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第二話・ヒーロー大量生産


「おい、アンタか。ウチのアルマに怪しいこと吹き込んだのは」

「わああぁん!」


 あの後、即座に宿に戻ったアルマはちょうど迎えに出ようとしていたらしいラフィンを捕まえて朝食の場で少女の話をした。

 デュークは興味深そうにアルマの話を聞いてくれたが、ラフィンやプリムは文字通り胡散臭そうな表情を浮かべるばかり。ついには「詐欺だ」と結論付けてしまい、こうして事の発端となった少女の元へと赴いていた。

 別に無視をしても良かったのだが、アルマが騒いでうるさいのだ。さっさと旅を再開しようとしても「イヤだイヤだ」と駄々を捏ねるばかり。


 ならば、そのアルマの目の前で詐欺師を黙らせてやろうと意気込んでやって来たのだ。

 ちなみに現在のアルマはと言うと、大切そうに持っていたチラシをラフィンにむしり取るように奪われて大泣きしている。それをプリムが宥めていた。


「あっ! あなたたちがアルマさんのお友達ですね!?」

「おう、それで」

「よかったあぁ! 本当に来てくれたんですね! ……あら、でもレッドが二人いる……」

「誰のこと――!」

「言ってんねん!」


 当の少女は依然としてヒーロー探しを継続中なのか、先程アルマと遭遇した場所でチラシ配りを継続していた。不機嫌を露わにしたラフィンを前にしても臆するどころか、嬉しそうに表情と目を輝かせるばかり。どうやら言葉で分からせるしかないようだ。

 けれども、彼女はラフィンとプリムを交互に見遣ると「むむ」と唸りながらポツリと呟いた。それにはついつい、ラフィンに続く形でプリムがツッコミを入れる。


 ラフィンは服装が、プリムは髪と衣類が赤やオレンジと言った全体的に赤系で統一されているためだろう。

 彼女の中では既にアルマだけでなく、ラフィンたちもヒーローになってくれると認識されているらしい。


「さあさあ! こっちです、付いてきてください!」

「お、おい! どこ行くんだよ!」

「もっちろん! 説明会ですうぅ!」


 少女はそれまで持っていたチラシを肩から提げるカバンに突っ込んでしまうと、ラフィンの手を掴み強引に引っ張る。アルマよりも小柄な少女だと言うのに、どこにそんなものがあるのかと思うほどの強い力で。

 それまでわんわん泣き喚いていたアルマはすっかり泣き止み、改めて目を輝かせ――プリムとデュークは互いに顔を見合わせていた。


 * * *


「本日はお集まり頂き、ありがとうございます!」


 あれよあれよと少女に連行された先は――オリーヴァの街にあるギルドだった。

 流石に大きな街と言うこともあり、ギルドの大きさも半端なものではない。アーブルのギルドも大きかったが、その二倍ほどはある。カウンターも広く、中にはメルちゃんとは似ても似つかない可愛らしい女性が何人も受付兼案内係として立っていた。

 少女に連れて来られたのは、その大きなギルドの奥にある部屋――と言うよりは広間と言った方が良いかもしれないほどの、とてつもなく広い部屋。中にはいくつもの椅子が設置されており、老若男女問わずたくさんの人間が座っていた。


「な、なんだかいっぱいいるね」

「ああ、こいつら全員あの怪しい誘い文句見て来たのかよ……」


 ともかく、詳しい事情は分からないが何やら説明会とやらが始まってしまったらしい。あまり騒ぐのは他の者たちの迷惑になるだろう。いち早く空いている席を確保してくれたプリムが「こっち」と小さく手を振るのを見て、ラフィンたちはそちらに足を向けた。

 教壇と思われる場所には先程の少女が立っており、チョークで黒板に何やら文字を書き込んでいく。


「みなさんは、今日からヒーローの一員ですっ!」


 普通ならば耳――否、頭を疑うだろう。何を言い出すのかと。

 現に周囲にいる者たちも誰もが皆、心配そうだ。軽いものながらどよめきが起きている。無理もない。


「一部の人には事前に説明をさせて頂きましたが、今日からギルド本部にマザー(・・・)が設置されました。これにより、各地に点在するギルド支部では通信機ルーフェンの配布を始めています」

