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第六話・商店街の騒動


『母さん……苦しいの? ねぇ父さん、母さんが苦しそうだよ』

『ああ……そうだな……』

『先生は? 先生は来てくれないの?』

『先生から薬はもらってある、持ってくるから母さんの傍についててあげなさい』


 ガラハッドは、自分の腰ほどまでしかないラフィンの頭をそっと撫でると静かに踵を返す。ラフィンはクリスの寝室を出ていく父の背中を不安そうな面持ちで見つめた。

 たくましく、いつも大きかった背中がその時はとても小さく見えたのだ。

 寝台を見れば、母クリスが蒼白い顔をしながら苦しげに浅い呼吸を繰り返している。意識があるのかないのかさえ定かではなかった。


 医者は、あと数日の命だろうと言っていた。

 そう告げられた時の父の姿を、ラフィンはきっと一生忘れない。


 * * *


「……?」


 真っ暗な部屋の中でラフィンは目を開けた。ふわ、と眠たげにあくびを零しながら片手で己の目元を擦る。

 静かに身を起こすと、そこは自宅の二階にある自分の部屋だった。窓から見た外は未だ夜の闇に包まれている、寝入ってから二、三時間程度といったところだろう。


 隣を見ればアルマが身を丸めて眠っている。

 いただきますで男になり、ごちそうさまで女に、更に就寝前にラフィンと「おやすみ」を言い合った時にまた男になった。そして現在に至る。

 だが、ラフィンとしては助かる。いくら相手が親友であっても、やはり身体が女の状態では一緒に寝ることに多少なりとも抵抗がある。


「(嫌とかじゃない……嫌じゃないんだ、むしろ女と一緒に寝れるなんて正直なところ嬉しいさ。けど相手はアルマなんだぞ、万が一親友を変な目で見るようになったらどうすりゃいいんだ)」


 ラフィンはアルマを起こしてしまわないように静かに寝台を降りると、その身に布団をかけ直してやる。


「(……にしても、随分懐かしい夢見たなぁ……)」


 先ほどの夢は、ラフィンがまだ幼い頃のものだ。母クリスが不治の病に罹り死の淵に立たされた際の。

 当時を思い返しながらぼんやりと窓の外を眺めていたものの、やがてラフィンの双眸は夜の闇の中に相応しくない明かりを見つけた。


「……? あれは、火……!?」


 程なくして、随分遠くからではあるが人々の声も聞こえてきた。ラフィンは窓に駆け寄り開け放つと、夜の闇に耳を澄ませる。

 耳裏に片手を添えて目を伏せれば、研ぎ澄まされた聴覚がいくつもの声を拾っていく。明確な言葉が聞こえる訳ではないが、なにかがあったのは確かだ。次々に悲鳴が聞こえてくる。


「ラフィン……どうしたの?」

「っと……悪い、起こしちまったか。よくわかんねーけど街でなにかあったみたいだ、ちょっと行ってくるからお前はここにいろよ」

「で、でででも」

「事の次第によっちゃ街の中は混乱してる、お前どんくさいんだから人にぶつかって転ぶのがオチだ。……いいな?」


 それでもアルマは納得とは程遠い表情をしていたが、小さくとも頷いたのを確認してラフィンは上着を片手に階下へと降り、大急ぎで自宅を飛び出した。鍵が開いているところを見れば、恐らくはガラハッドも異変を感じ取り外に出ているのだろう。


 外に出ると、色々なものが燃える独特の匂いがうっすらと漂っていた。火の手は遠いようだが、風に乗れば火などすぐにあちこちに広がっていく。のんびりはしていられない。

 幸いなことに夜の火災は見つけるのが楽だ。闇の中で光り、自分で存在を主張してくれるのだから。


「あれは……! ちっくしょ、よりにもよって商店街かよ!」


 商店街には色々な建物が建ち並ぶ。宿屋に酒場、武器防具店や道具を取り扱う店など様々だ。そんな中で火災など起きれば、混乱は避けられないだろう。

 人手が多いことが吉と出るか凶と出るか――それは行ってみなければわからない。

 ラフィンは小さく舌を打つと、騒ぎになっているだろう商店街へと一目散に駆け出した。


 * * *


 程なくして行き着いた商店街の大通りは、案の定大混乱を起こしていた。

 火の手が上がったのは酒場の裏手、そこに積んであったタルから出火したらしい。

 辺りには黒煙が上がり、酒場の中からは次々に客が飛び出してくる。その際に客同士で衝突し、転倒して怪我をしている者も多い。頭や足から血を流し、近くの壁にもたれて休んでいる者もいた。

 だが、ラフィンはこの火災にひとつの引っかかりを感じる。


「ラフィン! お前も来たのか!」

「オヤジ、どういうことなんだ、なんで酒場から火が出た!?」

「わからん、店の中から出火するなら分かるんだがな」


 酒場の中では客に提供するために料理を作ることが多い、それゆえに火の取り扱いを誤り火事になるというのならばわかる。

 だが、なぜ酒場の裏手から火が出るというのか――考えられる可能性はそう多くはない。


「……放火か」

「誰がやったかは知らんが、その可能性が高いだろうよ。とにかく火を消さないことにはどうにもならん。ラフィン、お前はこれ以上被害が広がらんように住民の避難を助けてやってくれ」

「分かった、気をつけろよ!」

「ああ、お前もな」


 ガラハッドの言葉にラフィンは了承の意味合いを込めてしっかり頷き返すと、それぞれ真逆の方へと駆け出す。ガラハッドは鎮火のため、ラフィンは住民の避難のために。

 放火となれば誰がやったものなのかは気になるが、今は人々の安全を確保するのが先であった。


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