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歴史人物浅評  作者: 張任
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凡人の天才

私達が生きる此の世には数多の創作物が存在する。

詩、小説、歌劇と無数の種類が有る其れ等の中には時折、触れた人の心を揺さ振る傑作が現れる。

泣く、怒る、笑う。そんな凡ゆる感情を引き出される体験をすると、人は作者に対して敬意を表すものだ。

こんな凄い作品を創る人は素晴らしい人に違いない、と。

だが実際の所は作品の質と作者の質が比例する事は少ない。

今回紹介する歴史上の人物、キケロもその一人だ。


「私は最も正しい戦争よりも最も不正な平和を好む」

「武器がものを言う時、法律は沈黙する」

「空腹は最高の調味料である」


上記の様な多種多様な名言で知られるキケロは古代ローマに於ける政治家かつ哲学者、小説家でも在り弁護士とも言えるマルチタスクな人物として知られる。

是等の輝かしい経歴と書籍等での的を射た発言は世の人々に大いに評価され、知識人としての名声を高めていた。

その一方で彼の人間性についての評判は凄まじく悪い。

正確には知識人として考えた場合の評判が、と言うべきか。

彼の人間性を表すエピソードにこんな物がある。

或る人物がキケロの発言に感銘を受けて心酔する迄に至ったのだが、作者はどんな偉大な人物なのだろうと調べた結果、余りの結果の酷さに熱意が冷めて興味を失ってしまった。

調査した彼の思う作者とは恐らく、時代を越えた思想の持ち主、万物を知る全知の超人の様な存在だったのだろう。

しかし実際のキケロは大層な人物では無く、寧ろ悪い方に人間臭い、小人物との呼び名がぴったり嵌る男だった。


「人々の善が最高の法律である」


こんな言葉を残した弁護士の顔を持つキケロ。

成程、法律とは人間の悪徳を防ぐ為の制度だ。

人の良心から来る行いを推奨する事は、即ち犯罪を撲滅する事に繋がる。彼の言葉を借りるのならば「事故の原因は、事故そのものよりも興味深い」と言う奴だ。

とまぁ此処までなら正しい事を言っている風に思えるのだが実際のキケロは善を進んで為そうとはせず、もっと言えば民衆の事も碌に考えていなかった。

一例として罪人に対しての独断での死刑執行が挙げられる。

当時の法で定められた市民による裁判を蔑ろにし、自分達の判断だけで罪人を処刑した事(と事ある毎に己の功績を自慢する性格)で反感を買った彼は逃亡を余儀無くされる。

後に漸く戻れた際に「真の道理の方が民衆の意見より価値が有る」と負け惜しみの様な言葉を彼は残した。

またキケロは自分が悪徳とした行為を平然と、まるで自分は例外だからとでも言わんばかりに行いもした。


「富を愛する程に狭量かつ卑しき精神は無し」


この言葉以外にもキケロは似た言葉を幾つか残している。

そう言いながら別荘を複数所有し、一時期ローマを離れた際には別荘はどうだ、財産は大丈夫かと泣言を延々と垂らす。

そんな『ある意味』で発言の真実味が増す有様だった。

「富によって得た不幸は、不幸の中でも最悪の物である」らしいが、彼の醜態を知ると言葉の意味を邪推してしまう。


「度を越してはならない、節度を持って取り組め」


こうも言いながら前述の通り、彼は他人に自分の功績を幾度もしつこく自慢して会う人会う人皆を辟易させていた。

「地位ますます高くなれば、いよいよ謙虚にならねばならない」とは彼の言だが、自身が謙虚になる事は無かった。

また愚痴を言うのはよそうと会議前に言っておきながら、いざ会議が始まると次から次へと、ああすりゃ良かった、こうすりゃ良かったとの愚痴を言い続けた。

何時までも続く愚痴。喋るのは他でも無いキケロ本人。

終いには邪魔だから消えろと叩き出される始末だった。


「二度考え直した考えが一番良い」


これまた現代でも通用する名言である事は疑い様が無い。

が、やはりと言うべきか必然と言うべきか、当人は勢いのまま突き進んで手痛い失敗を被る事が多々有った。

独断での処刑執行も熟考の上での判断では無く、周囲に煽てられて調子に乗ってしまった節が所々見受けられる。

彼は幾度も世渡りに失敗し、有力者を怒らせては逃亡、民衆を怒らせては逃亡、果ては自身の陣営が危うくなったので敵側に逃亡したりと心休まらぬ人生を送った。

キケロは褒められると際限無く調子に乗り、逆境に立たされると何時までも泣言を喚く面倒臭い人物だった。

その性格故に様々な事件や政争に巻き込まれると下手を打ち、次第に立場を悪くしてしまうのだろう。

キケロは「賢明な思考よりも、慎重な行動が重要である」と反省しているかどうかは微妙な所だが後悔の言葉を残しているので、当人もそこら辺は理解していたのは間違いない。

…その割に晩年まで似た様な失敗を犯し続けるのだが。


「運の移り変わりは、友情の信頼性を試す」


