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十番勝負 その八

第十四章 五番勝負 朝倉定政との勝負


 「三郎、お主の噂はいろいろと聞いておるぞ。お主のあの下僕、何と云う名前だったかのう。ああ、そうそう。弥兵衛か。あの男が城下に来るたびに、お主の噂を吹聴しておるのだわ。いろいろと兵法の工夫を巡らして、万全な勝ちを収めていること、まことに祝着至極であるな。特に、人の命を殺めないのが宜しい。人を殺めるのは、よくよくの時ぞ。三郎、お主のような善い者を弟子に持ったわしは鼻が高いぞ」

 剣術の師、今川四郎左衛門実隆から誉められて、三郎は面目を施していた。

 「いやいや、師匠、この三郎、そのような言葉を戴いてはまことに恐れ入りまする。命には捨て所がござる。遺恨試合ならばともかく、武辺者同士の試合ならば、命の遣り取りまでは不要かと存じまするゆえ」

 「うん、その心掛けが肝要ぞ」

 その後で、ふと思い出したらしく、言葉を続けた。

 「時に、三郎、覚えておるか。朝倉定右衛門を?」

 「岩城さまご家中の侍でございましょう。二年前にお召抱えになられた、新陰流の達人との噂の高い御仁かと」

 「そう、その朝倉であるが、腕も立つが、口も立つ男でのう。この男の悪い癖は自分の刀を自慢することでのう」

 「刀自慢でござるのか」

 「そうよ。朝倉の大小は備前の名刀でな。わしも、一度城中で見たことがあるが、まことに気品に優れた名刀であった。刃文、刃の澄んだ色具合、形、反りの美しさ、全て観る者を陶然とさせるのじゃよ」

 「師匠、拙者も刀自慢の者でござるよ」

 「ああ、そうであったな。先祖伝来の、雷神丸という大刀、風神丸という小刀、竜神丸という槍であったな。隕鉄から拵えたとの話であったな。但し、惜しむらくは、刃文が無く、更に刃の色が暗いことじゃ。朝倉の大小は備前物で、先にも申したが、刃文、刃の澄んだ色、形、反りの美しさ、全て見る者を陶然とさせ、惹き付けてやまない」

 ではあるが、と更に、言葉を続けた。

 「差料自慢は称賛も買うが、時として恨みも買う」


 事の次第は、このようなことであった。

 おまあさまの縁者に小浜左衛門房能という老人が居る。この小浜老人も刀に関しては目利きを気取っており、暇に飽かせてはせっせと刀剣を商う店に通っては、掘り出し物をやたら集めるという困った趣味があった。或る時は、旅先で正宗という銘が入った短刀を思わぬ安価な値で入手したということで、狂気して、岩城に飛ぶようにして帰ってきたことがあった。

 そして、鼻をピクピクさせながら、今川四郎左衛門に自慢げにその短刀を見せた。

 「正宗の銘が入っていると仰せられるのか」

 今川はしげしげとその短刀に見入った。

 小浜老人に断り、銘も一応確かめた。

 正宗、という銘がはっきりと入っていた。

 「して、この短刀はいかほどの値で買い求められましたか?」

 その買値を聞いて、今川はびっくりした。

 「驚くでない、今川殿。いかにも安い(つい)えであろうが」

 今川は呆れたような顔をして、小浜老人に言った。

 「小浜さま、逆でござるわ。高すぎるのでござるよ」

 「な、なんと、今川殿。それは、その、ねたみで申しておるのか」

 「小浜殿、まことに申し上げにくいことではあるが、この四郎左衛門、今までも正宗の刀、短刀は数限り無く、見てござるが、いずれも銘なぞは入っておりませんでした。正宗は銘を切らない刀工であったのでござる。銘を切らなくとも、正宗が打った刀は正宗であることを自然とその刀自身が物語るとの自信の表われでござりましょう。それ故、銘の入った正宗は銘が入っているというだけで、偽物であることを示しているのでござるわ。小浜さま、お気の毒ですが、旅先とは申せ、その商人(あきんど)にいいようにあしらわれましたな」

