第一話・ピルツ村のキノコ料理
『カネルはすごいわ、まだ小さいのにあんなにお祈りのお勉強を熱心にやって。神殿の人たちもとても褒めていたのよ』
『カネルはヴィクオンで一番の美少女だって今日同僚に言われちまってさぁ、ハハッ! 父親として鼻が高いよなぁ!』
『あっ、カネル髪切った? 長いのもよかったけど、短くても似合うのね』
『あ、カネル。それ大人気のコーデでしょ? いいなぁ、カネルは本当になにを着ても似合うし、可愛いのよね』
カネルはその日、夢を見ていた。まだヴィクオンの都で平和に暮らしていた頃の、懐かしい夢だ。
彼女は物心ついた頃から「可愛い」と言われてきたし、興味を持った祈りの勉強を始めれば元々の才能ゆえにかぐんぐんと伸びた。
祈り手の基本となるクラフトの祈りは、どれだけ幼い頃から学んでも十歳ほどになるまでは形を成さないものなのだが、彼女の場合は五歳の頃には火を起こしたり風を巻き起こしたりすることもできた。神殿の者たちはカネルを「天才」と言って褒めたし、この都で一番優秀な祈り手で将来も有望だと言ってくれた。
誰もが認める美少女で、祈りの才能も抜群。そんな彼女を両親は溺愛したし、なんでも言うことを聞いてくれた。街の者だってそうだ。カネルが声をかければ誰だって――特に男連中は鼻の下を伸ばして、デレデレになったものである。
女も男もカネルにとっては味方で、友達も本当に多かった。カネルはすごい、えらい、と同世代の子供のみならず年上の子供たちまでもが彼女を褒めてくれて、どんなワガママだって「カネルが言うなら」と聞いてくれた。
だが、ひとつだけ――そんな彼女が思い通りにならなかったことがある。
『ねぇねぇ、カネル。ラフィンってさぁ、カッコイイよね』
『ラフィン? 自警団のおじさんの……子供の?』
『そうよ、とてもキレイな顔してると思わない? みんな言ってるのよ、バレンタインにはラフィンにチョコあげてアタックしよっか、って』
『ふぅん……』
それが、ラフィンだった。
当時ラフィンは街で「カッコイイ」と話題になっていて、ひとりの友人からそんな話を聞かされたのだ。
みんながアタックしたくなるようなカッコイイ男の子――それを聞いて、カネルの心には「ほしい」という想いが芽生えた。
都で一番可愛くて、誰もが認める将来有望な自分の隣にそんな男を置いておけば、みんながもっと自分を褒めてくれる、注目してくれる。純粋に、そう思ったから。
『それにね、ラフィンのお父さんって昔すごい守護者だったんだって。だからラフィンも将来そうなるために頑張ってるらしいよ』
と、そんな話を聞いたら黙っているわけにはいかなかった。
誰より可愛くて優秀な祈り手の自分と、カッコよくて強いガーディアン。絶対に手に入れなくてはと、カネルは固く心に誓ったのだ。
『あなた、わたしのガーディアンにしてあげてもいいわよ? あなたにわたしを守らせてあげる』
『いやだ』
けれども、当のラフィンの返事はなんとも素っ気ない、たった三文字だった。
考えるような間すらない、見事なまでの即答だ。カネルは一瞬なにを言われたのかわからなかったが、程なくして「断られた」と理解するなり可愛らしい顔を不服そうに歪ませた。
物心ついた頃には誰もが彼女の言うことを聞いていたからこそ、思い通りにならない現実がなにより面白くなかったのだ。
『自分が守るやつは自分で決める。大体、そんなエラソーなこと言ってくるようなやつ、誰が守りたいって思うんだよ』
ラフィンは――ラフィンだけは、彼女の思い通りにならなかった。
それから何度も同じような話をしたが、ラフィンがその頭を縦に振ることはただの一度もなかったのである。
そんな彼を、突如現れたアルマが横からさらっていった。
