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第四話・不審人物


「大変です皆さん!」

「あら、どうしたのホモ神。そんなに血相を変えて」

「我の名はテリオスです! ホモホモとあまり言われると興奮するではありませんか!」

「誰もそんなこと聞いてないんですけどぉ」


 雲の上にある神々の楽園に、ジジイ神曰くホモ神が血相を変えて飛び込んできた。

 それにいち早く気付いた百合神アイドースは、ピンク色をしたウサギのぬいぐるみを抱き締めながら胡散臭そうな視線をホモ神――テリオスへと向ける。

 百合とホモ、決して相容れない二人なのだ。

 そんな二人を見て奥で酒を浴びるように飲んでいたショタ好き女神のアプロスは、グラスを優雅に揺らしながら先を促す。


「それで、どうしたのです? 何かあったのですか?」

「そ、そうです、聞いてくださいアプロス! 実は先程アポステルの到着が待ちきれなくて様子を見に行っていたのですが……」

「やだあぁ、ストーカーとかキモっ」

「そうじゃそうじゃあぁ! ワシの可愛いアルマちゃんをストーキングするなど万死に値する!」

「ええい、ジジイと百合女は黙っていろ!」


 いつの間にやらさりげなく混ざっているジジイ神ことエントノスは、やや離れた場所で話を聞いていたのか途端に振り返って文句を連ねる始末。完全に便乗だ。

 これでは全く話が進まない。アプロスは呆れ顔で一つ吐息を洩らすと、グラスに口を付けて中身をゆっくりと喉に通す。


「それでですね、アポステルがヒーローとやらになると言うのです!」

「ひーろー? それはなんじゃ?」

「我にも詳しいことは分かりませんが、幼子に聞いたところ神さまのようなものだと……」

「な、なななんじゃとおぉ!?」

「どういうことなのよぉ! ひーろーなんて名前の神なんかいないわよぉ!」

「マズい、これは非常にマズいですね。もしアポステルが我々の仲間入りとなったら……私たちのいい加減な生活がバレてしまいます、そして失望され……うぐッ!」


 テリオスの持ってきた話に、神々は大混乱だ。

 ジジイ神とアイドースは慌てふためき、アプロスは顔面蒼白になりながら身を震わせている。そして片手で口元を押さえると、盛大に吐血した。

 ――否、それは血ではなく先程までがぶ飲みしていたワインなのだが。

 顔面蒼白の美女が口から血に見える赤いものをダラダラと垂れ流している様と言うのは、見た目には軽くホラーである。


「か、可愛い男の子に失望されたら……私は生きていけない……!」

「ふっ、ババアのショタ卒業にはちょうどよいのではないのか?」

「お黙りジジイ! 貴様の幼女趣味もバレて軽蔑されるがよいわ!」

「男はいくつになっても若い女子(おなご)が好きなのじゃああぁ!」


 常の如くジジイ神とアプロスが低レベルな言い合いを始めると、テリオスとアイドースは疲れたように深い溜息を吐いた。


「とにかく阻止しに行くのじゃ! アルマちゃんと一緒に神になれるのは嬉しいが、軽蔑などされたくないッ! おい両刀の変態、お前も行くのじゃ!」


 そんな四人の神々の騒ぎには目もくれず、ジジイ神曰く両刀の変態――否、神シンメトリアは彼らの輪から随分離れた場所で下界を見つめていた。その表情は騒ぎに動じることもなく、非常に真面目だ。

 彼の双眸には下界にいる一人の少女が映っていた。

 だが、背中にはジジイ神の急かす声が次々に届く。シンメトリアは小さく溜息を洩らすと、真顔のまま振り返った。


「うむ、では行くか」

「両刀の変態というのは否定しないのですね……」


 テリオスは小さくツッコミを入れるように呟いたのだが、シンメトリアは至極当然と言った顔で首を捻るばかりであった。


 * * *


 上で神々が騒いでいるなど露知らず、ラフィンたちは翌日再びオリーヴァのギルドに足を運んでいた。

 正式なメンバーになるまで一日掛かり、今日は認定書と共に通信機ルーフェンを与えられるらしい。通信機さえ手に入れば、今度こそ祈りの旅を再開出来るだろう。

 アルマは昨日からとても機嫌が良い、何をしていてもにこにこと笑っているし、今もラフィンたちの少し前を駆けて行き、時折片足を軸にクルクルと回っているほどだ。花でも撒き散らしそうなほどの上機嫌と言える。


