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第十話・ただの嫉妬深い恋人


「……で、なんで当たり前のようにアンタが居座ってんだ?」


 翌朝、一応は事の顛末を話したラフィンとアルマだったが、プリムとデュークの顔色があまりよくない。どうしたのかとラフィンは疑問を抱いたのだが、それよりもまず気になったのは――突然襲ってきたリリスが既に仲間のような顔で宿に居座っていたことだ。それも相席。

 現在はフルーツジュースをすすりながら、大層ご満悦そうににこにこと笑っている。


「えぇ~だってぇ、アイドース様って極度の男嫌いなのでぇ、あの方のお傍にいても殿方の精気って戴けないんですものぉ」

「……それで」

「ですからぁ、たまにでいいのでわたくしに精気をくださいね、ラフィンさん」


 さらりと、これまた当たり前のようにそんなことを言い出したのである。

 精気を与える、それはつまり前回同様に口からだろう。つまり、キスで。

 ラフィンは思わず全力で拒否を示そうとはしたのだが、それよりも先に声を上げたのはプリムとデュークだ。


「それはあかん!」

「ええ、それはいけません! ダメです!」

「お、おい、どうしたんだ二人とも……」


 プリムはテーブルを片手で叩いて立ち上がり、デュークは彼にしては珍しくどこか必死な様子で反対を向けた。見事に息の合った反応に、戸惑ったのはむしろリリスよりもラフィンの方だ。

 しかし、プリムとデュークの脳裏には――否、目には今もまだしっかりと焼きついているのだ。昨日のアルマの、あの恐ろしい様が。彼らの顔色が悪いのはその影響である。


「ラフィンはさっさと寝てしもうたから知らんのやろうけど、アルマちゃんは怒らせたらあかん……」

「ええ、その通りです。一体誰ですか、アルマさんはセラピアの祈りしか使えないと言ったのは……」

「えへへ……」

「いやアルマちゃん、褒めてへん。カケラほども褒めてへんで」


 プリムとデュークの呟きに、アルマは頬をほんのりと赤く染めて片手で己の後頭部などかいてみせる。本人は照れくさそうにしているが、プリムには褒めたつもりなど一切ない。恐ろしい、ただそれだけなのだ。

 当然、不意を突かれて意識を飛ばしてしまったラフィンには、なにがあったのかわからない。頻りに疑問符を浮かべるばかり。

 するとリリスは双眸を笑みに細めると、向かい合って座る彼の口元にそっと人差し指を触れさせて、爪でちょんとつついてみせた。そんな様を見て、プリムもデュークも蒼褪めながら喉を引きつらせる。


「うふふ、わたくし昨日アポステルちゃんにお仕置きされちゃったんですぅ」

「お、お仕置き? セラピアの祈りしか使えない云々ってことは……他の祈りを使ったって、こと……か?」


 けれども、プリムが恐る恐るアルマを見てみれば――当のアルマは普段通りのほほんとしたまま、不思議そうに首を捻っていた。


「……あれ? アルマちゃん、怒らんの?」

「え、どうして?」

「せやかて昨日は、ラフィンとちゅーしたあぁ! ってブチ切れとったやん……」

「……お前、そんなこと言ってたのか……」


 そうなのだ、昨日のアルマは確かにリリスがラフィンとキスしたことに対して激怒していた。その時のことはアルマの記憶にも残っているらしく、今度は顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 ちなみに現在のアルマは少年の姿だ、それを踏まえた上でラフィンは胸の前で腕を組むと何度か小さく頷いた。


「ってことは、その状態も発情期が原因なんだろうな。女の状態の時だったんだろ?」

「せ、せやな、確か女の子になってる時やったと思う……っちゅーかまるで女のアレやなぁ」

「そ、そうですね、女性の月経に似ているのでしょうか。女性は月経が近づくとイライラしたり怒りっぽくなると言いますが……」

「アルマちゃんの場合、発情期が近づくとラフィンの周りにいる女にキレやすくなるっちゅーところか。愛されとるなぁ、ラフィン?」


 プリムの言葉にラフィンは眉を寄せると、特に返答を向けることなく隣に座るアルマを横目に見遣る。親友は依然として真っ赤になって俯いたままだ、気恥ずかしそうに両手で顔面を覆い「うう」と唸ってばかり。

 ラフィンには、わかる気がした。その気恥ずかしさを。

 なぜアルマの発情がラフィンにしか発動しないのかは定かではないが、プリムやデュークが立てるその仮説では、まるでただの嫉妬深い恋人だ。


 当然、ラフィンとアルマはそのような関係にある訳ではない。二人はあくまでも親友なのだ。アルマが嫉妬深い恋人のようになってしまうのも、ジジイ神とアプロスがブチ込んだ魔力のせい、というだけ。アルマ本人の意思ではどうにもできないことなのである。


「(普通の発情よりはいいのかもしれないけど、アルマとしちゃ恥ずかしいだろうな……)」


 少年の状態の時は、リリスがラフィンとキスをしても怒り狂うことはなかった。ということは、やはり発情期の嫉妬モードは少女の時のみなのだろう。

 これから一ヶ月に一度、アルマは少女の姿の時のみラフィンの身近にいる女にブチ切れる。なんとも恐ろしい。


「ではでは、アポステルが発情期を終えた頃ならラフィンさんに精気を戴いても構わないという訳ですねぇ~」

「なんでそうなるんだよ!」

「いけませんかぁ?」

「いけません!!」


 なにをどう思って「では」なのかは不明だが、嬉しそうに目を輝かせるリリスにラフィンは当たり前だが頭を左右に振る。ちっともよくない、よいと思える理由を教えてほしいくらいだと思った。

 それでもリリスは不満そうに唇を尖らせてオネダリしていたが。

 アルマはそんなやり取りを、大好きなブドウジュースをすすりながら見つめていた。


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