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第十一話・男なの? 女なの?


「姐さあぁん! 大変ですよおおぉ!」

「なんだってんだよ!」


 痩せこけた男は急いで山を駆け下り、拠点とする小屋へと戻って来ていた。

 この家屋は森の中にあるため、そうそう人には見つからないのが利点だ。けれども、このように騒ぎ立てれば流石に誰かに見つかってしまう可能性もある。

 大慌てで駆け込んできた男を見遣り、女は眉を寄せて声を上げた。カネルはソファに座ったままお菓子をつまみ、ちらりと男を一瞥する。

 すると男はそんなカネルを見遣り、何やら訝るような眼差しを向けてきた。


「お、おい、お嬢ちゃんよ。あんたの情報は本当なんだろうな?」

「な、なによ……どういう意味?」

「あんたが言ってたアポステル様、女じゃねーか!」


 男のその言葉に女は何を言い出すのかと眉を寄せ、カネルもまた怪訝そうな面持ちで静かに席を立った。

 アルマがあのような体質になったことを知っているのは、ヴィクオンでも本当に一部の者だけだ。神殿の関係者や、それこそラフィンの両親くらいのものである。

 故に、カネルが知っているはずもない。彼女の中のアルマはやはり少年なのだ。


「そんな……そんなはずないわ、アルマは男よ!」

「いいや、アポステル様は女だ! 俺はこの目でちゃんと見たんだ、すっげぇ小さかったけど胸があったんだぞ! あれが男なワケあるかってんだ!」


 男から返る力強い反論に、カネルは信じられないと言わんばかりに小さく頭を左右に揺らす。そして崩れ落ちるように改めてソファに座り直すと、膝の上できゅ、と拳を握り締めた。


「(アルマは男よ、間違いないはず……でも、もしもこの男の言うように女だったらラフィンとアルマは……)」


 そうなると、カネルの頭には彼女にとって非常に面白くない想像が膨らむ。

 もしも本当にアルマが女であるのなら、あの二人は既に出来上がっているのではないかと。それはラフィンに対し淡くはない歪んだ恋情を抱く彼女には、何より許し難いことだ。

 ――やっぱり、アルマは消さないと。

 カネルが改めて己の心にそう誓うのと同時、話を聞いていた女は頬杖をつきながら大層不愉快そうに吐き捨てた。


「ふん、単純に男の浮気ってやつか。アポステル様なんていう優秀な祈り手に付くことで名声がほしいのかと思ってたが、違ったみたいだねぇ」

「……うん。でも、人の彼氏を寝取ったアルマは本当に許せない……」


 女はカネルから返る弱々しい返答を聞くと、腰に剣を据えて立ち上がる。男はそんな彼女を見て怯えたように身を縮めた。

 しかし、女はそれを見て双眸を細めると顎で家屋の出入り口を示す。案内しろ、と言うのだ。


「どれ、直に見に行ってやろうじゃないのさ。女心をもてあそぶような奴は、このアタシがぶっ飛ばしてやるよ!」

「あ、あんま暴れないでくださいよ、姐さん……」


 姐さん、と呼ばれる彼女は男の言葉に「ふん」と小さく鼻を鳴らすと早々に踵を返して家屋を出て行く。男は大慌てでその後を追い掛けた。

 カネルは静かに立ち上がると、脇に下ろした両手を固く握り締める。その手は、嫉妬と怒りで小さく震えていた。


「(……ちょうどいいわ、その調子でラフィンとアルマに喧嘩売ってよね。わたしはあなたたちを利用させてもらうから)」


 カネルは内心でそう呟くと、少しばかり遅れて小屋を後にした。

 久方振りにラフィンとアルマに逢うために。


 * * *


「はぁ? 発情期やて?」


 一方、午後の三時前後にようやくオリーヴァの街に戻って来たラフィンたちは、宿の食堂で休んでいた。別に喫茶店でも良かったのだが、一言も発する余裕がないデュークを早々に休ませてやりたかったのだ。

 現在、彼は宿の二階に部屋を取り死んだように眠っている。

 行きに比べて帰りは間で多くの休憩を挟んだが、ともかく暗くなる前に帰って来れたのは幸いと言えるだろう。

 そんな中、今朝の騒動をプリムに報告したラフィンだったが、彼女からは怪訝そうな表情と声が返った。


「ああ、ジジイ曰く一ヶ月に一回来るらしい」

「ウチよう知らんけど、人間にそんなんあるん?」

「ねーよ、人間は興奮すりゃいつでも発情期だ」


 アルマは二人の会話を聞きながら、大人しくブドウジュースをすすっている。その表情はどこか不安そうだ。

 三ヶ月もすれば、アルマは心も女の子になってしまうと言っていた。厳密に言えば、もう残り三ヶ月もないのだ、不安になるのも当然と言える。


「一回っちゅーのが微妙やなぁ、一回なのかそれともその日だけなんか……」

「……微妙?」

「せや、その日だけやったら一日なんとかやり過ごせばええやん? せやけど、その……アレや、分かるやろ……」


 ラフィンの返答にプリムは何を想像したのか、徐々にその顔を赤く染めていきながら、やがて気恥ずかしそうに俯いてしまった。ラフィンにアルマを襲うなと揶揄してみたと思えばこの反応、彼女自身も性的なことに対して多大な興味は持っているのだろうが、それでもやはり想像すれば恥ずかしさが勝るのだろう。

 しかし、自分の言わんとしていることを理解していないと思われるラフィンの様子にプリムは忌々しそうに彼を睨むと、両手でテーブルを叩いた。


「~~だからぁ! 一回誰かとベッドインして鎮めなあかんのやったら困るなって言うてんねん!」

「アンタたちィ! さっきから発情期だのベッドインだの、こんな時間からなんて話してんだい!?」


 プリムが上げた声に反応したのは、既に馴染みとなったこの宿の女将だ。

 現在ラフィンたちがいる場所は宿の食堂、つまり――おやつの時間を楽しむ他の宿泊客もちらほらと窺えるワケで。そんな場所で妙な話をするなと女将は言いたいのだろう。

 ラフィンもプリムも、この女将には弱い。思わず顔を俯けて片手で己の口を覆う。

 アルマはそんな二人を見つめて、他の客同様に面白そうに声を立てて笑っていた。


「(あのショタ好き女神……えーと、アプロス様はなんとかアルマを戻す方法を探してみるって言ってたけど、確かにプリムの言う通りだな)」


 一日で収まる発情期であれば、その日は宿に籠っておくなどで対処は出来る。

 だが、もしも発散しないと鎮まらないと言うのであれば――どうしろと言うのか。それに発情期を見計らってジジイ神が来るかもしれない、そうなったらラフィンは間違ってもアルマの傍を離れられないだろう。

 つまり、発情期を迎えたアルマの傍に一日中付き添っていなければならない訳で。


「(お、俺の理性がもたない……プリムだって女なんだからジジイ神が何かするかもしれないし、その時だけアルマの護衛を任せるって訳にも……)」


 明日、起きたらデュークに相談してみよう。

 ラフィンは片手で己の顔面を覆うと、腹の底から深い溜息を吐き出した。


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