見込みも薄い様に感じる行為だと思いそうになるが、彼の人生を振り返ると大学での授業を受けた事に依る豊富な知識、様々な原因で各地を旅する事になった経験など、作家として大成し得る要素は十分に有った。

ノストラダムスは執筆を続け、最初の『預言書』を創作。

向こう一年の様々な出来事を予言した其の本は人々の心を掴み、瞬く間に世間を席捲、彼の名を一躍時の人とする。


此の本を切掛にノストラダムスは預言者の道を歩んで行く。


現代で良く知られる彼の人物像は此処からで在ろう。

因みに預言と聞くと超常的な能力を思い浮かべてしまうが、実際には知識を用いて自然現象の動向を判断し、旅先で識った世界情勢から社会の流れを読む、謂わば予測の延長線と言うのが実像だと私的には想える。

閑話休題、作家として次の作品、つまり預言書を望まれたノストラダムスは期待に応え、直ぐ様と執筆活動に勤しむ。

筆は流れる様に進み文を創り上げ、遂に完成の時を迎えた。

此の次回作として創られた預言書、此れが恐怖の大王の一節で世紀末を迎えた日本中を騒がし尽くす書籍と成る。

しかし此の書籍、当時の世間での評価は落ち着いた物。

処女作の熱狂的な支持とは違う、賛否両論の作品と化した。

不評の要因として挙げられたのが、預言とされた文章が難解に過ぎ、何を意味しているのかが理解出来ないと言う物。

前作の文章が分かり易かった事に対し、今作は詩的な表現が用いられ、其れに加えて比喩も使われたのが原因だろう。

無論、此の欠点は当時の人も理解しており、不満や修正を訴える手紙がノストラダムスの許へと何通か送られている。


しかし彼は意見を無視し、此の手法に固執し続けた。


敢えて難しく書く事で煙に巻こうとしたのか、他人に依って考えを変える事を善しとせず意固地になったのか。

何故かは不明だが、確固たる理由が有るのは間違いない。

だが、此の疑問に対する答は終ぞ出る事は無かった。

1566年6月。死を悟ったノストラダムスは己の死を預言。其の翌日、言葉通りの姿で死去した所を発見されたと言う。


_____________________


ノストラダムスのイメージと言えば大半がオカルト方面に向かってしまうが、実際の彼の人生を調べると医学方面に強い関心を持った人物で在る事が分かる。

患者に対する真摯な態度や治療の姿勢、自身の家族を非常に愛していた事から、彼が人間其の物に好意を抱いていたのは間違い無いと私は想う。

其の様に考えると、彼の預言書が不幸を予知しているとされた通説には疑問を感じる。他人を助ける為に自身を投げ出す人物が、未来とは言え人類の破滅を記すだろうか。

個人的には彼が考えた多数の預言は、民衆へ事前に注意を促す為に創られた喚起の文章の様に想える。

ノストラダムスが遭遇したペストと言う災害は、事前に軽く対処を施していれば爆発的感染や高い致死率を防げた代物。

此れは何も病気に限る事では無い。戦争も、天変も、全ての事象には予兆が存在する。微かでも、間違い無く。


若し、其の予兆を見逃さない為に預言が創られたとしたら。


敢えて小難しい物言いにしたのは、どの様な事象かを明言しない事で人々の危機意識を高め、事前に調査や対処を行わせる事を意識したのかも知れない。

如何に強力凶悪な病だとしても、まだ芽も出ない、弱々しい内に対策出来れば勝機は十分に存在する。

其の様に考えてみるとノストラダムスの預言とは、未来の人類に対しての有難い処方箋とも言えるだろう。

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