アルマと一緒にいる時のラフィンは本当に楽しそうに笑うし、カネルが見たこともないような顔で話したり遊んだりしているのがとても気に喰わなかった。
そんなラフィンが父ガラハッドに対し「アルマのガーディアンになるんだ!」と言っていたのを聞いた時は、嫉妬で気が狂うかと思ったほどだ。
「……」
カネルはぱちりと目を開けると、静かに身を起こす。あまりの夢見の悪さに吐き気がしていた。
指先が白くなるほどに固く布団を握り締め、込み上げる憎悪をやり過ごす。結局あのお祭り騒動ではアルマが女だという話の真相を確かめることはできなかったが、彼女にとってそんなことは既にどうでもいい。
自分は、アルマを始末できる力を手にできる。だって、選ばれた存在だから。
「……見てなさいよ、思い知らせてやるんだから」
今はまだ力を蓄えなければならない時期だと、男に言われた。だが、それを過ぎれば自分がアルマを始末できる。そう考えると愉快で愉快でたまらない。
恐怖に怯え、涙ながらに自分にひれ伏すアルマの姿を想像するだけで笑いが込み上げてきた。
* * *
「あ、見えてきたよ。あれがピルツ村かな?」
「ほんまや、結構遠かったなぁ。オリーヴァから……ええと、約四日? 五日くらいか?」
「途中に休めるところとかなにもなかったもんね」
祈りの旅を再開したラフィンたちは、オリーヴァの街を発ってから野宿を繰り返し、ようやく次の村へ辿り着こうというところだった。小高い山を登ったアルマとプリムは額の辺りに片手を添え、嬉しそうな声で互いに言葉を交わす。
ラフィンは体力のないデュークの手を引き、無理のないペースでそのあとを追った。時折彼を振り返り、具合を確認しながら。大丈夫だろうかと心配にはなるのだが、その首から提げるペンダントを見れば自然と表情には笑みが滲む。それは、彼の母シェリアンヌがデュークにとラフィンに預けた品だ。
「大丈夫か?」
「え、ええ……すみません、ご迷惑をおかけして……」
「別に迷惑ではないけどよ、その鎧が重いんじゃねーのか?」
「な、なにを言うのです、鎧がないと私は生きていけません!」
「そんなにかよ」
デュークは元々身体が弱かったため、現在も体力は非常に低い。だというのに、見るからに重そうな鎧を身に着けているのだから「それを脱げ」と言いたくなるのだ。
会って間もない頃に聞いたが、デュークは地味に騎士オタク――否、マニアである。その騎士が身に着ける鎧をこれでもかというほどに溺愛しているわけで、こうして彼自身が鎧を着用しているということだ。
彼は祈り手――別に鎧などの重装備は必要ないはずなのだが。
「(まぁ、いいか……こういうの着けて旅する方が身体は鍛えられるだろうし)」
ラフィンは幼少の頃から、父ガラハッドの虐待とも言えるスパルタ教育を受けてきた身だ。中にはそのような――錘をつけて生活するなどの訓練も含まれていた、ゆえに体力作りにはなるだろう。
「んじゃ、あと一息踏ん張ろうぜ。今日は久々に柔らかい布団で寝れそうだな」
「はい、ピルツ村はキノコ料理が有名なのです。食事についても期待してよさそうですよ」
「へぇ、そりゃ楽しみだな」
ここ数日の野宿で口にしたものと言えば、オリーヴァの街で購入した食糧――主に野菜類だ。
それを考えると肉や魚が食べたいところではあったのだが、ブランシュの村の野菜料理のこともある。野菜をメインに使った料理があれほどまでにおいしいとは思わなかった、有名ということはピルツ村のキノコ料理もさぞよい意味で期待を裏切ってくれることだろう。
あの村には「アポステルに会いたい」と言ってきた依頼人もいるはずだ、あまり浮かれてばかりもいられないのだが。
それでも、久方振りとなる村。喜ばずにはいられなかった。