 それを聞いた時の、小浜老人のしょげた様子はしばらくの間、城内の語り草となったほどであった。


 今回も小浜老人の名刀好きが嵩じた結果としての出来事であった。

 小浜老人が入手したばかりの刀を大館城内の武者控えの間で若侍に披露していた時のことだった。

 「どうじゃ、この刀の刃文の美しさは。うららかな春の海の波のようだっぺ」

 「ほんとに、小浜さまの言う通りだっぺ。まんず、見事なもんだっぺ」

 一同が小浜の刀に見惚れている時だった。

 「刃文よりも、反りのほうが肝心だっぺよ。小浜さまの刀の反りはいまいちだんべ」

 突然、冷水をかけるような冷ややかな声がかかった。小浜老人がきっとなって、その声のほうを見ると、朝倉定右衛門がにやにやしながら、傍に立っていた。

 「朝倉殿。これは聞き捨てならんことを申せられたものよ。それがしの刀の反りがいまいちとは、いかなることだっぺか」

 「それがしのこの刀の反りと比べれば、即座に判ることだっぺ」

 と、言いつつ、朝倉は己が差料をすらりと抜き、一同の眼にさらした。

 「この備前の古き刀と比べ、小浜さまの刀は失礼ながら、出羽の刀工の作だっぺよ。いまいち、反りの形が備前に比べ、美しくはないっぺ」

 確かに、そう指摘されてみれば、反りの美しさの差は改めて言うまでも無く、歴然としていたのである。満座の中で恥をかかされた形となった小浜老人は今川道場に来て、口惜しいことと何回も繰り返したとのことであった。


 「わしも小浜殿の口惜しさはよく分かる。何とか、傲慢な朝倉を懲らしめてやりたいものよ。なあ、そうは思わぬか、三郎」

と言って、四郎左衛門は三郎の顔を見た。じっと、見詰めた。師匠はおいらに謎をかけているつもりなのだ、と三郎は敏感に師の意図を察した。しかし、まあ、なんと見え見えの謎かけであることよ。それでも、ここは一番、師匠の謎かけに乗っかっておくこととするか、それに、何と言っても、かの小浜老人はあの麗しいおまあさまの縁者なのだ、うまく行けば、おまあさまとお近づきになれるかも知れない、このような機会は二度と無いかも知れぬ、と三郎は心の中で思った。小浜老人から拙者の武勇伝を聞き、興味を示してくれるやも知れぬぞ、と思ったのである。思わず、にこりと笑みを漏らした三郎であった。

 「朝倉殿もちとやり過ぎでござるなあ。刀自慢もほどほどになされないと、人の恨みをやたら買うことになりますからな」

 と、言いつつ、師匠の目を見て、三郎は何気なさそうに呟いた。

 「要らぬ恨みは買わぬが宜しいと、ひとつ、それがしが朝倉殿の鼻をへし折ってやることにしましょうか」

 その言葉を聞いて、四郎左衛門は破顔一笑し、高らかに言った。

 「おお、よくぞ申した。それでこそ、南郷三郎正清よ。稀代の武辺者よのう」


 今川道場で、岩城領での名立たる剣士の集まりが開かれた。

 これまで、このような会合が開かれたことは無かったが、今川四郎左衛門の呼び掛けで腕利きであるとの評判を得ている剣士が集められ、木刀による各流派の型が紹介された後は、無礼講の酒宴となった。席上、四郎左衛門は三郎をやたらと持ち上げた。

 「それがしの見るところ、我が弟子ながら、南郷三郎の腕がここに居られる剣術達者の中で一歩優っているかと存ずる。まあ、それがしの僻目かも知れんがのう」

 こう言って、今川は朝倉定右衛門に視線を遣った。朝倉の頬が少し引きつった。

 満座が注視する中で、三郎は大いに照れて、語り始めた。

 「師匠からそのように言われますと、それがしは穴があったら入りたく思う所存でござる。多少は腕に覚えはあるものの、ここに居られる方々の中には未だお手合わせを願っていない方も居られ、それがしとしては内心忸怩(じくじ)たるものがござる。特に、朝倉殿とはいまだかつて、お手合わせを願っておらず、師匠のお話はちと早計かとも思われまする」

 朝倉が大きく頷いた。三郎が続けた。

 「朝倉殿と申せば、お腰の備前の古き刀がここ岩城では知らぬ者も居ないほど、音に聞こえし名刀とのことでござる。願わくば、少し拝見致したいと存ずるが」

 朝倉は鷹揚に笑って、ご照覧あれ、とばかり、刀を三郎に渡した。

 三郎は懐紙で口元を隠し、すらりと抜いて、刀身を熟視した。そして、言った。

 「なるほど、さすがは備前の名刀、長船派とお見受け致したが。見事な刀でござる。刃文、反り、姿、共に申し分ござらぬ。いや、目の保養、眼福でござった。ありがとうござる。ただ、・・・」

 三郎が言い淀んでいた。朝倉は不審げな目付きで三郎を見詰めた。

 そして、少し不機嫌な口振りで三郎に問うた。

 「南郷殿。ただ、と申されたが、何か申されたいことがござるのか」

 三郎は笑みを浮かべて、恐縮そうな口振りで言った。

「ただ、備前物は焼きが過ぎて、斬れ味は宜しいが、中には脆く折れてしまうものもあるや、に聞いておりまする。まあ、朝倉殿の刀に限っては、そのようなことは無いことと存ずるが」

