第五話・番人との戦い
『……お前なぁ、あんま挑発するようなこと言うなよ』
『ちょ、挑発?』
『今のお前は女で、俺は男なんだ。やろうと思えば、いつでも襲えちまうんだからな。お前が思ってるほど俺は自分の理性に自信なんか持ってねーし』
アルマはゴーレムと交戦するラフィンとプリムを見つめながら、以前ラフィンと交わした会話を思い返していた。
アルマにとって、ラフィンは昔から「カッコイイヒーロー」そのものだ。困っているといつも手を差し伸べてくれて、泣いていると泣き止むまでよしよしと頭を撫でてくれる。
更には顔立ちも整っていて、美形と言えるだろう。つまり単純にカッコイイのだ。
けれども、アルマにとってその認識は変わりつつあった。それはもう、猛烈な勢いで。
「(ラフィンは強くてカッコイイ、だけど……)」
きゅ、と胸の前で両手を握り締めてアルマは口唇を噛み締めた。
デュークはそんなアルマの様子に気付くことなく、伏せていた双眸を開くとゴーレムの注意を引き付ける両者に声を掛ける。
「ラフィン君、プリムさん! 離れてください!」
デュークの言葉にラフィンとプリムは一瞬のみ互いに顔を見合わせ、それぞれ飛び退った。
それを確認するとデュークは剣を掲げ、祝詞を紡ぐ。
「紅蓮の炎よ、燃え盛れ! フレイムバレル!」
ゴーレムは己から離れるラフィンやプリムを真っ赤な眼で見遣り、開いた距離を埋めようとしたが、それは叶わなかった。足を踏み出そうとした矢先、ゴーレムの頑強な両足は床から迸る炎に包まれ、真っ赤な炎は程なくして全身へと広がっていく。
やがてゴーレムは全身を炎で覆われてしまったが、これで終わりではない。それはデュークとて理解している。
「グオオオォ!」
次の瞬間――ゴーレムは雄叫びを上げながら、太い四肢を動かすことで己の身に纏わりつく炎を掻き消してしまったのである。頭上から降り注ぐ火の粉にラフィンは小さく舌を打ち、プリムは愛用の得物で次々に払っていった。
「――凍て付く氷よ、覆い尽くせ! フリーズウォール!」
だが、デュークは怯むことなく、次に氷の祈りをゴーレム目掛けて放った。
今度は足元から分厚い氷に覆われ始め、ゴーレムは苛立っているのか呻くような声を洩らすが――この祈りは敵の足止めに使うものであり、ダメージにはならない。それを良いことに両腕を振るい、いきり立ったように吼えると一度僅かに身を屈ませてから突如として跳び上がったのである。
ラフィンとプリムは思わずゴーレムを見上げ、着地点をある程度予測してから慌てて壁際に跳んだ。踏み付けられれば確実に命を落とす、その足元にいる訳にはいかなかった。
程なくしてゴーレムの巨体は、デュークやアルマの傍に落ちてくる。ダメージにはならずとも、祈りの力はやはり厄介なものと判断したのだろう。
「アルマ、デューク!!」
「あかん、今行くで!」
ラフィンとプリムは咄嗟に後方に駆け出そうとはしたのだが――それよりも先に、着地したばかりのゴーレムの身が足元から氷と共に派手に崩れ始めたのを見て、思わずその足を止めた。
何が起きたのか、あれほどまでに頑強な身には大きな亀裂が走り、足だけでなく胴体や腕部分までもが次々に崩れていくのだ。
デュークは念のためにアルマと共に更に後方に退くと、その光景を真剣な眼差しを以て見守る。
「ラフィン君、プリムさん!」
「……あ、ああ! ラフィン、トドメや!」
突然の出来事に唖然としていたプリムだったが、慌てたように我に返るとラフィンに一声掛けてから駆け出した。またとない好機、逃す訳にはいかない。
ラフィンも彼女に遅れること数拍、その後ろに続く形で駆けると利き手で拳を作る。