「ヴァイスはご機嫌やなぁ」

「お前はノリがいいな」

「まーまー、ヒーローなってもうたんなら楽しまな損やろ」

「ふふ、プリムさんの言う通りですよノワール」

「頼むからその名前で呼ぶのはやめてくれ」


 ヴァイスは白、ノワールは黒と言う意味だ。

 つまりアルマはヒーローマンの白で、ラフィンは黒になる。アルマなら喜ぶのかもしれないが、ラフィンがその名で呼ばれて嬉しいはずがなかった。

 まだ昼前にも拘わらず、ラフィンは疲れたように深く溜息を吐き出すと片手で己の横髪を掻き乱す。そしてアルマに視線を戻したのだが、そこで彼の眉はふと顰められた。


 自分たちと、その少し先を行くアルマの間に黒衣の人物がフラリと現れたからだ。

 無論、それだけならば別に何とも思わない。しかし、その人物はやや早足にアルマと距離を詰めると、彼の挙動を窺うようにピッタリと背後を取った。アルマは行き着いたギルドの中が気になるのか、入り口から中を覗いていて後ろの不審人物に全く気付いていない。

 ラフィンは気配を殺して早足にそちらへと足を向けながら、腰裏に据える短剣を鞘ごとベルトから外した。


「……? どうしたんだろう、なんだか騒ぎになってるような……」


 アルマはギルドの内部から聞こえてくる怒声に、心配そうに眉尻を下げる。昨日は昨日で賑やかだったが、今日はその賑やかのレベルが違う気がしたのだ。

 しかし、その時。ふと背後に何者かの気配を感じる。ラフィンかと思いアルマは振り返ったのだが、彼のその予想は大きく外れ――黒衣に全身を包む、見るからに怪しい男がいたのである。その距離は非常に近い、距離にして三十センチほどだ。これくらいの距離ならば流石のアルマとて気付く。

 アルマが不思議そうに目を丸くさせるのと、黒衣の男が逆手持ちにしていたナイフを振り被るのは同時だった。


「街中で物騒だなぁ、オイ!!」

「……!? チィッ!」


 だが、その切っ先がアルマの身に触れるよりも先に、真後ろから飛んできた鞘入りの短剣が男の手を直撃しナイフを弾いた。思わぬ方向からの奇襲に男が握っていたナイフはその手を離れ、やや遠くの地面に落ちる。

 幸いなことに、転がったナイフを見て近くにいた一般女性たちが思わず「きゃあぁ!」と悲鳴を上げてくれたお陰で、男は状況的に不利と判断したらしく忌々しそうに舌を打ち路地裏へと駆けていく。

 ラフィンは咄嗟に手を伸ばしてその男を捕まえようとしたのだが――ほんの僅か間に合わなかった。虚空を切る手に眉を寄せるものの、追い掛けようとは思わない。それよりもアルマに怪我がないかを確認するのが先だ。


「アルマ! ……大丈夫か?」

「……? え、えっと、あの人なんだったの?」


 アルマは余程驚いたのかその場に座り込んだまま呆然としていた。ラフィンはそんな彼の傍らに屈むと、念のため辺りに視線を向ける。どうやら単独犯だったようだ、不幸中の幸いか仲間らしき姿は特に見えない。

 プリムとデュークはラフィンにやや遅れながら、慌てて駆け寄ってくる。


「アルマちゃん、怪我ないか!?」

「街中でこのような危険物を持ち出すなど……犯人に繋がるものでもあれば騎士団に調べてもらえるのですが、ただの市販のナイフのようですね……」


 デュークは地面に転がった凶器と、それを弾いたラフィンの短剣を鞘ごと拾い上げると襲撃犯が持っていたナイフを見下ろす。念入りに見てみても、そこからは何の情報も読み取れなかった。この種類のナイフであれば、オリーヴァの武器屋にも売られている。

 アルマは仲間をそれぞれ交互に眺めた末に改めてラフィンに向き直ると、そっと眉尻を下げた。


「た、助けてくれてありがとう、ラフィン」

「いや……」


 アルマはこれでも、世界各地で平和の祈りを捧げる使命を持ったアポステルだ。先程の襲撃犯がそれを知っていたかどうかは定かではないが――そのアポステルを襲ったとなれば罪は重い。

 だが、一体なんのために。どうにも釈然としない想いを抱えながら、ラフィンはアルマの手を取って立ち上がった。


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