第十三話・すっかり忘れてたけど旅の目的は
「そういえば、みなさん。東にある神殿にはもう行かれましたか?」
夕食時、宿の食堂で食事を進める中でふとデュークがそう言った。
何かと忘れがちになるが、この祈りの旅の目的は「各地にある神殿で平和の祈りを捧げること」だ。つまり神々が祀られている場所まで赴き、アルマにファヴールの祈りを捧げさせることにある。
これまでの道中、神殿に立ち寄ったことは一度もない――ただの一度も。
当然だ、今までに色々なことはあったが旅自体は全く進んでいないようなものなのだから。
「いや、まだ行ってないな。って言うか、まだどの神殿にも行ってない」
「うん、言われて思ったけど……僕たち、神殿の詳しい場所も調べないで出てきちゃったね」
そうなのだ、ラフィンもアルマも「祈りの旅をすること」ばかりに重きを置き過ぎて肝心の中身など全く考えていなかった。
各地に神殿があるのは当然理解しているが、それらがどこにあるのかなど――ほとんど知らないのだ。
デュークはラフィンとアルマの反応に片手で額の辺りを押さえると、軽く顔を俯かせて小さく頭を左右に振った。
能天気――あまりにも能天気過ぎる。こんなことで本当に大丈夫なのか、そう言いたいのだ。当たり前である。
「デュークは知っとるん?」
「え、ええ、まぁ……本で色々と読んだので。オリーヴァの遥か東にパーチェと言う神殿があります、確かテリオス様が祀られていらっしゃるとか……」
「テリオス様って言うと……あれか、ホモ神さまだな」
取り敢えず近くに目的とする内の一つがあるのであれば、行かない訳にもいかないだろう。嗜好は別物だが、テリオスはラフィンに対して特に敵意を持っているような神ではなかった。
尤も、アプロスやアイドース、シンメトリアの対応から察するに、単純にジジイ神が悪い意味で特別なだけかもしれないが。
「んじゃ、明日はそのパーチェって神殿に行くん?」
「そうだな、まずは最初の目的地ってことで行っておこうぜ」
「デュークさんが仲間になってくれてよかったね、ラフィン」
次の目的地は決まった、ようやく初めての神殿に向かえるらしい。
アルマの言葉にラフィンは親友に一瞥を向けると、何度か小さく頷きを返す。もしもデュークが加入していなければ、神殿があるなど深く気にもせずに通り過ぎてしまった可能性が非常に高い。
それが分かっているからこそ、デュークは思わず苦笑いを滲ませて彼らを見つめていた。
* * *
「……ん?」
食事を終え、後は眠るだけという時間帯。湯浴みを終えて部屋に戻ったラフィンは室内に足を踏み入れるなり、目を丸くさせた。
窓際に置かれた簡素な机に突っ伏す形で、アルマが眠っていたからだ。机の上には昼過ぎにアルマとプリムの二人で取りに行った通信機が一つ。これでヒーローになったんだと、嬉しさのあまり眺めていてそのまま眠ってしまったのだろう。
ラフィンはそっと小さく溜息を洩らすと、後ろ手に扉を閉めてから静かにその傍らへと歩み寄る。
「(こんなとこで寝て、風邪引いたらどうするんだよ……ったく、仕方ねーなぁ)」
幸いにも今の季節は暖かい、余程のことがなければ風邪など引かないだろうが人の体調と言うものは分からないことも多い。ましてや、こんな体勢で眠っていれば明日の朝、起きた時に首や肩など痛めているだろう。
極力アルマを起こしてしまわないよう配慮しながら、その身を両腕に抱き上げると寝台へと運ぶ。普段よりも身が軽い、それだけで現在は少女の姿なのだと容易に理解が出来た。
一体何の夢を見ているのか、むにゃむにゃと言葉にならない声を洩らして幸せそうに笑う様を見れば文句の一つも出てこない。
「(……まぁ、いいか)」
相変わらず自分は甘い――と言うか、チョロいものだと思う。起きたら小言の一つでも言ってやろうかと思ったのも一瞬。この顔を見ると、ついつい文句も喉の奥に沈んでしまう。
けれど、その刹那。不意にラフィンの足に何かが引っ掛かった。アルマを抱きかかえているために足元が見えなかったのだ。
思わずバランスを崩し、両手からアルマの身がするりと抜ける。慌ててその手を伸ばし改めて抱こうとはしたが、間に合わなかった。
アルマの身は寝台に転がり、ラフィンは体勢を整えることも叶わずその身に覆い被さるような形になってしまったのである。
それだけでも問題ではあるものの、更に問題だったのは――
「……!?」
ふに、と。柔らかいものを感じたのだ。
今回は以前のように手ではなく――あろうことか、口唇に。
瞬きも忘れて見開いた目には、依然として眠ったままなのか目を伏せているアルマが見える。とても至近距離に。
つまり、この唇に感じる柔らかい感触は。
そこまで考えると、ラフィンは声もなく大仰に後退った。まるで何かに吹き飛ばされたかのような、そんな勢いで。
「う、わわ……ッ!? な、ななな……!」
恐らく口唇に触れた柔らかいものはアルマの唇だ。寝台に転がった拍子に仰向けになってしまったのだろう。そして運悪くラフィンはそのアルマの上に被さってしまったという訳で。
耳まで真っ赤になったラフィンは、片腕で己の口元を擦る。非常に慌てながら。
幸いにもアルマが目を覚ましたような様子はない、今もまだ寝台の上で大層幸せそうに眠っている。その弛んだ顔を見れば、殴り起こしてやりたいような衝動に駆られた。
早鐘を鳴らす己の胸を逆手で押さえながら、思わず口唇を噛み締める。そうでもしていないと、時間帯も考えずに大声で叫んでしまいそうだった。
「(何やってんだ、俺のバカ……ッ! アルマが寝てて、ほんと良かった……)」
ただでさえ、発情期云々とその件に関してのデュークの言葉で普段よりも意識してしまっていると言うのに。
ラフィンの心情も露知らず、アルマは依然として幸せそうな顔をしたまま、すやすやと眠っている。そんな親友の呑気な寝顔を見て、ラフィンは腹の底から溜息を吐き出して項垂れた。
どうやら、今日もあまり眠れそうにないようだ。