ボロボロに崩れた身を必死に動かしながら、飛び掛かってくる両者を迎え撃とうとゴーレムは腕を振り上げた。
けれども、重力に倣い――その腕はひび割れた箇所から崩れ落ちていく。
「いっくでえぇ! ラプターシュラーク!」
プリムは両手で棍を振り上げて飛び掛かると、ゴーレムの腕を思い切り殴り付けた。
あれほど頑丈で攻撃一つ受け付けないほどの硬さを誇っていたと言うのに、プリムが叩き込んだ渾身の一撃は岩で出来た腕を容易に粉砕する。それはさながら、獰猛な野獣の一撃のようだ。
ラフィンは駆けながらいつものように宙に指先を走らせ、滑る指がまた一つ新しい陣を刻む。
「……力の陣――展開ッ!」
宙に描かれた陣は次の瞬間、一際強い輝きを放ち固く握られたラフィンの手の甲へ纏わりつく。プリムはそれを見遣ると同時に着地を果たし、巻き添えを避けるべく慌てて後方へと大きく跳んだ。
ラフィンは床を強く蹴って跳躍すると利き腕を一度大きく引き、ひと呼吸の後に勢いを付けてゴーレムの胸部へと拳を叩き付けた。
「ガアアアァッ!」
すると拳が叩き込まれた箇所からは更に大きな亀裂が全身へと走り、その刹那――ゴーレムの巨体はただの岩の塊と化した。目と思われた赤い部位はその色を失い、次々に身体が崩落していく。
ラフィンは崩れゆくゴーレムの身に巻き込まれぬよう着地と同時に後方へ避難し、暫しその様を見守っていた。だが、再生するような様子は全く見受けられない。それどころか、この場に到達するまでに倒したガーゴイル同様、その身――だった大小様々な岩は空気に溶けて消えてしまった。
勝った、倒した、という合図だ。
「よっしゃあぁ! 勝った、勝ったで!」
「みんな、すごいすごい!」
ゴーレムの身が完全に消えてしまうと、プリムは万歳するように両手を挙げてその場で何度も跳びはね、アルマは安心したように表情を綻ばせた。
デュークは抜き身のまま持っていた剣を鞘に収め、ラフィンはそんな彼を振り返る。
「はあぁ……なんとかなったな。デューク、何をやったんだ?」
「物質は一度熱すると膨張し体積が大きくなります。それを冷やすことで膨張した物質は縮もうとするのですが、急激に冷却すると温度の変化についていけずに亀裂が走ったり割れたりするんですよ。その原理を応用しただけです」
「……とにかく、よう分からんけど助かったわ」
デュークが淡々と告げる言葉にプリムは暫し沈黙していたが、やがて軽く後頭部を掻きながら呟く。どうやら彼女は随分と頭が弱いようだ。それが分かったからか、デュークは眉尻を下げて笑うばかりで文句は特に洩らさなかった。
ラフィンはアルマの傍らに歩み寄ると、その安否を窺う。攻撃を受けているようなことはなかったはずだが、怖い想いをしたのではないかと心配になったのだ。
「アルマ、大丈夫だったか?」
「う、うん。ラフィンこそ大丈夫なの?」
「このくらいなんともねーって、オヤジの特訓の賜物だな」
ラフィンは幼少の頃から父にこれでもかと言うほどに鍛えられてきた身だ、アルマと出逢った頃には既にかなり頑丈な身体の持ち主だった。
だが、それでも心配になるのか――アルマは暫しラフィンをジッと見つめていたが、程なくして彼の身に両腕を回してしがみついた。
「っとと……お、おい……?」
「……」
「(……真正面にゴーレム跳んでったからなぁ……怖かった、か……)」
きっとゴーレムが跳んできて怖かったのだろう。
そう解釈したラフィンは無理に引きはがすことはしないまま、ぐりぐりと頭を擦りつけてくるアルマの後頭部を片手でやんわりと撫でる。
けれども、ラフィンは知らない、知る由もない。
この時――そんな親友が心の中で何を思っていたのかを。