 三郎の言葉を聞いて、朝倉の顔色が変わった。

 「あいや、南郷殿。今の言葉は聞き捨てならぬ言葉と存ずる。何の根拠があって、さよう申されるのか」

 三郎は落ち着いた口振りで答えた。

 「朝倉殿の刀がそうであるとは申してはござらぬ。備前物の中には、そのように折れやすいものも結構ござるよ、と申したまでで」

 「これは、したり。ますますもって、聞き捨てならぬ言葉と存ずる。これは、一度試して戴かなければなるまいて」

 そのような押し問答が続いた結果、期日を決めて、試合をすることとなった。

 明くる日、三郎は何かを風呂敷に入れ、懇意の鍛冶屋に持って行った。

 数日後、鍛冶屋から出来上がったものを受け取り、今度は指物師のところに行った。

 

 試合の日が来た。

 試合は大館城の近くを流れる夏井川の河原にて行うこととなった。

 渺茫たる河原が目の前に広がっていた。

 試合の刻限となり、今川指南役の検分立ち合いの下、三郎と朝倉定右衛門が相対した。

 定右衛門は自慢の備前ものをすらりと抜いて、正眼に構えた。

 三郎は木刀を手にした。定右衛門が吼えた。

 「あいや、しばらく。南郷殿、木刀とは笑止千万。いざ、尋常に剣を取られよ」

 三郎はからからと笑いながら答えた。

 「だまらっしゃい。余計なご心配はご無用でござる。この木刀はそれがしが飯野八幡に必勝祈願のため、三日三晩参篭して、神意を得た木刀でござる。備前物と云えども、この木刀を斬り落すことは叶わぬものと思し召されよ」

 定右衛門はこの言葉を聞いて、激昂し、鋭い太刀先で三郎に襲い掛かった。

 定右衛門の刀と三郎の木刀が激しく斬り結んだ時のことであった。

 ガツっという鈍い音がした。

 木刀が両断されると思いきや、備前の刀が中ほどから、ポッキリと折れてしまった。

 折れた刀を見ながら、茫然と立ち尽くす朝倉定右衛門が居た。

 「わしの刀が、備前の刀が、・・・」

 と、呟きながら、立ち尽くす定右衛門が居た。

 

 勝負があっけなく終わり、検分役に一礼して、木刀を片手にすたすたと立ち去る三郎に追いつこうと、小浜老人が小走りに駆け寄って来た。

 「南郷殿、お待ちあれ。まことに、お見事でござった。木刀で備前の名刀をへし折るとは、凄い手練でござる。朝倉め、自慢の刀をへし折られ、これまでの高言の鼻もへし折れたことでござろう。愉快、まことに、愉快でござった」

 三郎が小浜老人に挨拶を返そうと振り返った時、小浜老人の傍らで微笑む女人に気付いた。

 嫣然と微笑む美女が立っていた。

 「これは、おまあさま、でござるか」

 なんと、おまあさまがこの試合を観ていたのであった。

 「このたびは、この小浜の爺のかたきを取って戴き、ありがとうございました。南郷さまの見事な腕前を拝見し、まあも小浜の爺同様、嬉しく思っておりまする」

 三郎の記憶はここでプツっと途絶えた。

 おまあさまと、その後、どのような言葉を交わしたのか、一切記憶には残らなかった。

 後で、弥兵衛がその時の三郎の様子を語っていた。

 「まあ、だんなさまときたら、しだらねえ(締まりのない、という意味)かおをして、ろくずっぽ、くっちゃべることもできず、おまあさまのめんこいかおばかり見ていたなっし。あんな、でれすけなだんなさまを見たのははじめてで、おいらはおどろいたっぺよ」

 

 三郎の木刀には工夫が施されていた。

 即ち、細めの木刀に鉄の板を張り、その上に木の薄板を貼って、普通の木刀に見せかけていたのである。鉄は家法の雷神丸、風神丸、竜神丸を拵えた残りとして南郷家の宝物蔵に大事に秘蔵されていた隕鉄を用いた。鍛冶屋がその隕鉄を薄い板に延ばし、それを指物師が木刀に貼り付けた上で、更に木の薄板を鉄の上に貼って、木刀に仕立てたという次第であった。

 これが、三郎が考えた必勝の兵法工夫であった。

 試合の後、数日、三郎はにやにやしながら、時折り、やるせなさそうに溜息ばかり吐いていたと云う。憧れのおまあさまとの出会いを思い出していたのかも知れない。

 一方、朝倉は自慢の備前の名刀を無残にもへし折られ、その後は刀自慢も出来ず、刀談義の際も大人しい態度で殊勝に振舞ったとのことである。

 南郷三郎の第五番目の勝負はこのようにして終わった。



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