「マザーって、お母さんってことだよね?」

「ああ、そうだとは思うけどよ……デューク、何か知らないか?」

「すみません、私はギルドに関することはさっぱりで……」


 マザーに通信機ルーフェン。

 ラフィンたちにはいずれも聞き覚えのない単語だ。ラフィンもプリムも今までそれなりにギルドで仕事をすることはあったが、入り浸っていた訳ではないし、それによって生計を立てていた訳でもない。情報が明らかに不足している。

 しかし、そんな彼らの後ろから救いの声とも言える、覚えのある声が聞こえてきた。


「ラフィン君たちも来ていたのか、君たちも参加するのかい?」

「――パ、パパ!? パパもヒーローに立候補しとるん!?」

「そうじゃない、私は部下と共に警備に来ているだけだ。ギルドに訪れる者の中には荒くれ者も多いからな」


 それはプリムの父、レーグルだった。

 彼の言葉に周囲を見回してみると、教室のあちらこちらの壁際には騎士が数人立っている。恐らくは彼らが部下だろう。


「レーグル、これはどういうことなんですか?」

「はい、デューク様――実は以前からギルド本部では、祈りの力を使って離れた場所にいる者と連絡を取り合うことは出来ないのだろうかと、その方法が模索されてきました。そして試行錯誤を繰り返し数年、この度ようやく……」

「それが、マザーですか?」

「そうです、各地にあるギルドには通信を行う装置が設置され、人々から依頼があった際にその依頼内容をマザーへと送ります。すると、マザーは自動的に現在依頼人の一番近くにいる者を選定し、通信機を持つ者にその内容を送り届けるのです」


 つまり、マザーとは各地のギルドから送られてくる依頼内容を受け取り、然るべき者にその依頼を発信して送り届ける装置と言うことだ。

 デュークは納得したように何度か小さく頷くと、それぞれの単語を己の頭に記憶させていく。


「マザーは本部で受信、送信――更に選定を行う母体。通信機ルーフェンとは、マザーから送られてきた内容を受信する装置という訳ですね。このシステムならば、助けを求める者の場所にいち早く救助に向かえると言うことですか……」

「はい、予め最寄りのギルドでメンバー登録をする必要がありますが、その際にどういう系統の仕事(クエスト)を希望するか選んでおけば、該当するもの以外は送られてきません。無論断ることも可能です」


 プリムは先程から頻りに首を捻っているが、ラフィンとアルマはデュークにやや遅れながらも取り敢えず理解は出来たらしい。

 ラフィンは小さく頷き、アルマは嬉しそうに目をキラキラと輝かせ始めた。


「困ってる人のところにすぐ駆け付けれるなんて、本当にヒーローみたいだね!」

「まぁ……そうだな、こんな胡散臭いチラシの裏にそんな仕組みが出来上がってるとは思わなかったけどよ」

「ねぇねぇラフィン、登録するよね?」


 少女が言っていた「ヒーローになりませんか」の意味がようやく理解出来た。確かにこれならばアルマの言うように単純にヒーローのようだ。

 尤も、ヒーローとして登録する気などラフィンには毛ほどもないが。

 ちらりと横目にアルマを見てみれば、先程まではチラシを奪われたことで大泣きしていたと言うのに、今は期待を表情にありありと滲ませてラフィンの返答を待っている。その姿は、まるでエサを待つ犬のようだ。


「……そりゃ、行く先々で路銀も稼がなきゃならねーしな。遅かれ早かれギルドの世話にはなるだろうし、そもそも祈りの旅には人助けも含まれてる訳だし……」

「わあぁ! ラフィンありがとう!」


 アルマのご機嫌はすっかり直ったようだ、ラフィンの返答を聞くなり表情を輝かせて飛び付いてきた。

 周囲からは「なんだなんだ」と好奇の目を向けられ、妙に気恥ずかしい。腕に触れる柔らかいものから察するに、今のアルマは女だ。それが余計に気恥ずかしさを助長させる。

 取り敢えずと慌ててその身を離させると、未だに教壇の上で何やら説明をしている少女に改めて目を向けた。


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