第五話・ジェニオ家の決まり
「アポステル、この通りだ! 許してくれ!」
集会場から出てきた村人に「ぜひお礼を」と連れられて場所を宿に移したラフィンたちは、食堂で話すこととなった。現在はすっかり回復した宿の店主や雇われている店員が、慌てて食事を用意してくれている。
食堂にある長テーブルを前にそれぞれ席に腰を落ち着かせたところで、少年が――シェーンがテーブルに両手をついて深く頭を下げた。
けれども、謝罪を向けられたアルマはといえばそんな彼を見てぷい、と顔を明後日の方に向けてしまう始末。
「頭を下げる相手が違う気がする」
「ぐ……ッ!」
「……で、お前の依頼はなんだったんだよ、アポステルに会いたいってのは」
「……」
「話したくないってんなら深くは聞かねぇから、金だけよこせ。こっちも仕事なんだ」
ラフィンは隣に腰かけるアルマを宥めながら、本題に入るべくシェーンに言葉を向けたのだが――シェーン本人は忌々しそうに睨みつけてくるばかりで口を開こうとしない。
ラフィンにとっても、この少年の印象はすこぶる悪い。話したくないのであれば、これ幸いとばかりに報酬を要求した。快く思えない相手の要件など、できれば深く聞きたくはないし関わりたくもないのだ。
だが、シェーンはその物言いに不愉快そうに眉を寄せると、両手でテーブルを叩いて立ち上がった。
「金だけよこせとはなんだ! この野蛮人がっ、強盗か貴様は!」
「会うことはできたんだから依頼達成だろうが!」
「だからって、もう少し言い方があるだろう! 会いたいだけの依頼があるか馬鹿者がッ!」
「ならガン飛ばしてねぇでさっさと話でもなんでもしろってんだ!」
テーブルを間に挟み、対面する形で言葉のぶつけ合いをするラフィンとシェーンを見て、デュークは表情に薄く苦笑いを滲ませる。プリムはそんな彼の隣に腰を落ち着かせたまま、運ばれてきたホットミルクをちびちびと喉に通していた。
ハチミツ入りのホットミルクは、旅の疲れが溜まった身をこれでもかというほどに癒してくれる。
シェーンは暫しラフィンと睨み合ってはいたものの、やがて疲れたように深い溜息を吐き出すと静かに椅子に座り直した。
「……単刀直入に言う、僕も祈りの旅に連れて行ってもらいたい。そのために、この村でアポステルを待っていた」
シェーンの、文字通り単刀直入としか言いようのない頼みにラフィンはしかめっ面へと表情を変え、デュークは困ったように眉尻を下げた。プリムは触らぬ神になんとやら状態か、貝のように口を閉ざして状況を静観している。
「……理由は?」
「貴様に話す必要はない」
「なら却下だ」
「な……ッ! なぜ貴様が決断するんだ!」
このままでは、まったく話が進みそうにない。ラフィンは一度目を伏せて片手で己の横髪を乱雑にかき乱すと、面倒だとばかりに椅子の背もたれに背中を預けて寄りかかった。
ただでさえ好意的に見れない相手、理由もわからずに旅に同行させるなどできるはずもない。理由次第では考えようがあるものの、それを話したがらないのであれば、この話はここで終わりだ。
アルマは運ばれてきたブドウジュースを静かにすすりながら、どこか不貞腐れたように眉を寄せている。
基本的にフレンドリーなアルマが、こうまで不機嫌を面に出すのは極めて珍しいことだ。それだけ、シェーンのことが許せないのだろう。
アルマがこうである以上、理由を話せないのならば尚更同行などさせるわけにはいかなかった。
「……ジェニオ家の」
「あ?」
「ジェニオ家の決まりだからだッ!」
けれども、ラフィンがそんなことを考えていた時。
不意に目の前で俯くシェーンがポツリと呟き、依然として睨みつけてくる視線はそのままではあるが、取り敢えず理由らしい言葉を向けてきた。
「決まり、ですか?」
「そうだ、僕の曾祖父は以前アポステル様に命を助けられ……なんとかお礼をしようとしたが、そのアポステル様が仰られたそうなんだ。自分にではなく、自分の跡を継いで祈りの旅に出る後世のアポステルたちを助けてやってほしい、と」
シェーンが静かに語り始めた言葉に、さしものアルマも興味を示したようだ。両手で大切そうに持っていたグラスをテーブルに置き、余計な口を挟むことなく彼の話を聞いている。
同じアポステル同士、やはり気になるのだろう。
「それから我がジェニオ家の者は、代々に渡り祈りの旅に同行することでアポステル様をお助けしてきた。僕の祖父も、父も」
「ふぅん……んで、今回はアンタの番ってことなんか」
「そうだ、このままではご先祖様に顔向けができない」
なにやら歴史のある家柄らしい。
プリムはテーブルに頬杖をつきながら納得したように呟き、ちらりと視線をラフィンやアルマへと向けた。彼女は現在のメンバーが好きだ、気兼ねなく騒げるよい仲間だと思っている。
だが、その仲間内がシェーンの加入でメチャクチャになるのであれば彼女とて反対したいところ。仲間と認めた者には世話を焼くが、そうではない者に対してはドライな面があるのがプリムだ。彼女にとってシェーンがご先祖に顔向けできるかどうかなど、別にどうでもいい。
盗みを働いた自分を受け入れてくれたラフィンとアルマの方が、遥かに大事なのだから。
「どうするん?」
「僕はやだ」
プリムから向けられる問いにラフィンは一度こそ考えるような体勢を取ったものの、彼女の問いに間髪入れずに返答を向けたのはアルマだった。それには流石にラフィンもプリムも驚いたように目を丸くさせて彼女――否、彼を見遣る。
シェーンは情け容赦ないその返答に泣きそうな表情を浮かべながら、懇願するようにアルマを見つめた。対するアルマはトン、とテーブルを手の平で軽く叩き、無表情に彼を見返す。
「――まずは、ラフィンにごめんなさい言うのが先だよね」
「は……っ、はい……」
その場の空気が、アルマのその一言で凍りついたような錯覚をラフィンは確かに覚えた。
ちなみに、先に手を出したのはどちらかといえばラフィンの方が先だ。ゆえに、シェーンだけが悪いとは言えないのだが――アルマの中では、そういうことになっているらしい。
誰だって、自分の大事な親友に怪我をさせられたら気に喰わないものなのだろうが。
「…………す、まなかった」
「あ、ああ……いや、こっちの方こそ……」
ラフィンとシェーンは先ほどまでの険悪な様子もどこへやら、暫しの空白の末に互いに相手へ謝罪を向けた。
もっとも、その一言を発するまでにわずかな沈黙があったことから、心のからのものとは異なるかもしれないのだが。