彼が知人に面倒臭がられていた事も記した事だ、序でなのでキケロの交友関係に関しても少し話しておこう。

自身の持つ弁舌の才能は友好の際にも力を発揮し、彼の周囲には多くの友人が存在した、のなら良かったのだが。

口を開けば自慢自慢自慢、泣言、自慢自慢自慢、愚痴、自慢自慢自慢、偶に哲学と相も変わらずのキケロの言動。

こんな性格に耐えられる人間がそう居る訳も無く、能力に惹かれて近付いた者は次第に消え失せる。

また度々調子に乗って問題を引き起こす為に、巻き添えは勘弁とばかりに更に友人が減っていった。

以下にキケロが友情に関して発した名言を一部抜粋する。


「友情を取り去る事は、太陽を取り去る事に等しい」

「確かな友は不確かな境遇の下で分かる」

「親切の絆を断ち切れば、どんな家も都市も存続出来ない」

「人と一緒に居る時が、最も孤独な時だ」

「私が孤独である時、私は最も孤独では無い」


順序は恣意的に並べたので実際の時系列とは違うかもしれないが、キケロの思考が変容しているのは見て取れるだろう。

この名言集を見るだけでも彼の交友関係がどんな変遷を辿ったのか想像する事は難くない。

友情破壊の手練れと化したキケロであったが、そんな彼にも生涯の親友と言うべき人物が一人居た。

キケロは彼に幾度も手紙(余談だがキケロは手紙魔と呼ばれる程に大量に書いていた)を送り、己の心情、つまりは何時もの如く自慢と泣言と愚痴を件の親友に吐露していた。

これだけならば我慢強い奇特な人もいるで終わる話なのだが、その親友は貰った手紙を捨てる事が無かった。

丁寧に丁寧に保管した結果それは今日まで残り続けてしまい、キケロの人間性を暴露する資料となってしまう。

親友としては思い出の一部として手紙を保管していたのかも知れないが、此れが切っ掛けとなり後世の人間にまで小人物の人間性を知られる事になったのは名誉と歴史を何よりも重んじるローマ人、その中でも取り分け他人の評価を気にしていたキケロには痛恨の一撃としか思えまい。


「黙して隠された敵意は、公然の敵意よりも恐ろしい」


キケロの今日での評価は皮肉にも自身の発言の通り、信頼していた筈の親友の保管行為によって決定される事になった。


_____________________


今までの話を見て貰えば分かる通り、キケロと言う人物は何処まで行っても偉大とは言い難い性格をしていた。

最初の方の逸話でも述べたが、発言と行動の落差が余りに酷すぎるので尊敬の念を失ってしまうのも致し方無い。

だが。目に余る卑小な性格を差し引いても、キケロが歴史上の偉人で在る事は疑い様が無いと私は思う。

確かに彼の性格を鑑みると輝かしい職歴も濁って見える。

政治家としては周囲に容易に流され、小説家や哲学者としては芯が折れ易く、弁護士としては口だけ達者で度胸が無い。

名言の数々ですら愚痴や言い訳に見えてしまう事だろう。

しかし、それ故に彼の言葉は人々の胸を打つのだと思う。

キケロと同時期を生きた人物の中にユリウス・カエサル、後のローマ帝国の中興の祖たる英雄が居た。

己の中に確固たる理想の国家を持ち、苦境に立たされても曲がる事の無い信念を抱き、他人が畏れる境界を敢えて越えたカエサルは正しく英雄と呼ぶに相応しい人格をしている。

カエサルの言葉として余りにも有名な「賽は投げられた」と言う名言は、彼の人並み外れた度胸をありありと表す。

例え世界が我が敵と成ろうとも、己の理想の為に闘うカエサルに憧れを抱く事は有ろう。しかし彼の思考に同調する事は出来るだろうか?

英雄は存在しないが故に英雄であり、超人は人を超えたが故に超人なのだ。彼等の思考を理解し実行する事は私達の様な凡人には不可能に近い。

では、そんな彼等と比べてキケロはどうか。

問題が起きれば慌てるばかり、人が褒めれば調子に乗る。

大きな事を言って立場を悪くし、人に愚痴を零しまくる。

都合が悪くなれば言い訳を用い、自身の都合で友人を喪い、いよいよ以って進退窮まれば逃げの一手。

そんな行動を私達は一度は経験した事が有る筈だ。

職場で、学校で、友人間で、家族間で犯した過ちを。

そして思った事だろう。あの時、あんな事をしなければと。

キケロの思考は凡人の思考。キケロの行動は凡人の行動。

誰もが思いがちな発想だからキケロの言葉は凡ゆる人の胸に響き、誰もが行う間違いだから凡ゆる人への忠告となる。

彼が凡人で、そんな彼が歴史に名を刻んだからこそ。

現代に生きる私達は教訓と訓戒を知る事が出来るのだ。


私達が生きるこの世界において「歴史は人生の師」で在り、そして「汝自身より優れた忠告を言う者は無い」のだから。


だからこそキケロは間違い無く偉人と言えるのだ。

政治家でも、哲学者でも、小説家でも、弁護士でも無く。

過ぎ去りし時を生きた、歴史上の人物として。

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