第四話・起きつつある変化
再び最深部に向けて歩き始めたラフィンたちの後方、アルマは先を進む仲間の背中を見つめながら一人難しい顔をしていた。片手を己の胸の辺りに添えて、眉を寄せる。
このような体質になって、あと数日で一ヶ月になる。最初は色々と戸惑うことも多かったが、慣れてしまえばそれほど恐怖らしい恐怖もない。今では祈りの度に性別が変わることもアルマにとっては「当たり前」になりつつあった。
そんな中、ここ数日。
アルマは確かな変化を感じていたのである。
「おおぉ……ここが、最深部ってトコか?」
「どうやらそのようですね、そしてあれがウワサの番人でしょう」
「硬そうな奴だなぁ……ありゃなんだ、岩か?」
短冊敷きになった石畳の通路を進んで行き着いた先、そこはこれまでと異なり非常に広い空間であった。ドーム状になった最深部は一番奥に円形の祭壇が設けられ、そこに繋がる白い階段の手前には――デュークの言葉通り、番人と思われる姿が一つ。
休憩を挟みこそしたが、ラフィンたちの消耗は結構激しい。それ故に番人の姿を確認するなりプリムの表情が歪んだ。
その番人は、頑強な岩で造られた石人形――ゴーレムだった。
ここは通さないとばかりに階段前でふんぞり返っている以上、倒さないことには祭壇まで辿り着けないことは明白。
しかし、ラフィンの言葉通りゴーレムの表面は非常に硬そうだ。武器を持っているプリムとて、殴れば番人よりも彼女の腕にダメージが返ってくるだろう。
だが「硬そうだからやめます」などと言って帰れるはずもない。それに――
「……もう見つかってるしな、やるしかねーか」
ゴーレムの真っ赤な目は、既にこちらを認識している。それと同時に、大きな足を動かして近付いてきた。
身の丈は五メートルほど、見たところ動きはすこぶる悪いようだ。上手く立ち回れば問題はなさそうだが、果たして満足にダメージを与えられるかどうか。
ラフィンとプリムは後方の二人を守るように先んじて先頭へと駆け出す。それを見てデュークは剣を固く握り締めて声を上げた。
「ラフィン君、プリムさん。私に考えがあります、少しだけで構いませんので時間を稼いでください」
「わ、分かったで!」
「了解!」
デュークはアルマを庇うように彼――否、今は彼女の前に立ちはだかると、剣を己の顔前ほどの高さに引き上げて静かに目を伏せる。
「ど、どうするんですか?」
「ディザストルの祈りで敵の守りを下げてしまうのもいいとは思ったのですが、元々が硬そうなお方ですからね。ラフィン君なら破壊も出来るでしょうけど、腕が心配ですから……丸裸にします」
ガラハッドが張る頑強な防御壁を破壊するほどの腕だ、ラフィンならばいくら硬い生き物であれど破壊は出来るだろう。しかし、その腕に掛かる負担は決して軽いものではない。
丸裸――その意味を図りかねたアルマは不思議そうに目を丸くさせるが、精神集中の邪魔をする訳にもいかない。それ以上は余計な言葉を掛けずにラフィンやプリムに視線を向けた。
「ふぎゃあぁ! レディになんちゅーことすんねん!」
「レディだって思われてないんだろ」
「なんやとコラアァ!」
頭上から躊躇いもなく振り下ろされる拳――と言うよりは岩の塊に、プリムは潰れたような声を洩らしながら後方に跳ぶことで辛うじて回避する。
けれども、それまで自分が立っていた床が派手に陥没し、周辺が深く抉れる様を見れば自然と垂れる冷や汗が頬を伝う。直撃すれば命が危ういレベルだ。にもかかわらず、ラフィンは相変わらず軽口を投げてくる。それはもう直球で。
「ゴーレムさんゴーレムさん、あの金髪の男ボコってや!」
「おいバカやめろ!」
プリムの声が届いたのか否かは定かではないものの、ゴーレムの赤い目は次にラフィンを捉える。プリムが前、ラフィンが後ろを取る挟み撃ちの形だが、敵がこれだけ大きければ陣形などほぼ意味を成していない。
こちらに向き直ったゴーレムを見上げて、ラフィンは一つ舌を打つ。
「グアアァ……」
唸りとも呻きとも取れる声を洩らして、ゴーレムは再び拳を振り下ろしてくる。遠慮など微塵もない。
頭上から襲いくる攻撃を後方に跳び退ることで避けると、即座に叩き込まれる逆手の突きにラフィンは歯を喰いしばる。咄嗟に両腕を己の顔前で交差させたところで、重い一撃が真正面からぶつかってきた。
まるで大きな猛獣の突進を喰らったような、そんな衝撃だ。
ラフィンの身は枯れ木のように吹き飛ばされ、傷一つない壁を突き破って更に奥へ。壁とて決して脆くはない、それを破壊してしまうということは、ゴーレムの一撃が非常に重いのだ。
「ラフィン!」
「げげぇ! だ、大丈夫なんかラフィン!?」
ラフィンを狙えと、そう言い始めたプリムは思わず跳びはねて彼の安否を窺った。ゴーレムの一撃に加え、頑丈な壁をぶち破って吹き飛んだのだ。意識を飛ばしていても――最悪、命を落としていてもおかしくはない。
サッと顔面から血の気が引いていくのを感じながら、プリムは瞬きも忘れたように片手で己の口元を押さえる。まさか、と最悪な展開を想像したのだ。
アルマは小さく身を震わせながら、ラフィンが突っ込んだ壁を凝視した。
彼の強さは、アルマが一番よく分かっている。だが、果たして彼は大丈夫なのか。
しかし、その刹那。崩れた壁の中からにゅ、と手が出てくる。次に上体を起こし、ボロボロと大粒の涙を零しながら後頭部を押さえて呻くラフィンが顔を出した。
殴られた箇所よりも、ぶつけた後頭部が余程痛かったのだろう。
「んがああああぁ! いっでええぇ!」
「……あいつの身体どないなっとんねん、骨の一本や二本折れててもおかしくないレベルやぞ」
「へっ、こんなのオヤジの蹴りに比べりゃ遥かに軽いさ」
「なぁ、アルマちゃん。あいつのオヤジって魔王か何かなん?」
ゴーレムの渾身の一撃よりも重い蹴りとはどのようなものなのか、プリムには全く想像がつかない。話を振られたアルマは安堵に表情を綻ばせつつ、聞こえているのかいないのか胸を撫で下ろしていた。――恐らくは後者だろう。
時間を稼げと、デュークは言っていた。なんとか出来る可能性はあるのだ、ならばラフィンがやるべきことはただ一つ。
首腕に片手を添えて立ち上がると、右や左に軽く倒して首の骨を鳴らした。双眸を半眼に細めながら薄く笑みを浮かべて、敵を見据える。
ゴーレムは再びラフィンに向き直り、それを確認するなりラフィンは口角を引き上げて駆け出した。
「――上等! やってやろうじゃねーか!」
とにかく怪我らしい怪我もないようだ。プリムはそんな彼を確認してから身構える。
アルマはやや赤らんだ顔でジッとラフィンを見つめていた。
ここ数日に起きている変化はこれだ、少女の姿の時にラフィンを見ると異様に胸が高鳴る気がする。
『――三ヶ月もすればアルマちゃんの身体は馴染み、心もちゃんと女の子になるじゃろう!』
ジジイ神はラルジュ山で遭遇した時に確かにそう言っていたが、それとは少しばかり違うような――そんな気がしていた。




