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第十二話・黒い思惑


 ラフィンに置いていかれたアルマは持っていた焼き鳥をベンチに置いたパックの中に戻し、軽く辺りを見回した。騒ぎの発端となった場所からは程遠いものの、祭り会場内は混乱に包まれている。

 先ほどまでは浮かれた雰囲気に呑まれて楽しそうにしていた一般人たちの顔には、隠せない不安が滲み出ていた。

 今この場でできることをしようと、アルマは気を取り直し状況の把握を急ぐべく改めて周囲に目を向ける。


 煙が上がっているのは街の東側。不幸中の幸いか、それ以外の区画からは今はまだ火の手などは上がっていない。屋台の火が風に煽られて近場に燃え移った、などであれば騒ぎの鎮静化にもそう時間はかからないだろう。

 この近くに転倒して転んだ者もいないようだ。誰もが皆、不安そうに街の東側を見つめているばかり。

 ラフィンは大丈夫だろうか、彼は騒動があるとなにかと首を突っ込んで色々と世話を焼くから――アルマはそんなことを考えながら、祈るように胸の前で両手を合わせる。


「――貴様がアポステルだな。やだねぇ、本当に女じゃないか」


 けれども、そんな時だった。

 不意にアルマは自分の真後ろに、聞き慣れない女の声を聞いたのである。

 反射的に振り返ってみれば、そこには夜の闇に紛れそうな黒衣に身を包んだ一人の女が立っていた。口元は黒いマスクで覆われ、露出しているのは顔の上半分のみ。

 ほのかな月の光に照らされる藤色の長い髪は幻想的な雰囲気を醸し出し、状況も忘れてアルマは一瞬彼女に見惚れた。美しい――そう言葉に出すのもおこがましく感じられるほど。


 だが、女の手には銀色に輝く鋭利な短刀。彼女の双眸はその刃物の如くアルマをまっすぐに見据え、突き刺さる。


「覚悟ッ!!」


 そして次の瞬間、彼女はその双眸を見開くと共にアルマに襲いかかった。


 * * *


 街の東側へ向けて駆け出したラフィンは、途中でプリムやデュークとの合流を果たした。どうやら二人でお祭りを見て回っていたようだが、やはり悲鳴と煙が気になったのだろう。

 この二人もラフィンに負けず劣らず、変に正義感が強い。

 東側区画は、辺りに所狭しと並んでいた屋台の複数から火の手が上がっていた。出火元は屋台ではなく、それらの後ろに並ぶ酒場からだ。祭りで出払い、空になった酒場から火が出たのだと思われる。


「か、火事や! デューク、消火せんと!」

「はい、火は私に任せてラフィン君とプリムさんは怪我人をお願いします!」

「了解や!」


 軽く混乱しながら、それでも互いに言葉をかけ合い対応に回るプリムとデュークのやり取りを聞きながら、ラフィンは燃える酒場を怪訝そうに見上げていた。

 なんとなく、既知感がある。


「(火事……また、酒場が……? あちこちにビアガーデンができてるから、酒場の中はもぬけの殻のはず……)」


 今日から三日間、オリーヴァの街ではお祭りが開催されている。その間、街のあちらこちらにビアガーデンが設けられていた。

 つまり三日間、この酒場は使われないのだ。使われないということは、店主が出る間際に火元の点検くらいはするだろう。

 屋台の火が飛んだのか。そうは思ったが――酒場の近くには、火を使うような店はひとつも出ていなかった。


「(ヴィクオンで起きた騒動に似てる、ただの偶然なのか……?)」


 あの時はお祭りではなかったが、多少なりとも状況が似ている。けれども、あの時に火を起こしたと目撃があったカネルがこの街にいるはずもない。

 偶然だと、ラフィンは小さく頭を左右に振ってプリムに遅れること数拍――怪我人や住民の避難に協力すべく駆け出した。


 ラフィンは知らないのだ。カネルがあのあと、ヴィクオンを追放されたということを。

 そのため、彼女がこの街にいるはずもない。そう結論づけてしまった。

 しかし、この時――カネルはラフィンのすぐ近くにいたのである。


「ふふ、やってるやってる……そうやって怪我人を助けて時間を使えばいいわ」


 カネルは東側地区のすぐ傍にある出入り口の門に隠れて、彼らの様子を窺っていたのだ。

 彼女はラフィンがどのような男であるかを知っている。ヴィクオンでの時と同じく、離れた場所で騒動を起こせば、運動神経が死んでいるアルマを安全な場所に置いて救助に来ることは理解していた。

 ラフィンがいないアルマが、自分で自分の身を守れるはずもない。そこをあの女や彼女の舎弟である痩せ型の男に襲わせれば、邪魔なアルマを問題なく始末できる。


 しかし、あの女や男と知り合いであることがバレてしまっては元も子もない。アルマを始末したあと、その二人とて彼女にとっては邪魔な存在であり、用済みなのだ。


「(アルマを殺した憎い敵として、ラフィンに倒させればいいわね。癪だけど、アルマを殺されてラフィンが許すわけないもの)」


 そこまで考えて、カネルは己の手首にある時計を見遣る。時間的には、まだあまり経っていない。

 痩せ型の男はともかく、女の方は随分と腕に覚えがありそうだった。既に事が済んでいてもおかしくはない。

 だが、もしもまだ終わっていなかったら。

 ラフィンなら、きっとアルマを守れてしまう。それだけは絶対に避けなければ、と。カネルはそう思いながら、住民たちの避難を手伝うラフィンとプリムを見つめていた。


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